北朝鮮はロシア自治共和国になった?

北朝鮮は一時期、中国共産党政権の一自治共和国のような立場と見られてきた。不足する食糧から日用品まで全て兄貴分の中国から援助され、外貨稼ぎのために国民は北京に海外労働者として派遣されてきた。ところが、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、北朝鮮とのロシアの関係は平壌と中国との関係を凌ぐ緊密な関係になってきた。それを受け、北朝鮮はもはや中国の従属国ではなく、モスクワの自治共和国になった、という声すら聞こえる。

「軍事同盟」を宣言したプーチン大統領と金正恩総書記(クレムリン公式サイトから、平壌で、2024年6月19日)

北朝鮮とロシア両国関係はウクライナ戦争が契機となって急速に深まってきた。それを強烈に印象付けたのはプーチン大統領の訪朝だ。ロシアのプーチン大統領は6月19日、24年ぶりに訪朝し、金正恩朝鮮労働党総書記と10時間に及ぶ集中会談を行い、全23条から成る「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結している。全23条から成る新条約は、2000年にプーチン氏と故金正日総書記の間で締結された「友好善隣協力条約」から、1961年の相互軍事援助を明記した「軍事同盟」色の濃い内容に戻っている。

新条約の主要項目の第3条と第4条で両国関係が軍事同盟であることが明記されている。第3条では「締約国は、地域および国際の平和と安全を確保するために協力する。いずれかの締約国に対する武力侵略行為の直接的な脅威が生じた場合、締約国は、いずれかの締約国の要請により、立場を調整し、脅威の排除に向けた協力のための具体的な措置について合意するため、遅滞なく二国間交渉のチャンネルを活性化する」と記され、第4条では「いずれかの締約国が一国または複数の国から武力侵攻を受け、戦争状態に置かれた場合、他方の締約国は、国際連合憲章第51条および朝鮮民主主義人民共和国およびロシア連邦の法律に従い、遅滞なくあらゆる手段で軍事的およびその他の支援を提供する」と明記されている。

金正恩総書記にとって、軍事大国ロシアとの間の軍事協定ほど心強いものはないだろう。もはや米国や韓国を恐れることはない、という思いが金正恩総書記に湧いてきても不思議ではない。中国との関係では血を分かち合う友邦国関係といわれてきたが、歴史的なこともあって北朝鮮は中国共産党政権への警戒心が解けない。一方、ロシアとは歴史的なしがらみは少ないこともあって、関係強化にはあまり抵抗感がない。それ以上に、ロシアから北が願ってきた軍事関連情報、特に、核関連情報や人工衛星開発のノウハウを手に入る道が開くという希望が出てくるから、平壌指導部はロシアとの関係強化に大喜びだろう。

もちろん、ロシア側は無条件で北側の要望に応じる考えは毛頭ない。ギブ・アンド・テイクだ。ウクライナと戦闘中のモスクワは大量に武器が必要だ。戦闘が2年を超えると、ロシア側の在庫も少なくなる。ロシアは中国やイランから軍事用先端機材やミサイル、無人機などを入手する一方、北朝鮮からは弾薬、大砲を獲得している。人間関係でも国との関係でも、双方の願いが一致すれば、その関係は深化していくものだ。北朝鮮では現在、軍需工場はモスクワへの武器生産でフル回転だ。インスブルック大学のロシア問題専門家、マンゴット教授は「ロシアと北朝鮮間の貿易総額は前年比の9倍に急増している」という。

以下の15日のAFP通信の記事を読んでみてほしい。ウクライナ国防省のブダノフ情報総局長の発言だ。

「ウクライナのブダノフ情報総局長によると、戦場では北朝鮮からの弾薬と大砲がウクライナ軍の最大の脅威となっている。ロシアの同盟国の中でも北朝鮮が最大の問題だ。北朝鮮からロシアへの軍事支援は戦闘の行方に大きな影響を与えている」というのだ。金正恩総書記にとって良き証だろう。わが軍がウクライナ戦争の行方を左右している、といった誇りすら感じているかもしれない。

金正恩総書記は13日、訪朝したロシア安全保障会議書記官のセルゲイ・ショイグ氏(前国防相)と会談し、ロシアとの関係を深化させることを表明している。ちなみに、ロシアとの関係は軍事分野だけではなく、人的交流も広がってきている。北朝鮮の崔善姫外相はサンクトペテルブルクで18日から開催される「ユーラシア女性フォーラム」に出席し、演説するために訪露中だ。崔氏はロシア滞在中、プーチン大統領と面会する可能性もあるという。

なお、朝鮮中央通信(KCNA)が13日報じたところによると、金正恩総書記は核兵器研究所と兵器級核物質の生産基地を訪れ、核兵器の原料を製造するウラン濃縮施設を視察し、核兵器の増産、ウラン濃縮用遠心分離機の増設を指示したという。核関連技術やノウハウはその国の国家安全保障と密接に関係するため他国に提供することは原則的には考えられない。しかし、ウクライナ戦争が更に長期化し、ロシア軍の武器不足が深刻になれば、核関連技術の協力を強く要請する北側の願いを無視できなくなるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。