長崎市の鈴木史朗市長の判断を支持する

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長崎市が8月9日の平和祈念式典にイスラエルを招待しなかったため、エマニュエル駐日米国大使やロングボトム駐日英国大使らも式典を欠席することになった。7月19日付で、G7各国と欧州連合(EU)は、イスラエル不招待への懸念を表明する書簡を長崎市に送付していたという。

長崎市の鈴木史朗市長は、8日記者会見を開き、「政治的な理由でイスラエル大使に招待状を出さなかったのではなく、あくまでも平穏かつ厳粛な雰囲気のもと、円滑に式典を行いたい」からだと説明しつつ、G7大使欠席によってイスラエルを招待しない判断を変えることもしない、と述べた。同時に、鈴木市長は、「(イスラエルが)紛争当事国であるからこそ呼ぶべきだと思っている。でも、呼んだことによる式典に与える影響を鑑み、総合的に判断した」とも述べた。

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 長崎市の鈴木史朗市長は8日、報道陣の取材に対し、「原爆の日」の9日に市内で営む平和祈念式典にイスラエルを招待しないとした方針に対し、米国のエマニュエル駐日大使などが式典を欠席する方針を示しているこ

この問題については、賛否両論が生まれているが、幾つかの異なる次元の問題を整理しておきたい。

第一は、イスラエルを招待しない理由である。鈴木市長は、「平穏かつ厳粛な雰囲気のもと、円滑に式典を行いたい」という理由を説明してきている。長崎市は「平和を祈念する」ために式典を開催するわけなので、その基本に立ち返って政策判断を説明するのは、原則的で正しい態度だと言える。

なお「平穏かつ厳粛な雰囲気」が損なわれかねない理由として、反イスラエルの運動が起こったりすることを想起する場合が多いようだ。しかしイスラエルを招く措置によって、被爆者を含む真摯な式典参加者の心の平穏が乱される、という意味にとることも可能だと思われる。いずれにせよイスラエルの参加は、「平穏かつ厳粛な雰囲気」の障害になるという判断で、招待をしなかった。

第二に、イスラエル不招待の一貫性である。広島市の場合には、日本政府の政策に追随して、ロシアとベラルーシを招待せず、イスラエルを招待する、という措置をとった。これに対して長崎市は、ロシアとベラルーシに加えて、イスラエルを招待しない、という措置をとった。なお広島市はパレスチナを招待せず、長崎市は招待した。

世界には、紛争中の悪行に関わる国は他にもある。ただ、それを言い始めたら収拾がつかないし、平和祈念式典開催の趣旨に合致しているかも疑わしくなる。特に大きな問題性があり、「平穏かつ厳粛な雰囲気のもと、円滑に式典を行う」ための障害になる二件を特例扱いした判断は、間違っているとは言えないだろう。

第三に、地方自治体が担う外交的役割である。原則論としては、式典の主催者は長崎市であり、平和を祈念するのは長崎市における被爆の歴史を鑑みてのことであるので、長崎市が、長崎市の持つ価値観にしたがって、判断するのが当然である。

鈴木市長は、今回の判断について「長崎市の立場で判断した」としつつ、「外務省との間では常に情報共有させていただいている」とも述べた。外務省は、いたずらに長崎市に政府の方針を押し付けるよりも、長崎市の式典は長崎市の判断で行われる(政府は第一義的な責任を負わない)、という原則を尊重した方が望ましい、という姿勢で、相談協議に応じていたことが示唆されている。

なお、G7各国大使の見解に関して、私見を付記しておきたい。英国のロングボトム駐日大使は、長崎市の平和祈念式典に欠席する理由について、「ウクライナ侵攻を理由に招待していないロシア、ベラルーシとイスラエルが同じ扱いとみなされ、誤解を招く。ロシアは主権国家を侵略したが、イスラエルは自衛権を行使している」と、長崎市を批判したという。

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これについては、単にイギリスが、ロシアに敵対的な政策をとっているが、イスラエルにはとっていない、ということ以上の意味はないと考える。

第一に、イスラエルのガザにおける国際人道法違反の度合いは甚大であり、それに関する明白な証拠も膨大だ。戦争犯罪(jus in bello)の甚大な違法性は、自衛権の有無(jus ad bellum)の議論によっては、消滅しない。ロシアの違法性事由と、イスラエルの違法性事由が違っている、という指摘は、イスラエルの行動の問題性の深刻さを何ら軽減しない。

第二に、仮にイスラエルに自衛権行使が許されるとして(10月7日のハマスのテロ攻撃に対する自衛権行使については、占領に対する抵抗勢力に自衛権が行使できるかという論点を含んでいる)、昨年10月以降のイスラエルの軍事行動は、自衛権行使の条件となる「必要性」と「均衡性」の原則から、大きく逸脱している。つまり軍事的必要性のない軍事攻撃を多々行い、目的に照らして全く不均衡な軍事手段を行使している。

これは自衛権行使の要件をめぐる「jus ad bellum」の領域におけるイスラエルの違法行動を明示しており、これに関する明白な証拠も膨大に存在する。

第三に、ロシアがウクライナに侵略行動をとっていることが問題だとすれば、イスラエルの占領政策は同じように問題である。侵略と占領のどちらも違法である。

つまり結論として、G7諸国大使が取った態度は、それらの国々自身の外交的立ち位置から生まれたことにすぎず、国際法規範から必然的に生まれたことだとは言えない。

日本にとってG7諸国との関係は重要だが、世界の諸国の圧倒的多数はイスラエルに批判的であり、その中には日本にとって非常に重要な国々が多々含まれる。長崎市が平和主義の信念を貫くことは、被爆の歴史も踏まえたうえでの平和主義を国是とする日本にとって、大きな意味を持つ。

政府は、長崎市の判断の妥当性を尊重したうえで、中東の和平のための努力を含めた外交措置を進めていくべきだろう。

長崎市の鈴木市長 同市長Fbより