「ソマリランド」をめぐりエチオピアとエジプトが緊張高める

エチオピアとエジプトが、緊張を高めている。ソマリアをめぐってのことである。インド洋から紅海に至る地域は、すでにガザ危機の勃発をめぐり、フーシー派と米英軍の間の軍事行動が起り、貿易航路が遮断されている状態だ。さらに紅海の沿岸諸国の間で、広域の緊張関係の高まりが起こっているわけである。日本はエチオピアとソマリアに挟まれたジブチに自衛隊の唯一の海外基地を持つ。今後の推移を注視していかなければならない。

エチオピアとエジプトの間の構造的な緊張関係は、エチオピアが建設した「グランド・エチオピア・ルネサンス・ダム(GERD)」だ。(青)ナイル川の上流に建設された巨大なダムによって、下流で水資源が枯渇する、とエジプトが訴えてきている。しかし人口増加と経済成長によるエネルギー需要の高まりに対応しなければならないエチオピアは、妥協しない。もっともこれは建設前からの過去何年にもわたって続いてきた対立だ。

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あらたな火種は、今年1月にエチオピアがソマリア領内の「ソマリランド」と結んだ協定が引き起こした国際情勢の動揺から、もたらされた。そこには、「ソマリランド」の沿岸の一部をエチオピアが使用する許可を得る代わりに、エチオピアは「ソマリランド」を主権国家として認めていくことを謳った内容があった。これに首都モガデシュ周辺を実効統治して国際的な政府承認も持つ「ソマリア連邦政府」が激しく反発した。

連邦政府はそこで、ソマリアに駐留するアフリカ連合(AU)の国際平和活動ミッションであるATMISが、来年1月から衣替えをしてAUSSOM(AU Support and Stabilization Mission in Somalia)になる機会に、エジプトの部隊派遣を招へいした。それが最近になって判明した。

すると、この措置に対して、ソマリア国内でも、大きな懸念の声が上がった。長期にわたってソマリアにおける平和維持部隊を提供してきたエチオピアの代わりに、敵対するエジプトを招いてしまっては、地域の構造的な対立関係の渦中にソマリアを置くことになる。しかもその理由は、エチオピアに対する連邦政府の反発心であることは明らかなので、エチオピアの態度を硬化させることは必至である。実際、エチオピアは、「ソマリランド」に「大使」を常駐させる、と発表し、対抗意識を露わにしている。

ソマリア領のアデン湾に面した沿岸部のジブチと国境を接した部分にある「ソマリランド」は、ソマリア全体が激しい内乱に陥った1990年代初頭から、事実上の独立国家の状態にある。アルカイダ系テロ組織であるアル・シャバブとの戦闘に明け暮れる連邦政府よりも、安定した統治体制を持っている、と言ってもよい。

しかし依然として不安定なソマリア領内の情勢を考えると、「ソマリランド」の独立はパンドラの箱を開ける行為に等しい。「ソマリランド」の隣には、やはり未承認国家の状態にある「プントランド」がある。「ソマリランド」が国際的な独立の承認を得たら、「プントランド」も追随しようとするだろう。そうなるとアル・シャバブの統治下にあると言ってもよい南部地域を、連邦政府が実効支配できていないこともあらためて顕在化してくるだろう。形式化した連邦政府の存在の国内基盤も揺らぐことが懸念される。

脆弱だが、それでも最悪の時期と比べればまだマシだと言える現在の状態から、地獄の群雄割拠の内乱状態にソマリア全体が戻っていくことを、周辺諸国は、望んでいない。他のいずれの国も、望んでいない。そのため、「ソマリランド」が独立を認められる可能性は、現実には非常に乏しい、とみなされてきた。

今回、エチオピアが、あえて踏み込んだ姿勢をとってきたのは、どうしても海へのアクセスを確保したいというエチオピアの熱意によるものだった。1990年代に内戦をへてエリトリアが分離独立した後、内陸国になってしまった状況を、何としても打開したいという悲願を、アビイ首相は持っている。内陸国でありながら、エチオピア海軍を再建することを、公約として掲げている。

エチオピアがかつて重視していたのは、ジブチだ。中国の支援で建設したジブチと首都アディス・アベバを結ぶ鉄道が有名だが、ジブチとアディス・アベバの間の交通路は、この地域ででは極めて重要なものである。しかしすでにアメリカ、中国、フランス、日本、イタリアの軍事基地がひしめき合うジブチに、エチオピアが食い込んでいくのは、簡単ではなかった。

そこでアビイ首相は、国境の領土紛争を、エチオピアが譲歩する形で解決して、2018年にエリトリアとの和解を果たし、エリトリアと接近した。アビイ首相に2019年にノーベル平和賞をもたらした大事件であったが、エリトリアと犬猿の仲にある国境地帯の北部州ティグレイの人々が、アビイ首相に反発する、という副次的効果も生んだ。

2020年にティグレイ紛争が勃発すると、エリトリア軍はエチオピア連邦軍とともにティグレイ州に軍事展開したが、その際の蛮行は国際的に大きな非難の対象となった。ティグレイ州から、アムハラ州へと、エチオピアの混乱が移動していく中、アビイ政権とエリトリアの関係も微妙なものになっていった。そして今年になり、エチオピアの電撃的な「ソマリランド」との外交関係の樹立の意図が明らかになった。

ちなみにエチオピアは、北アフリカ西端にあるモロッコとも接近している。モロッコが認めていない未承認国家の西サハラのポリサリオ戦線側を、エジプトは支援している。エチオピアもエジプトも、アフリカの地域大国と言うべき存在であるだけに、両国の対立は、二国間関係を越えた影響を持つ。

「ソマリランド」の港湾施設に大きな権益を持っているのは、中東のUAEだ。もともとエチオピアとエリトリアの和解を仲介したのも、UAEだった。アビイ政権は、そして「ソマリランド」は、UAEと非常に親しい関係にある。

ちなみにUAEは、終わる兆しが見えない内戦の最中にあるスーダンにおいて、国軍と対立しているRSF側に、軍事支援を提供していると言われている。スーダン国軍は、伝統的にエジプトに近い。東アフリカにおけるUAEの存在感が、非常に大きくなっている。つまりエチオピアとエジプトの敵対関係は、中東情勢にも連動してくる。

さらに言えば、UAE、エチオピア、エジプトは、いずれも今年からBRICSに加入した諸国である。対立が深刻化すれば、BRICSの枠組みなどにも影響が及ばないとは言えないだろう。

いずれにせよ、この地域の情勢を、多角的な視点から、注視していかなければならない。

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