アメリカで、1000人以上のヘルスケアジャーナリストが所属するAHCJ(Association of Health Care Journalist)という団体があり、年に1度、Health Journalismという年次総会が開かれ、アメリカの医学・公衆衛生学的問題が議論される。
今年は、6月6日から9日にかけて、ニューヨーク市にてHealth Jounralism2024が開催された。環境問題や研究不正問題など普遍的なことがらが議論される他、オーバードーズ、銃による外傷、格差問題、人工妊娠中絶の問題(人工妊娠中絶が禁止されている州もある)など、日本ではあまり議論されないアメリカ特有の問題も多い。今年は、大統領選挙の年なので、大統領選挙に伴った話題も出た。
日本では、医学研究や医療制度について議論される際に、「アメリカでは」とアメリカが参照されることが少なくはないが、実は、アメリカの医療の仕組みについては、日本ではまり広く知られていないと言ってもいいのではないか。
アメリカの医療制度(その他の社会制度もだが)の特徴のひとつは、メディケア・メディケイド・ACA(オバマケア)などの基本的な枠組みは共通しているが、州法の支配も大きいため、州によっての違いが大きく、日本のような全国どこにいっても同じシンプルな仕組みを有しているとは限らないことだ。
また、アメリカは医療費が高額であることが知られていて、医療費の請求で破産する人も多いのは、よく話題に上がる。ハワイなどに旅行した際、虫垂炎の手術を現地で受けたが、後になって何百万円の請求が来たという話を耳にしたことがあるかもしれない。
医師、(主に私立の)病院、製薬企業、保険会社などによるマネーゲームにより医療費が高騰していることは以前からよく指摘されているが、保険に入っていても、思いがけず高額な請求を受けることがある。それは「不意打ち請求」(Surprise Act)とよばれるが、受けた医療に、保険でカバーしきれていない部分があることによるものだ。
アメリカでは、就業を通じて民間の保険に加入していることが多いが、民間の保険にも多くの種類があり、ひとつの病院でなされる医療でも、全部を同じ保険がカバーしているとは限らない。
手術を受けたら、執刀した外科医に関しては、患者が入っている保険でカバーできるが、麻酔をかけた麻酔科医に関してはそうではない、といったケースがあり、その場合、麻酔費用は自費で払わなければならない。手術や検査の価格設定も、病院によって異なり、数倍もの開きがある場合がある。
このような複雑な制度により、患者は事前にいくらかかるのか知ることができず、不意打ちで高額請求をされて、支払い能力がなく、給与の差し押さえまでされてしまうケースが少なくない。
アメリカは、先進国で殆ど唯一「皆保険」制度がないといわれる国だが、以前から疑問の声があがっている。2016年の大統領選で民主党の予備選挙に立候補したバーニー・サンダースが、「Medicare for all」(国民皆保険制度)に関する法案を提出したことは有名だが、現在、医療保険制度に疑問を呈しているのは「社会主義者」といわれる人々だけではない。
Health Journalism 2024でも、アメリカの保健医療の問題は複数のセッションで議論されたが、筆者の関心をひいたのはマサチューセッツ工科大学経済学部のエイミー・フィンケルシュタイン教授だ。
彼女は保健医療や公共政策に関する研究で有名だが、彼女は、「We’ve got You Covered」という本で、国民皆保険制度を提唱している。具体的には、自動加入の基本的医療保険で全国民をカバーし、それ以上は個人がアップグレードを購入するというものだ。
彼女は、この書籍の前書きに、ミルトン・フリードマンの「政治的に不可能なことが、政治的に必然になるまで」という言葉を援用し、最良のアイデアを開発し、大衆の想像力の中で成熟させることが公共政策における経済学者の役割だと書いた。
現在では、保守系の政治家の中にも皆保険的な制度を提案する人もいる。それだけ、アメリカが深刻な状況だということだろう。
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筆者が運営に参加する「メディカルジャーナリズム勉強会」のオンライン勉強会にて、8月23日(金)19時より、Health Journalism 2024の参加報告を行い、アメリカ医療の問題について、日本医学ジャーナリスト協会会長、医療系出版社経営の両パネリストと議論する。