ジュリアン・ファヴローが語る「ダンサー引退の決意とカンパニーの未来」

小田島 久恵

2024年9月に3年ぶりの来日公演を行うモーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)。この公演はプリンシパルのジュリアン・ファヴローが新芸術監督となって初の来日となり、同時に30年に渡ってカンパニーの重要な役割を担ってきた彼のダンサーとしての引退公演となる。

理想的なベジャール・ダンサーとして世界中の観衆を魅了してきたファヴローの「ラスト・ショー」を惜しむ日本のファンも多いはずだ。

今年2月に前芸術監督のジル・ロマンの解任が決まり、暫定芸術監督に就任、9月には正式な芸術監督に就任した。8月下旬に行われたオンライン会見では、芸術監督という第二のキャリアを選択し、カンパニーを率いていく決意を見せたファヴローの確信に満ちた言葉を聞くことが出来た。

Julien Favreau(ジュリアン・ファブロー)
©BBL – Jennifer Santschy

Julien Favreau(ジュリアン・ファヴロー)
Artistic Director
1995年にモーリス・ベジャール・バレエ団に入団。以来、同バレエ団で30年にわたり踊り続け、ベ ジャールは「ザラトゥストラ」「踊りの讃歌」「ダンス、それは愛」他で彼に幾つかの重要な役を創作、またレパートリーで主役を与えた。ジル・ロマンの下でも「ボレロ」「3つのソナタ」「第九」をはじめ多くのレパートリーで主要な役を踊る。2024年2月28日に17年間芸術監督を務めたジル・ロマンの後任として暫定芸術監督に就任。カンパニーのリーダーとして、モーリス・ベジャールのレパートリーの芸術的遺産を守りながら、カンパニーに現代的なエネルギーをもたらすことを目指す。

――前監督ジル・ロマン氏の解任と、その後ファヴローさんに後任の白羽の矢が当たった経緯について詳しく教えてください。

ジュリアン・ファブロー氏(以下、ファブロー):ご質問をありがとうございます。この2月にジル・ロマンが財団から解雇という措置を受け、そしてすぐに私の方に芸術監督を引き継ぐという話がやってきました。

ただ、それはシーズン中の出来事でしたので、シーズンが終わるまでの暫定的な監督職という提案でした。返事の猶予は24時間で、私は引き受けることを決断しました。というのも、当時始まっていたシーズンが素晴らしく、このハイレベルな状態のまま終えなくてはならないという気持ちがあったからです。

ジル・ロマンの解雇というのは非常に急で、私たちにとっても予期していなかったことでしたので、ダンサーたちもパニックに陥っていました。そうしたパニック状態のダンサーたちを安心させることが自分の役目だと、あの時にリアルに実感したわけです。つまりグループをもう一度一つにまとめて、モーリスの作品を上演し続けていくことが自分の使命だと。17歳でカンパニーに入ってからの自分の歴史的な存在というものを非常に強く自覚しました。

――今まで仲間であったダンサーたちをまとめていく立場になったのですね。

ファブロー:そうですね。私は二つのことから引き受けることを決めたのです。一つ目は、この提案が自分にとって正当なもので、これを引き受ける理由があるということ。二つ目は、一番柔らかに物事を着地させていく解決法であるということです。

この知らせを受けた時に拍手が沸き起こり、結果として誰もカンパニーを去る決断をした人はいませんでした。今後の芸術的なヴィジョンとして、まずBBLのアイデンティティに関すること、これを大切にしたいという点があります。

Ballet for Life(バレエ・フォーライフ)
©Kiyonori Hasegawa

――ご自身の立場の変化ということに関しては、強く思うことはありましたか?

