バリ島の海岸から国土保全を考える

joakimbkk/iStock

1.海岸侵食が国土を脅かす

海岸は国土や自然環境の保全に欠かせない財産である。しかしながら、近年気候変動の影響等により海岸線や砂浜の消失といった海岸侵食が日本だけではなく世界でも問題となっている注1)

なぜ、海岸侵食が大きな問題となっているのか?

1つ目は、次第に砂浜の消失により汀線が後退すること、越波の増大や海水の侵入による住民生活への危険性が高まるからである。

2つ目は、資源としての砂の重要性が挙げられる。現代社会を支えるために、コンクリートやガラスの構成材料である砂は欠かせないが、需要が拡大し過ぎると生態系の破壊してしまう。

3つ目は、国防上の観点が挙げられる。海岸侵食により砂浜、海岸線が消失すると国土自体の縮小を招く。特に、離島の場合、海岸侵食が進行することにより島自体が消失する可能性が高い。それは、領海や排他的経済水域の縮小を意味し、経済や国防に関わる国家の一大事となる。

社会資本整備というと構造物の新設や維持管理の印象が強い。しかし、社会資本整備の根本は国土を守ることであり、海岸侵食対策をはじめとする海岸保全は日本列島そのものの維持管理といえる。

2.バリ島における海岸侵食対策

島国かつ地震が多いインドネシアのインフラ整備は日本と共通する点が多い。日本もインドネシアも海岸侵食への危機感は大きく、古くから研究者間の連携が進んでいる注2)注3)

日本の場合、急勾配河川が絡む災害を抑制するための上流側での治水対策としてのダム建設や砂防設備の整備が海に流れ込む土砂量を減少させ、海岸侵食を進行させたと言われている注4)注5)

地形や環境に関して、日本とインドネシアの類似点は多いが、ビーチが売りであるインドネシアにおいて海岸は国家の生命線といえる。特に、世界有数のリゾート地バリ島では、海岸侵食に関する調査や対策が大規模かつ盛んに行われている。

バリ島の海岸侵食に関しては、JICAが海岸保全事業を実施しており注2)注3)、バリ島南部エリア(サヌール、クタ、ヌサドゥア海岸およびタナロット寺院)等において養浜、突堤、潜堤、離岸堤などの建設を支援し、各海岸の侵食軽減に寄与している。

今回、バリ島のクタ海岸に訪れ、海岸侵食対策やビーチ周辺の様子を調査した。

クタ海岸では海岸侵食の防止を目的として様々な対策が講じられていた。砂浜を保全するための砂の投入、また養浜砂の流出低減対策としての3基の離岸堤設置が行われていた(写真1)。

写真1 クタ海岸の離岸堤

調査を行った時間帯はちょうど満潮の時間帯であり、クタ海岸の砂浜は海面下の状況であった(写真2)。

写真2 砂浜が消失しているクタ海岸

海岸侵食を始めとする国土保全事業は自然の影響に左右される。海岸侵食に対しても対策を講じているものの養浜砂が流出し続けているのが現実である。行政等の発注者は、一度、対策を講じたからといってそれで終わりという訳ではなく、事業効果のモニタリングや効果を持続させるための対策を常に考える必要がある。

また、クタ海岸周辺はビーチリゾートしての開発が非常に進んでおり、観光産業の過熱化により海岸の自然が破壊されているようにも感じた(写真3)。夕方になるとサンセットを楽しむ大勢の観光客がビーチに集まっていた。

写真3 日が沈む頃のクタ海岸

3.マングローブ林による海岸浸食対策

先述のクタ海岸の見学を通して、離岸堤では完全に砂浜流出を防ぐことはできないことを確認した。マングローブ林が海岸侵食対策に有効であるとのことからジャカルタ市内にあるマングローブ林を見学した(写真4)。

写真4 マングローブ林

マングローブ林は、離岸堤と同様に波のエネルギーを吸収する効果があり、海岸侵食低減効果があると言われている注6)

マングローブ林が自生している地域では、定期的な維持管理の手間は不要と思っていたが、今回見学したマングローブ林では、倒れている木や枯れた木も数本あった。また、外観では直立している木であっても、しっかりと根付いている保証はなく、全ての直立してる木が波に抵抗する能力を有している訳ではないことを知った。もし仮に、マングローブ林の管理を徹底するのであれば、樹木医等による診断や処置が必要になるだろう。

持続可能な社会を実現するために、自然の力を借りていくことも重要だが、国土保全、生命や財産を守るためには不確実性の高い植物の力を過信しすぎるのも良くないと感じた。

4.国土保全を考える

海岸侵食は他のインフラとは異なり、一般市民や観光客にとって直接的に負の影響を与えることになる。そのため、行政だけで対処しようとするのではなく、海岸を保全することの重要性を周知し、多くの人を巻き込みながら海岸侵食対策を進めていくことが重要であると感じた。

その過程において、多くの人が国土保全に対して自分事として捉え、行動することでインフラへの理解の促進にも繋がるだろう。

【参考文献】

注1)国土交通省:気候変動を踏まえた侵食対策について(2024年6月2日)(参照日2024-08-19)
注2)国際協力事業団:インドネシア共和国バリ海岸緊急保全計画調査事前調査報告書,12
注3)国際協力機構,日本工営,国際航業,双葉測量設計:インドネシア国 バリ海岸保全事業(II)協力準備調査最終報告書,3
注4)静岡県交通基盤部静岡土木事務所HP:侵食・高潮事業の事業概要(参照日2024-08-19)
注5)神奈川県HP:茅ケ崎海岸侵食対策事業(参照日2024-08-19)
注6)山本吉道,Puangpet RATTANARAMA, Arjong NOPMUENG:マングローブ林による消波と侵食防止の効果評価法,土木学会論文集B2(海岸工学),71,No.2,pp.l_779-l_804,2015