小児医療費無料化は正しいのか?

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こんにちは、医師&医療経済ジャーナリストの森田です。

今、各自治体で「小児医療費の無償化」が進んでいます。

当方の診療所がある鹿児島県の南九州市でも、小児医療費は18歳まで全額無料になっていて、受診後も窓口での支払いもなしで帰宅することができます。こうした自治体が全国的に増えてきています。

もちろん受診される患者さん・保護者さんたちにとっては無料であることはとてもいいことです。しかし、それを負担するのは自治体であり、結局は税金という「みんなのお金」から支払われるわけで…。また、無料になれば気軽に受診できることからいわゆる「コンビニ受診」が増えてしまい…。
そうした意味では事態は複雑です。

ということで、今回は「小児医療費の無償化」について、他国ではどうなの? 無料化したら社会はどうなるの? など、国際的・社会学的な俯瞰的視野で考察を試みたいと思います。

外国では?

日本では医療費の1割〜3割を自己負担するのが当たり前ですが、実は先進国では医療費が「無料」の国が多いです。

イギリス・ドイツ・オランダ・ベルギー・カナダに加えデンマークなどの北欧の国々も概して、医療は自己負担なく原則として「無料」で受診できます。

これは小児科だけでなく高齢者も同様です。これらの国では、国民から集めた税金で医療を運営している国が多く、だからこそこうした制度が成りたつのです。

では、医療が無料の国では「コンビニ受診」が多いのででしょうか?

実はそんなことはありません。

こちらが先進諸国の国民一人が一年間に医療機関を受診する回数の比較です。

実は日本人の外来受診数は世界一。

医療費が無料のドイツ・イタリア・スウェーデン等よりも、日本人の方が圧倒的に多く医療機関を受診しているのです。

このグラフから分かるのは、

  • 医療費が無料でも受診回数が少ない国は多い
  • 逆に日本は医療費の自己負担があるのに、受診回数が世界一

という2つの事実。

では、なぜこうした差が生まれるのでしょうか?

以下で、その要因として考えられる2つの社会的な事象を検討します。

医療のビジネス化

先ほど、「日本人の外来受診数は世界一」と書きましたが、実はこれ厳密に言うと間違いです。近年、韓国に抜かれ日本は2位になりました。

まぁ、日・韓の2国で世界トップを独占しているということです。これは「人口当たりの病床数」でも同じく世界一。日韓は英米の5倍の人口当たり病床数を持っています。

医療は大きく分けると「外来医療」と「入院医療」に大別されるのですが、「外来受診数」も「病床数」も世界トップということになります。日・韓は「外来医療」でも「入院医療」でもその提供量・需要量で世界トップを走っているということです。

ではなぜ、日・韓ではこれだけ多くの医療が提供され、需要されているのでしょう?

実は、日・韓は「医療をビジネスに開放」している数少ない国なのです(米国もそうですが米国は医療費が異常に高くその闇は非常に深いので今回は割愛します)。

先ほど、先進国の多くの国では「国民から集めた税金で医療が運営されている」と書きました。これらの国における医療は、日本における警察・消防・公立学校とおなじく「国が管理運営する公的事業」なのです。なので、医療の市場を拡大するという考えはありません。日本でも警察・消防を産業化・ビジネス化して市場を拡大しよう!とは誰も考えないですよね。それと同じです。

一方、日本・韓国では多くの医療は民間のビジネスによって経営されています。ですので、どうしても自院へ患者を集め、収益を増やし、経営を安定させたい、という欲求が働きます。すべての病院が患者を増やしたい、と思っているので、その帰結として(見つけようと思えば病気が見つかる高齢者を中心として)患者が増えてゆく、ということになります。

これは決して褒められたことではありません。

もちろん、医療を受ければ受けるだけ健康になったり、寿命が伸びたりするのであれば、それはいいことでしょう。では、諸外国の2倍も3倍も入院ベッドを持っていて、外来受診も世界で2番目に多い日本人は、外国人の2倍も3倍も長生きなのでしょうか?