ファブロー:引き受けてから凄いスピードで色々なことが進んで行きました。最初の数週間はなかなか慣れないものがあって落ち着く暇がなかったですね。

というのも、シーズン中だったので、私がまだ重要な役を上演しているときで、自分のパフォーマンスにも集中しなければいけない。一方で芸術監督としてダンサーのリハーサルに立ち会ったり、照明とかあらゆるスタッフたちに指示をして確認したり、仕事が一挙に三倍に増えたような状態でしたが、幸いなことに私は一人ではなくて、エリザベット(・ロス)や(小林)十市にだいぶ助けられました。その後、自分の出演というものはキャンセルをして、新しい仕事に取り組むことを選択しました。

ローザンヌでは6月に最後の『ボレロ』を踊りましたが、東京で踊る『ボレロ』も最後ということになるでしょう。2024年の終わりをもって、ダンサーという立場から完全に身を引くために調整をしています。なぜならこの新しい芸術監督という仕事が非常にエネルギーと時間を使う仕事だからです。でも、モーリスの仕事をジルが続けてきたように、自分もそれを引き継いでいくことが役目だと思っています。

ダンサーとして最後に踊る『ボレロ』『バレエ・フォー・ライフ』

――日本で最後に踊る『ボレロ』について。初めて踊ったときの思い出や、今現在の作品への想いなどを教えてください。

ファブロー:『ボレロ』に関しては、最初に踊ったのは2011年のイタリアのフェスティバルで、ジルが「踊ってみないか」と提案してくれたんです。ここでうまくいけば、三か月後にパリのパレ・デ・コングレという非常に大きな会場で踊ってもらうという風に言われました。

私はフランス人なので、パリの大きな会場でボレロを踊るチャンスがあるということで、本当に嬉しく、夢が叶うという気持ちで最初の『ボレロ』をスタジオで踊ったことを覚えています。最初の頃はうまくコントロール出来ていなかったと思うし、いつ踊ってもとても難しい作品です。

年を重ねて自分も成熟してきましたし、身体も年を重ねて変化しています。『ボレロ』という作品はどうしても、人間がその作品よりも強くあるということが難しい踊りなのです。本当に作品自体が物凄い力を持っていて、人間はダンスに従わざるを得ない。ダンサーが作品に打ち克つことが出来ない、とても魔術的で神話的な振付です。これを踊って、30年のキャリアの円環を日本で閉じられることをとても嬉しく思っています。

――全編クイーンの音楽を使った『バレエ・フォー・ライフ』は、ジュリアンさんが10代から踊られてきた作品で、早くからメインキャラクターのフレディ役に抜擢されて大変な人気となりました。

ファブロー:『バレエ・フォー・ライフ』は、初演(97年)の主演ダンサーとは違うように演じる必要があるというところから始まりました。そのときモーリスが言ってくれたことがヒントになっていて「ダンサーとしてのジュリアンではなく、ロック・スターとしてのジュリアンを舞台の上で見せて欲しい」と。

外見の面では私はフレディ・マーキュリーに似ていないので、フレディの発するオーラというものからアプローチしていきました。その際にはフレディの身振りとか、ヴェルサーチの衣装といったものが大きなインスピレーションを与えてくれましたね。フレディ以外のミック・ジャガーやデヴィット・ボウイのイメージもミックスして、ロック・スターの役を作っていきました。

モーリスはたくさんのアドバイスを与えて導いてくれ、「それはちょっとやりすぎだ」「そっとの方向性はよくないよ。別のやり方でやってみよう」とか、色々試しながら作っていったんです。感情の面でもコントラストをつけていかければならないと言われました。

すごく優しい面もあれば、アグレッシヴな面もあって、様々な感情のパレットを引き出すことを求められます。日本やフランス、南米でもたくさん踊った役で、自分のキャリアを振り返ってもとても重要な役です。年を重ねて、フレディが亡くなった年に近い年齢で最後にこの役を踊るのも、不思議な偶然を感じます。

Ballet for Life(バレエ・フォーライフ)
©Kiyonori Hasegawa

ダンサーを引退する決意をしたとき:自然な変化が次々と起こった

――ファヴローさんご自身、ダンサーとしてのキャリアには未練はないのでしょうか。

ファブロー:今回の物事というのが、自分にとって大変ナチュラルな形で進んだように思います。ダンスをやめるということも、これが訪れるタイミングだったと言えます。

実は既に、ジル・ロマンにも「そろそろダンサーとしてのキャリアを終わらせることを考えている」という話をしていたんです。前回の2021年の日本ツアーの後にアキレス腱の断裂という怪我をして、一年間踊れない時期があり、自分にとってきちんと体調を整えておくということが結構難しいことになってきていました。

