セルビアの首都ベオグラードで10日、全国から集まった環境保護クループや市民たちが政府がボスニア国境付近で鉱山開発を再開し、大規模なリチウム採掘計画を推進していることに反対する抗議集会を開催した。
セルビアのメディアによると、数千人の人々が10日夜(現地時間)、ベオグラードの中心的な広場のテラジイェに集まり、政府の計画に抗議した。過去数週間にわたって都市や町で行われたリチウム採掘反対派の集会に続くものだ。参加者たちは「採掘を許さない」、「裏切りだ」と叫んだ。野党はデモ集会を主催していないが、反対派の抗議を支持している。
セルビアには数十億ユーロ相当の欧州最大級のリチウム埋蔵量がある。欧州連合(EU)は7月、セルビアと環境に配慮したリチウム採掘に向けた戦略的パートナーシップを想定した意向表明書に署名したばかりだ。それ以来、環境保護グループや国民は政府の計画を批判する抗議デモを繰り返してきた。
ちなみに、リチウムはボリビア、チリ、アルゼンチン、オーストラリアの他、米国、中国でも埋蔵されている。中国は特にリチウム電池の生産では世界有数の国だ。欧州は主にリチウムを中国から輸入してきたが、脱中国依存を掲げるEUはセルビアのリチウム採掘計画に期待している。
セルビアでは大規模なリチウム採掘計画が推進されたが、2年前、反対の声が高まり、一旦中断された。EUが化石燃料車から電気自動車(EV)への移行を打ち出し、推進してきたことから、リチウムへの需要が急増してきた。ちなみに、EVの主要なエネルギー源はリチウムイオンバッテリーだ。同バッテリーはリチウムイオンが電極間を移動することで電気を蓄えたり、放出したりする仕組みとなっている。
ロズニツァ市近くのジャダル渓谷では、イギリス・オーストラリア企業リオ・ティントによる鉱山プロジェクトが進行中だ。西セルビアのゴルニェ・ネデリツェ村にある140ヘクタールの敷地に、2028年までに稼働予定という。
同社の推定によれば、年間5万8000トンのリチウムを生産できるという。これは約110万台の電気自動車の需要を賄い、ヨーロッパ全体の生産の約17%に相当するという。セルビア当局は、リチウム採掘に向けて、同国西部だけでなく、中央および東部においても68件のボーリング調査許可を既に承認済みだ(オーストリア通信)。
それに対し、環境保護活動家たちは、リチウム採掘が地下水を重金属で汚染し、周辺住民の飲料水供給に危険をもたらすと批判している。一方、セルビアのヴチッチ大統領は、リチウム採掘が地元住民の健康に及ぼす可能性のある影響を調査するために専門チームを設置する意向を発表している。ベオグラード政府は、原材料の採掘からバッテリー製造に至るまでの電動モビリティのバリューチェーンを構築することで、国家収入、雇用、投資が期待できると見積もっている。
参考までに、リチウム採掘作業に伴う環境と健康への影響について、専門家の意見をまとめる。
<リチウム採掘作業に伴う環境への影響について>
① 水資源への影響、リチウム採掘には大量の水が必要だ。特に塩湖からのリチウム抽出では、大量の塩水を蒸発させてリチウムを得るため、周辺地域の水資源が枯渇するリスクがある。
② 土壌の汚染、化学薬品の使用:リチウムの精製プロセスには、硫酸や塩酸などの化学薬品が使用される。これらの薬品が適切に処理されないと、土壌が汚染され、周辺の生態系に悪影響を及ぼす。
③ 大気汚染、粉塵:リチウム鉱石の採掘や処理過程で大量の粉塵が発生する。これが大気中に拡散し、呼吸器疾患を引き起こす可能性がある。
④ 生態系への影響。リチウム採掘による土地開発は、現地の動植物の生息地を破壊し、生態系に大きな影響を与える。特に塩湖地域では、固有種の生物が絶滅する危険性がある。
<健康への影響について>
呼吸器疾患:粉塵や有害ガスにさらされることで、採掘労働者や周辺住民に呼吸器系の病気が増加する可能性がある。肺疾患や気管支炎のリスクを高める。重金属中毒:リチウム採掘で使用される化学薬品や重金属が土壌や水に混入することで、これを摂取した人々に中毒症状が現れるリスクがある。
電気自動車市場の拡大に伴い、リチウムの需要が急速に増加している。各国が化石燃料車からの脱却を目指し、電気自動車の普及を促進しているため、リチウムの供給が戦略的に重要になってきた。リチウムの需要増加により、リチウムの価格が上昇し、これがバッテリーのコストにも影響を与える。リチウム供給の安定確保が、今後の電気自動車産業の持続可能な成長にとって重要な課題となるわけだ。
なお、リチウムに依存しない次世代バッテリー技術の研究が進められている。例えば、固体電池やナトリウムイオンバッテリーなどだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。