36憶円の年間予算で表現の自由を守る米電子フロンティア財団

8月12日(祝)、東京ビッグサイトで開催された山田太郎・赤松健、両参議院議員の「表現の自由を守る会フォーラム」を傍聴した。

山田議員は8月上旬、新サイバー犯罪条約やクレカ規制問題などで関係者と交渉するため訪米。その模様は「山田太郎のさんちゃんねる」で詳しく紹介されているので、そちらに譲る。

本稿では新サイバー犯罪条約関連で訪問したサンフランシスコの電子フロンティア財団(EFF)  を取り上げる。

ダンシング・ベイビー事件

EFFはデジタル世界における市民の自由を守る活動をしている非営利団体で、筆者も在米中2度訪れたが、国会議員が訪問した話はあまりきかない。

山田議員もEFFの年間予算が36億円と紹介していたが、確かに財務報告を見ると2022年度に2312万ドルの寄付を集めている。これだけの予算をバックにしたネット上の表現の自由を守るための活動の実例として、ダンシング・ベイビー事件を紹介する。母親を代理して音楽会社を訴えたのがEFFだからである。

以下、拙著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」) から抜粋する。

1.7. 米プラットフォーマーの援軍となったデジタル・ミレニアム著作権法
ユーチューブが世界的にヒットした要因にフェアユースもあるが、1998年に制定されたデジタル・ミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act, 以下、「DMCA」)強力な援軍となった。

DMCAの大きな特徴が、検索エンジン、動画サービスなどのサービス・プロバイダーは著作権侵害の責任を負わなくてもいいという条項を盛り込んだところ。この条項は、ネット関連サービスの発展に大きく寄与した。DMCAではプロバイダーは法律に定める要件を満たしていれば、責任を免除される。

具体的には、①著作権者から侵害の通知を受けたら、コンテンツを削除して、情報の発信者(動画などのコンテンツをアップロードした人)に通知 ②情報の発信者から「再アップロードしてほしい」という要請があれば、復活要請があった旨、著作権者に通知した後、情報を復活という手続きが認められた。

例えば、2007年、1歳半の息子が流れてきた音楽に合わせて踊る 29秒間のビデオを母親が撮影して、YouTubeにアップした。

“Let’s Go Crazy” #1というタイトルのこの動画は 2017年12月までに190万回もアクセスされたが、この動画に対して楽曲の著作権を管理するユニバーサルミュージック(以下、「ユニバーサル」)がYouTubeに削除するよう求めた。YouTubeは動画を削除後、その旨を母親に通知。通知を受け取った母親が「削除しないでほしい」と要請したので、YouTubeは動画を復活させた。いずれもDMCAに従った手続きである。

同時に母親はユニバーサルの “ 不実の表示 ” によってコンテンツを削除されたとして、ユニバーサルを訴えた。不実の表示とは、「これはフェアユースにあたらない違法コテンツである」と誠意を持って信じた上で削除を要請すること。この表示をした者(ここではユニバーサル)は、それによって損害を受けた者(ここでは母親)に対して損害賠償責任を負わなくてはならない。

2015年、カリフォルニア北連邦地裁は母親の主張を認め、ユニバーサルは削除要請を出す前にフェアユースにあたるかどうかチェックすべきであったとした。権利者にとっては酷なようだが、フェアユースであれば侵害にはならないため、フェアユースかどうか確認せずに、「これはフェアユースにあたらない違法コンテンツである」と誠意を持って信じた旨を記した上で削除要請してしまうと、“ 不実の表示 ”をしてしまうことになる。

表現の自由と著作権の日米比較

下図は拙著「フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争に負けない著作権法」(以下、「フェアユースは経済を救う」)77ページで紹介した表現の自由と著作権の日米比較の図である。

一番大きな円は表現の自由で保護される領域で、2番目に大きな円は表現の自由による保護の例外として 著作権で保護される領域である。

一番小さな円は著作権保護の例外として 著作権が制限される領域、表現の自由から見ると例外の例外として、著作権法が制限される領域、表現の自由から見ると、例外の例外として、表現の自由が復活する領域である。

2番目と3番目の間の灰色の部分のドーナツが著作権で保護される領域である。日本の方がドーナツが太い、つまり 著作権の保護が厚い。

フェアユースは経済を救う」ではこの後、表現の自由が保障される部分(ドーナツの外側の白い輪)と表現の自由が復活する部分(真ん中の白い円)が米国の方が大きい点を、それぞれ日米の対照的な判決を紹介しながら実証したので、詳細はそちらに譲るが、ダンシング・ベイビー事件も日米の差を示す好例である。

この事件は「10年以上の訴訟を経て、ダンシング・ベイビーはすべての人にとってのフェアユースを強化するために役割を果たした」のとおり、フェアユースを強化した。

対して日本では、こうした動画は陽の目を見ないからである。以下、「国破れて著作権法あり」から抜粋する。

フェアユースはベンチャー企業の資本金とばれるようにグーグルなど米IT企業の成長に貢献したが(第6章参照)、DMCAもYouTubeなど米プラットフォーマーの躍進に貢献。日本では、母親が踊っている子どものビデオを動画共有サイトに投稿した場合、フェアユース規定がないため、権利者が削除してほしいと言えばプロバイダーは当然削除する。このため、“Let’s Go Crazy” #1の動画は10年間で190万回も再生されることなくお蔵入りになってしまう。