もちろんそんなことはまったくなく、先進国の平均寿命は82〜84歳程度。日本人の平均寿命は84歳で一応世界のトップクラスですが、日本は世界でも珍しい、「人生終末期の延命治療が数多く行われている国」ですので、その点で本当の健康が実現されているとはいい難いでしょう。

社会の医療化

話を「小児医療無料化」に戻しましょう。

というのも、「医療のビジネス化」という部分は、慢性期医療や高齢者医療では顕著に差が出てきます(患者を増やすことは実際に出来てしまう)が、発熱や頭痛・腹痛など急性期症状が大半を占める小児外来において、「患者を増やす」ということは事実上不可能だからです。

では、無料化で「コンビニ受診」が増える? という疑問は杞憂なのでしょうか?

そこには更に「社会の医療化」という問題が顕在化します。

「社会の医療化」というのは、

これまで医療の対象ではなかった身の回りの問題が医療の対象となってゆくこと

です。

具体的にはこういうことです。

昭和の時代、サザエさんの家庭のように、おじいちゃん・おばあちゃんと同居の大家族。その状況では、タラちゃんのような小さな子が熱を出してもすぐには小児科に行かなかったのです。経験の豊富なおばあちゃんや近所の人たちがみんなで相談に乗ってくれ、超高熱の緊急時に病院に走ることはあっても、たいていの場合は自宅で様子を見ることができました。

今は3世代同居の家庭は少なくなりました。また、隣近所の人たちとの付き合いもかなり希薄になっています。仕事で忙しいパパは子どもの発熱まで気が回らないかもしれません。そうなるとお母さんは誰にも相談ができなくなってしまいます。いわゆるワンオペ状態ですね。こうなると、軽微な症状からすぐに病院へ、という傾向が強まっていきます。ワンオペで頑張っているお母さんにしてみたらこれは致し方ないことです。

一方、医療を提供する側の小児科開業医の先生も、その経営の基礎は「ビジネス」ですので、患者が増えることを歓迎します。

こうして、かつては社会全体でやんわりと受け止めていた身の回りの問題が、どんどん医療の問題として病院に持ち込まれていくわけです。

もっとひどい例では、子供は元気なんだけど、学校から「検査して診断書を貰ってこい」と言われる「診断書需要」の受診も多いです。

これが「社会の医療化」です。

事実、今の小児科外来は、本来薬剤が必要でないような軽微な症状の子どもたち(とお母さん)で溢れています。

まとめ

今回の記事をまとめるとこうなります。

  • そもそも先進諸国は医療費が無料。日本でも小児医療費の無料化は本来なら問題ないはず。
  • 問題は「医療がビジネス化していること」と「社会全体のつながりの希薄化(による社会の医療化)」
  • この2つの問題に対峙せずに小児医療費を無料化したら、小児医療の市場は更に拡大してしまうだろう(つまり全体の医療費は増大)

医療制度を語るとき、どうしても目先の経済的合理性とか医師不足など医療資源の問題などに着目しがちですが、実はこうした国際的・社会学的な俯瞰的視野が非常に大事なのです。

前明石市長の泉房穂さんが小児医療費無料化を導入されたとき、泉さんは「0歳児見守り訪問・おむつ定期便」も始められたそうです。

おむつ定期便のHPにはこう書いてあります。

この事業は、配達に合わせて赤ちゃんと保護者の見守りを目的としています。そのため、おむつ等の支給品は、見守り支援員と対面し受け取ることが必要になります。
子育て経験のある見守り支援員がお届けしますので、悩みやお困りごとがありましたらお気軽にご相談ください。

出典:明石市HP

人と人との「つながり」をさり気なく演出するような温かな取り組みです。こんな素敵な取り組みができる明石市なら小児医療費無料化も成功するかもしれませんね。

以上、「小児医療費無料化は正しいのか?」でした。