ドンキの遺伝子:従業員か血縁か?2兆円企業の行方

ドン・キホーテの決算説明資料は名(迷)コピーが盛りだくさんだ。

例えば、

  • 現場主義を表す「主権在現」
  • 滞在時間を引き延ばす「店内観光体験」
  • 従業員が値下げしたい商品に投票する「価格総選挙」

など。

オリジナル商品も名(珍)品ばかり。

  • “鶏の皮”と“ご飯”だけの弁当「フライドチキンの皮だけ弁当」
  • 乾燥機をとっちゃいました(ドラム型)洗濯機
  • 驚音波振動電動歯ブラシ

秀逸なコピー。突き刺さる商品群。アミューズメントパークと化した店内。これらは、「ドンキの遺伝子」を受け継いだ従業員たちの手によるものだ。

彼ら(彼女ら)の活躍で、ドンキは36期連続の増収増益。今期(24年6月期)売上は2兆円を超えている。小売業で2兆円超は、セブン&アイ、イオン、ファーストリテイリング、ヤマダHDに次いで5社目となる。好調なのは収益性だけではない。自己資本比率が5.2ポイント向上(30.6%→35.8%)するなど、安全性も改善している。

だが、将来の経営は、「ドンキの遺伝子」を受け継いだ従業員ではなく、「創業者の遺伝子」を持つ血縁者に委ねられることになりそうだ。

筆者撮影

取締役登用の理由

8月16日、ドン・キホーテを運営する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下ドンキ)は、同社創業会長 安田隆夫氏の長男「安田裕作氏(22)」を非常勤取締役として選任することを発表した。

ドンキのパンパシHD、安田会長の22歳息子を取締役選任|日本経済新聞

裕作氏は、高校時代はドンキ本社のインターンシップ、入社後はDON DON DONKI(ドンキの海外展開業態)のすし店勤務経験があるという。ドンキに入社したのは今年(2024年)の1月。つまり、裕作氏は、入社「8か月」の新入社員なのだ。

安田会長は「取締役会に若い感性を入れたかった」と言う。これを額面通りに受け取る人はいまい。ネットでは、「22歳は流石にまずい」「ビッグモーター二代目を思い出す」「上場企業がこんな人事を採用するのか」など否定的な意見が目立つ。

この登用はドンキにどのような影響を与えるのだろうか。

成果主義のドン・キホーテ

もっとも懸念されるのが、従業員の士気低下だ。裕作氏が「若いから」では無い。「成果がない(みえない)」からだ。ドンキの評価基準は「成果」のみである。

「年齢、性別、国籍など、本来仕事の成果や能力と関係ないことは一切評価の対象とせず、仕事の成果を公平に評価し、適材適所な人員配置をしています」

価値創造|PPIH Integrated Reort 2019

ドンキの成果主義は徹底している。「仕事はワークではなくゲームとして楽しむ」。これが安田会長の信条だ。仕事をゲーム化するため、社員心得(『源流』)に以下の条件が定められている。

「明確な勝敗(勝ち負けがはっきりしないゲームはゲームではない)」
「大幅な自由裁量権(周りから口を出されるゲームほど、やる気が失せるものはない)」

ゲームは熾烈を極める。ドンキの従業員は、半年ごとに、担当カテゴリーの売上高・粗利益率・在庫回転率で評価される。ゲームに敗れた従業員や社風に馴染めない従業員は次々に辞めていく。一方、ゲームに勝った従業員は、入社後3か月で売場責任者、新卒7年目で事業部トップ、8年目で支社長になるなど重用される。この成果主義が、ドンキの成長を後押ししてきた。

しかし、冒頭で述べた経験以外、裕作氏の「成果」は明らかにされていない。年明けから安田会長のカバン持ちとして24時間行動を共にしていること。安田会長から帝王学を学んでいること。いわば「学歴」だけしか明らかになっていないのだ。

世襲について、ドンキの大原孝治元社長は以下のように述べている。

「幼いときから安田の薫陶を受けている子息がいたとしたら、ドンキで長く働いているのと変わらない。『その人材』が経営陣にふさわしければ、担わせるべきだ」

週刊東洋経済 2019年3/30号(ドンキの正体)

確かに、幼いときから安田会長の薫陶を受けたのであれば「能力」は高いかもしれない。だが、その人物を重用するのであれば、もはや成果主義ではない。「能力主義」だ。実現した成果ではなく、将来の成果、つまり「未実現成果」に期待する人事と言える。

熾烈なゲームを戦い「成果」を出してきた従業員たちは、この人事をどう捉えるか。もし彼らが「世襲」と捉えたら、士気は低下し、ドンキの成果主義は崩壊することだろう。

従業員たちに圧勝できるか

安田会長は、野球の大谷選手を例に「周囲の嫉妬は『圧勝』レベルまで達すればしぼんでいく」と述べている。

「彼(大谷選手)ほどの存在になれば、全世界から憧れの対象にこそなれ、本気で嫉妬心を抱く人などいないはずだ」

運 ドン・キホーテ創業者 最強の遺言 安田隆夫/著 文春新書

「創業者の遺伝子」を持つ裕作氏は、「ドンキの遺伝子」を引き継ぐ従業員に、「圧勝」することができるだろうか。

筆者撮影
ドンキ店前アクアリウム水槽。熱帯魚は安田会長がスキューバで海に潜りとってきたものだという。

【参考】