ウクライナのゼレンスキー大統領は31日、フランスのメディアとのインタビューで、「ロシアとの和平交渉で、国民の同意がない限り、領土問題でロシア側に歩み寄ることはない」と語った。この発言はある意味で画期的だ。ゼレンスキー氏はロシアとの政治交渉に応じる可能性があること、その際、国民投票で合意を得たならば、占領地問題でロシアの要求に応じる考えが皆無ではないことを示唆しているからだ。
ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、ウクライナ東部、南部を不法占領しているが、その割合はウクライナ全領土の約20%だ。ゼレンスキー氏は「ウクライナの領土問題は、ウクライナ国民の同意なくして一人の大統領や一人の人間が決定することは出来ない。まず、国民から同意を得なければならない」と語った。すなわち、ロシアとの政治交渉で、ウクライナのロシア占領地問題ではゼレンスキー氏や政府が一方的にロシアに譲歩したり、条約を締結したりする権利はないことを改めて明らかにしたわけだ。
ゼレンスキー氏は同時に、「ウクライナは決して領土を手放すことはない。大統領とはいえ、自国の領土を放棄する権利はない」と語っている。ゼレンスキー氏が懸念する点は、ウクライナがロシアとの政治交渉で占領地をロシア側に譲渡すれば、プーチン大統領は戦争の勝利者のように感じ、そのように振舞うからだ。その故、「政治交渉での占領地問題は非常に難しい」と釘を刺している。
ゼレンスキー大統領は「平和の公式」を発表したが、その大前提はロシア軍占領地の返還、ウクライナの主権回復だ。それに対し、ロシア側は同和平案を拒否してきた。その硬直状況が続くならば、ウクライナかロシアのどちらかが完全に消耗しきるまで戦いを続けるしかなくなる。当方はこのコラム欄で「ウクライナよ、『冷たい和平』を目指せ」(2024年7月26日)で書いたが、フランスのメディアでのインタビューでゼレンスキー氏はロシアと政治的解決「冷たい和平」を目指す考えがあることを明らかにしたわけだ。加害国ロシアとの如何なる交渉も拒否してきたゼレンスキー氏にとって、大きな戦略的転換を意味する。
ゼレンスキー氏は「ロシアが今後の和平協議のテーブルに着くことを望む」と述べた。ウクライナは今年6月15日から2日間、スイスと共催してスイス中部ビュルゲンシュトックで「ウクライナ和平サミット会議」を開催した。会議には92カ国、そのうち57カ国から大統領・首相級が出席したが、ロシア側は同会議には参加しなかった。
ゼレンスキー氏は今年11月にも第2回和平サミット会議の開催を希望しているが、「私は、11月の第2回和平サミットにロシアの代表が出席すべきだと考える。そうでなければ、我々は実行可能な成果を達成できないからだ」と主張している。ちなみに、ロシアが参加すれば、中国も和平サミット会議に出席するだろうと見られている。
ゼレンスキー氏はロシア占領地に関して国民投票を実施する考えがあることを示唆したが、同氏も、戦争を続け、多くの国民を犠牲にするより、国民の合意があれば、ロシアとの政治的交渉に応じるべきではないか、という方向に傾いてきているのではないか。いずれにしても、厳しい選択を強いられていることは間違いない。
ロシアの占領地に関するウクライナ国民投票の実施案は、具体的には、和平を実現するためには占領地20%の譲歩を含む一定の譲歩をロシア側にしてもいいか、と問う内容だ。国民が反対すれば、ゼレンスキー氏は欧米諸国の軍事支援を受けながら、ロシアとの戦いを続行する以外に選択肢がなくなる。国民が合意すれば、ゼレンスキー氏はプーチン氏に交渉を呼び掛けることになる。
ロシア軍はウクライナの首都キーウに接近し、短期間でウクライナを制圧しようとしたが、ウクライナ国民は祖国防衛に立ち上がり、ロシア軍を撤退させた。そのウクライナ国民が戦争2年半後、ロシアとの政治的交渉で戦争を終えるべきだと結論する可能性はある。戦争疲れもあるだろう。それ以上に、ロシア側にもいえるが、多くの犠牲を強いる戦争を継続していく気力と価値を見出せなくなってきているのではないか。
繰り返すが、ゼレンスキー氏が揚げたアドバルーン(国民の総意がない限り、占領地の譲渡には応じない)は、ロシア側の反応を知るためというより、ウクライナ国民の反響を探る狙いがあったはずだ。その意味で、ゼレンスキー氏の”世論調査”だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。