35歳で辞めるダンサーもいることを考えると、私はもうすぐ47歳になるという時期に踊っているわけなので…ただ、ダンサーとしての大きい役ではない、演劇的な要素に中心があるようなちょっとした役であれば、舞台に出るということはあり得るかも知れません。

Ballet for Life(バレエ・フォーライフ)
©BBL – Guillermo Mendo Murillo

――芸術監督として今後新しいチャレンジなどは考えていますか?

ファブロー:2024/2025シーズンというのは、実はジル・ロマンがほぼ決めていて、私が細かな調整をこの後引き継いでいくという感じです。

何と言っても日本ツアーで始まる素晴らしいシーズンです。今回は西宮と札幌でも上演の機会をいただき、とにかく私たちのカンパニーにとって日本に行くということは本当に特別なことで、皆すごくモティベーションが上がっています。

その後スイスに戻って、モーリスのレパートリーに加えて、外部から招聘した振付家がカンパニーのために作った作品と組み合わせて上演します。その後にはブラジルにツアーが予定されていますが、久しぶりなので私たちも楽しみにしています。

そして12月にはローザンヌで10年ぶりの『バレエ・フォー・ライフ』の上演があります。私が踊ってきたフレディを今度は新しいジェネレーションに引き継ぐときが来たんだなと、そのチャンスが来たと考えています。新しいダンス、新しいフレディが誕生することになると思いますし、ぜひ楽しみにしていていただけると嬉しいです。

2025年の6月からは、私が決めるプログラムが予定されており、今の時点では100%ベジャール作品のプログラムを企画しています。

――日本の観客にメッセージを。

ファブロー:BBLは非常に素晴らしいカンパニーで、本当に才能あるダンサーが揃っています。モーリス・ベジャールの作品も他の振付家の作品も踊ることの出来る優秀なダンサーたちです。最後にベジャールの言葉を聞きながら終わりたいと思います。

「困難はあります。変化というものもあります。そこには革命(レボリューション)ではなく、進歩(エボリューション)がある。なんとしてもショーは続けられなくてはならない」

これが私からのメッセージです。ありがとうございました。

Ballet for Life(バレエ・フォーライフ)
©BBL – Ilia Chkolnik

【モーリス・ベジャール・バレエ団 来日公演】

● バレエ・フォー・ライフ
振付:モーリス・ベジャール
音楽:クイーン/ W.A. モーツァルト
衣裳:ジャンニ・ヴェルサーチ
公演日時
9月21日(土)13:30
9月22日(日)13:30
9月22日(日)18:00
9月23日(月祝)13:30
会場:東京文化会館(上野)
上演時間:約1時間45分(休憩なし)

だから踊ろう… !
振付:ジル・ロマン
音楽:ジョン・ゾーン、シティパーカッション、ボブ・ディラン
衣裳:アンリ・ダヴィラ
照明:ドミニク・ロマン

2人のためのアダージオ
振付:モーリス・ベジャール
音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
衣裳:アンリ・ダヴィラ
照明:ルーカス・ボルジョー

● コンセルト・アン・レ
振付:モーリス・ベジャール
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
衣裳:アンリ・ダヴィラ

● 「ボレロ」
振付:モーリス・ベジャール
音楽:モーリス・ラヴェル
公演日時
9月27日(金)19:00
9月28日(土)13:30
9月28日(土)18:00
9月29日(日)13:30
会場:東京文化会館(上野)
上演時間:約1時間55分(休憩含む)
※ 音楽は特別録音による音源を使用します。

【入場料】
3,000円 〜 23,000円

【お問い合せ】
NBSチケットセンター
電話:03-3791-8888(平日10:00~16:00 土日祝・休)