残されたサボテンと失われた時:中村将『北朝鮮は今も日本人を拉致していますか』

「一緒にディズニーランドに行くのが夢」(故・横田滋さん)
「消えし子よ 残せるサボテン 花咲けり かく小さくも 生きよと願う」(横田早紀江さん)

言うまでもなく、子供を失うことは親にとって最も辛い出来事である。不慮の事故や不治の病など理由は様々であろうが、どこかで生きていると分かっていながらも第三者によって引き離されている拉致被害者家族たちはどうだろうか。

横田めぐみさん

犯人に詰め寄ることも出来ず、怒りをぶつけようにも矛先がない。無力感と子供への罪悪感に苛まれる日々である。

横田めぐみさんの父・滋さんはいつかディズニーランドにめぐみさんを連れて行く夢を叶えぬまま逝ってしまった。母・早紀江さんは、めぐみさんが修学旅行のお土産に買ってきたサボテンに消えた我が子への想いを託して歌を詠んだ。

本書『北朝鮮は今も日本人を拉致していますか』(産経新聞出版)は北朝鮮による拉致事件を長年追い、特集記事を長期連載した著者による拉致問題の貴重な資料である。

「日本の大手電機メーカーが秘書を募集している」

本書では、1978年に世界中で頻発した拉致事件についても一章を割いて詳述している。日本人被害者同様に、工作員の教育係や工作員そのものに仕立ててしまおうとの思惑で外国人も拉致された。日本企業への就職を餌に北朝鮮へと連れていかれた者の中にはレバノン人女性もいたのだが、翌年にそのうちの二人が機転を利かせて監視役の北朝鮮工作員のもとから逃げ出すことに成功。拉致の一部始終をレバノン公安当局が知ることとなった。

勇気ある彼女らの行動によって、その後に外交問題へと発展して残りの二人を含めた被害者四名が解放されたのである。しかし、この年の時点で既に北朝鮮から拉致被害者を取り戻した本事例があったにも関わらず、日本政府が北朝鮮に拉致問題を認めさせるまでに更に23年の月日を要したことは深刻である。

本書に収録されている横田夫妻による「めぐみへの手紙」で何度も言及されている「日本の国民、政治家、官僚の皆さま」は一体この間に何をしていたのか、と思う。政治家と官僚がその無策に対して責任を負うのはもちろん、不都合な事実から目を背けてきた国民も同罪ではないだろうか。

「私も学校の部活の帰りに友達と別れた後、家のそばの曲がり角にさしかかったとき、後ろから男につかまれて…」

横田めぐみさんと一時期共同生活した曽我ひとみさんは、めぐみさん本人がこう言ったことを覚えている。5月に、めぐみさんが拉致されたとされる新潟県護国神社近くの現場を、私はこの目で見た。

その際に、付近を散歩していた夫婦から、私もこの「曲がり角」について直接聞いた。かつてこの場所には、滋さんが務めた日本銀行の行員用住宅があったそうである。神社の鳥居横には、新潟県警が情報提供を求める看板が今も設置されている。

日本海が、文字通り目の前に広がる場所である。ここでめぐみさんは拉致され、そのことを知らない早紀江さんが双子の拓也さんと哲也さんの手を引いて必死に海辺を探す姿を想像するだけで、自然と涙がこぼれた。

これから1か月後の10月5日、めぐみさんは還暦を迎える。47年という長きに渡って時が刻まれた残酷な現実を、国民は同胞の痛みとして直視しなければならないと思う。