紅麹問題の小林製薬は「製薬」会社なのか

1975年5月「トイレ芳香剤 サワデー」発売記者会見時のこと。小林製薬の担当者は、「サワデー」を食べて見せたという。

食べても安全な成分で作られていることを印象づけるため。「子どもがお菓子と間違えて食べても危険はない」ことをアピールするためだった。あれからおよそ50年。

「『健康食品』を食べることで、健康被害を被ってしまうのではないか」

紅麹問題が発覚して以降、多くの人がそんな不安を抱いている。

現在調査中の死亡者は107人、入院者467人、通院者1,819人、問合せは147,000件に及ぶ。影響は小林製薬に留まらない。問題公表3週後のドラッグストアのサプリメント売上は、「18%マイナス」(前年同期比)(※1)。JADMA(日本通信販売協会 サプリメント部会)は「仮に1割減でサプリ業界だけで年1000億円減、食品産業全体だとさらに大きなダメージ」と警鐘を鳴らす。

現在のサプリメント市場は1兆650億円。機能性表示食品制度導入によって、さらに成長していくはずだった。

市場拡大に冷や水を浴びせた小林製薬。どのような企業なのだろうか。

小林製薬ウェブサイトより

小林製薬とは

小林製薬は、通常の製薬会社とは趣が異なる。

企業名に「製薬」を冠する製薬会社といえば、アステラス製薬、中外製薬、塩野義製薬など。これら企業の主力商品は何だろうか? 多くの人は思い出せないはずだ。これら企業の顧客が医療機関だからだ。

(それぞれ主力商品は、アステラス製薬が抗がん剤「イクスタンジ」、中外製薬が血友病A治療薬「ヘムライブラ」、塩野義製薬が新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」である。)

一方、小林製薬の商品は、「のどぬ~る」「糸ようじ」「ブルーレット」……いくらでも思い浮かぶ。顧客は私たち一般消費者であり、商品の多くはCMで馴染みのある「日用品」だからだ。同社の売上に「医薬品」が占める割合はわずか2~3割。小林製薬前会長の小林一雅氏は著書で以下のように述べている。

「小林製薬はあくまで一般消費者向けの医療品メーカー」

(『小林製薬アイデアをヒットさせる経営-絶えざる創造と革新の追求』小林 一雅 著/PHP研究所 )

そう。小林製薬は、製薬会社の「サラブレッド(=生粋)」ではない。前身は薬卸業者であり、現在は日用品で花王やP&Gと競合する「ハイブリッド(=混合)メーカー」である。

そのハイブリッドメーカーが事業範囲拡大に用いる手法がM&Aだ。自己資本比率80%という安定した財務基盤と余裕資金を活用し、M&A・事業譲受を繰り返す。紅麹事業もその一つ。繊維・アパレルメーカー大手「グンゼ」から2016年に事業譲受したものだ。

グンゼ ウェブサイト 紅麹ベニエットリーフレットより

グンゼから譲受した紅麹

グンゼは、90年代まで経営多角化に取り組んでいた。その一つが紅麹だった。紅麹の持つ健康効果に着目し研究を重ね、健康成分を豊富に含む紅麹を開発。健康食品素材「ベニエット」として販売していた。2013年4月には特許も取得している。

ところが翌年3月、食品安全委員会(内閣府)から紅麹に関する注意喚起が行われる。

「血中のコレステロール値を正常に保つ」としてヨーロッパや日本などで販売されている「紅麹で発酵させた米に由来するサプリメント」の摂取が原因と疑われる健康被害がヨーロッパで報告されています

紅麹を由来とするサプリメントに注意(欧州で注意喚起) | 食品安全委員会

EUは、一部の紅麹菌株が生産する有毒物質「シトリニン」の基準値を設定。フランスは摂取前に医師に相談するように注意喚起。スイスでは紅麹を成分とする製品の売買が禁じられた。

グンゼの紅麹は「シトリニン」を発生させない。だが、紅麹のイメージが悪化し、海外展開が難しくなったのも事実だった。その後、グンゼは「多角化路線」を改め、小林製薬への紅麹事業譲渡を決定する。

多角化路線を改めるグンゼ。事業譲受する小林製薬

一方、小林製薬の事業譲受の目的は「多角化」だった。サプリメントを扱っているとはいえ、「麹」の製造はやったことがない。だが、グンゼのノウハウを獲得すれば、短期間で健康食品事業を補強できる。事業者に原材料として提供することもできる。

小林製薬は、事業譲受した16年から紅麹販売に踏み切り、52社に原料として提供。18年には研究成果(紅麹菌の伝統発酵法における健康成分の変化)も発表している。

だが、現場の管理ノウハウまで継承できたのだろうか。

小林製薬の紅麹の培養期間は「50日」。通常の3倍以上の期間にわたる。培養期間が長くなるほど、温度管理・水分管理が難しくなり、汚染リスクも高まる。長い培養期間中に、なんらかの異物が混入したのではないか。そんな疑いが持たれている。

製薬会社か日用品メーカーか

「『あったらいいな』をカタチにする」という明快な企業スローガン。「アンメルツ ヨコヨコ」「ブルーレット ドボン」「メガネクリーナーふきふき」などユニークな商品名。

簡潔でわかりやすい。小林製薬の強みは広報だ。

だが、今回の紅麹問題で弱みが露呈した。品質管理である。

8月8日の会見で小林製薬前社長 小林章浩氏は以下のように述べている。

「ただ品質を求めながらも、利益を求めていた。そこは反省点だ」

品質と利益、どちらを重要視していたのか。食品の品質を管理できない企業が、薬の品質を管理できるのか。今後も製薬を企業名に冠する企業たりえるのか。それとも、「製薬メーカー」の皮を被った「日用品メーカー」となってしまうのか。品質をどこまで追求できるかにかかっている。

小林製薬 ウェブサイトより

【注釈】
※1 消費者庁第2回「機能性表示食品をめぐる検討会 公益社団法人日本通信販売協会 2024年4月24日

【参考】
紅麹、コレステロール低下で注目 小林製薬16年から事業|日本経済新聞
小林製薬の紅麹、公表まで2か月…供給受ける食品・調味料メーカー「消費者にどう伝えれば」 : 読売新聞
小林製薬『紅麹』 通常の3倍以上の培養期間、製造設備老朽化 見えてきた”予期せぬ物質”発生の可能性|関西テレビニュース