9月9日号のCancer Cell誌に「The KRAS mutational spectrum and its clinical implications in pancreatic cancer」というタイトルの記事が出ていた。KRAS遺伝子異常はすい臓の腺癌の約95%で見つかっている。大腸がんでも40-50%のがんにおいて異常が見つかっている。
KRAS遺伝子異常の大半は12番目のグリシン、13番目のグリシン、61番目のグルタミンに相当する遺伝子部位で報告されている。一部の研究者は、これらの部位で変異が起こりやすいと説明することがあるが、この解釈は科学的には正しくない。
多少の差はあるものの、遺伝子異常は遺伝子のあらゆる部位で起こっている。しかし、起こった異常が検出できるのは、細胞の増殖(がん化)につながる場合だけだ。したがって、腫瘍化につながる遺伝子異常だけが見つかるのであって、これ以外の部位に遺伝子変化が起こらないのではない。
最近は、一つの細胞のDNAシークエンスが可能になってきたので、細胞増殖に影響を与えない他の変異も検出可能だが、これまでは細胞が異常増殖して、数十万-数億細胞の細胞の塊(腫瘍)ができた場合に見つけることができたのだ。
KRAS遺伝子異常に話を戻すと、頻回に見つかる遺伝子タイプは、
G12変異
G12D: グリシン12がアスパラギン酸に変わる。
G12V:グリシン12がバリンに変わる。
G12S::グリシン12がセリンに変わる。
G12A::グリシン12がアラニンに変わる。
G12R:グリシン12がアルギニンに変わる。
G13変異
G13D:グリシン13がアスパラギン酸に変わる。
Q61変異
Q61R:グルタミン61がアルギニンに変わる。
Q61H:グルタミン61がヒスチジンに変わる。
Q61L:グルタミン61がロイシンに変わる。
などである。
このG12Dという表記はコロナウイルスの遺伝子変異を説明する際によく目にしたが、タンパク質内の一つのアミノ酸が変化するだけでも、タンパク質の性質が大きく変わることがある(全く影響しないことの方が多い)。
KRASの場合上記の変化が正常細胞の腫瘍化につながる。KRAS-G12RはステージIのがんでは約30%の頻度で見つかっているが、ステージII以上では約5%とそれほど高くない。どうもG12Rは細胞増殖に対する影響が、他のKRAS遺伝子異常に比べて小さいようだ。また、G12Rを持つがんは局所再発が多く、遠隔転移は少ないようだ。
KRAS阻害剤も変異のタイプによって効果は違うので、同じアミノ酸に遺伝子異常が起こっても、どのアミノ酸に変わるのかが違うとタンパク質の性質に違いが出てくるようだ。情報が増えてくると、同一の遺伝子であっても、どの場所でどのような変化が起こってくるのかによって、患者さんを層別化する必要性が明らかになってくる。
質のいいデータをできる限り多く収集して、人工知能が解析する。日本が再び輝くには、とにかくビッグデータだ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2024年9月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。