脱炭素化は地球を救うか

池田 信夫
脱炭素化は地球を救うか (新潮新書 1054)

今年も「史上最高の暑さ」とか「地球環境は危機だ」という話がマスコミをにぎわせているが、それは本当だろうか。本書は地球温暖化の現状を最新データにもとづいて紹介し、その対策としての脱炭素化の費用対効果について考えるものだ(8月19日発売 予約受付中)。まえがきの一部を紹介する。

日本は温暖化で住みやすくなった

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、2023年8月の記者会見で「地球温暖化の時代は終わりました。地球沸騰化の時代が到来しました。もはや空気は呼吸するのに適していません」と述べた。彼は水が何℃で沸騰するのか知らないのだろうか。

2023年の地球の平均気温は、工業化前を1.45℃上回り、観測史上最高だったと世界気象機関(WMO)は発表した。国連が努力目標として設定した1.5℃上昇まで、あと0.05℃まで近づいたが、幸い地球は滅びていない。

グテーレスは「地球を救え」というが、地球は救ってもらう必要がない。今まで地球にはマイナス20℃の氷河期もあれば、今より暑い中世温暖期もあった。そのときも地球の生態系が滅びることはなく、温暖期のほうが農産物は豊かだった。多くの動物にとっても、温暖化は望ましい。地球温暖化は(これまで数百年の気温に慣れてきた)人間だけの問題なのだ。

1.5℃上昇に近づいても、少なくとも東京では日常生活に支障は出ていない。夏は真夏日が多くなったが、積雪がほとんどなくなり、冬は快適になった。今でも東京の2月と8月の平均気温は20℃違うので、1.5℃の違いは体感上わからない。北海道では農産物がたくさんとれるようになった。

世界各地で豪雨や洪水が増えたというニュースもあるが、寒波がひどいというニュースもある。異常気象の数は平年並みである。その原因はエルニーニョ(太平洋の高温化)ともいわれ、温室効果ガスが原因かどうかははわからない。

地球温暖化は命を救う

マスコミには「気候変動で地球環境が危機に瀕している」という悲観論が多く、それに少しでも疑問を差しはさむと「温暖化懐疑論」としてグーグルの検索ではじかれたりする。他方でアメリカのトランプ前大統領のように「温暖化は作り話だ」という人もいて、議論が二極化しているが、この問題はきわめて複雑である。

その原因は地球が大きいからではない。大きな天体でも、たとえば木星が100年後にどういう軌道を回っているかは正確に予想できる。それは惑星の軌道を決める変数が少なく、その運動が線形だからである。しかし大気は複雑系なので、一部のデータが動いただけで全体が大きく変化する「非線形性」がある。1週間後の天気も正確に予報できないのはこのためだ。

まして地球全体の大気を数十キロメートルごとに毎日観測した膨大な気象データを集計し、それを一つの流体としてスーパーコンピュータで挙動を計算し、100年後にどうなるかを予測することは「不可能なのでやるのは無駄だ」というのが科学的に誠実な答である。

今後のことはわからないが、寒冷地の凍死者の数は熱帯の熱射病の死者よりはるかに多いので、温暖化で世界の気候による超過死亡数は減った。地球温暖化は命を救うのだ。

脱炭素化のコストはそのメリットより大きい

温暖化対策と称して各国が進めている政策は、気温上昇という自然現象を大気の組成を変えることで防ごうという壮大な試みだが、温室効果ガスを減らす政策に多額の公的投資をおこなうには、少なくとも次の3条件が必要である。

  1. 地球の平均気温が上がっており、その被害が大きい
  2. 温暖化の最大の原因は人間の出す温室効果ガスである
  3. 脱炭素化のコストは温暖化の被害より小さい

このうち1については、少なくとも最近30年ぐらい地球の平均気温が上がったことは事実である。ただ長期でみると1万2000年前に大きな気温上昇が起こり、1000年前の中世温暖期には今と同じような気温だったと推定されているので、温暖化は現代に特有の現象ではない。

その被害について今のところ温暖化が原因とわかっているのは海面上昇と雨量の増加だが、それほど深刻な被害は出ていない。ハリケーンやサイクロンなどの異常気象が増えているという説もあるが、IPCCの報告ではそういう傾向はみられない。

2は微妙だが、温暖化の一つの原因が温室効果ガスであることは間違いない。二酸化炭素(CO2)は最大の温室効果ガスではないが、人間の排出量が増えたので温暖化の一つの原因である。しかし最近の急速な温暖化の原因は、中国の大気汚染が改善されて大気中のエアロゾルが減った結果ともいわれる。

問題は3である。2023年に全世界で気候変動対策に使われたコストは1.8兆ドル(270兆円)と推定されているが、地球の平均気温は上がった。熱帯で洪水や干魃が増えたという話もあるが、気候災害の被害は大きく減った。災害対策のインフラが整備されたからだ。

それに対してCO2排出を減らすコストは膨大であり、2050年にそれを実質ゼロにするには全世界で毎年4.5兆ドルが必要である。温暖化の被害がそれより大きくない限り、温暖化対策は正当化できない。

本書はトランプのような「温暖化否定論」ではなく、温暖化が起こっていることは認めた上でその原因を考え、対策の費用対効果を考える「温暖化対策懐疑論」である。これは温暖化を疑うのではなく、それが人類の破滅をもたらすという悲観論を疑うとともに、人間が気候を変えられるという楽観論を疑い、温暖化対策の費用対効果を考えるものだ。