アメリカ大統領選でのメディアの偏向(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカの大統領選挙戦は民主党のカマラ・ハリス副大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領とが激突する。その間、トランプ氏への暗殺未遂事件が2回も発覚して、緊張が異様なほど高まった。

その激動のなかで両候補の初の討論会が9月10日に開かれた。その結果はハリス候補が優勢だったとする判定が多かったが、討論会を主催したABCテレビの司会者2人が民主党支持を露骨にしてトランプ氏だけに批判的な言辞をぶつけ、ハリス氏の発言のミスは指摘しないという「偏向」が幅広く指摘された。その結果、ABCテレビの視聴率が12%ほど落ちたことも報告された。

この討論会はハリス氏が7月の立候補決定以来、記者会見や討論会に応じないという広範な批判に民主党側が対応する形で9月10日、東部ペンシルベニア州のフィラデルフィア市で現地時間の午後9時(日本時間11日午前10時)から開かれた。主催はアメリカの地上波テレビ3大ネットワークの一つ、ABCだった。

90分にわたるこの討論会は、原則として一つの課題や質問に両候補がそれぞれ2分間ずつ発言する形がとられた。司会はABC のデービッド・ミュア、リンゼイ・デービスという男女両キャスターだった。

この討論ではテーマはまず「アメリカは現在、(バイデン政権登場の)4年前とくらべてよくなったと思うか」という問いかけに始まり、インフレや雇用などの経済状況、全米を揺るがす不法入国大量流入など内政課題が主体となった。

トランプ氏はハリス氏が過去、厳しい国境警備への反対、不法入国者への寛容措置、石油や天然ガスの採掘のフラッキング(水圧破砕)の禁止などを主張していたのに現在は逆転した立場を唱えることを追及した。

ハリス氏は自身の政策逆転を「価値観は変わっていない」とかわし、逆にトランプ氏の4回にわたる起訴や不法入国者への強硬な措置を批判した。また人種差別や女性差別もあるとして、さらに民主主義を否定するとも糾弾した。ハリス氏は全体としてこの討論の準備を重ねた形跡が明白で自分に不利な領域では、上手に話題を変え、すぐにトランプ氏批判に転ずるという対応に終始した。

この討論では討論や演説が苦手とされたハリス氏が予想を上回る善戦を展開したとして、一連の世論調査などでは「ハリス氏の勝利」という評価が60%以上となった。一方、トランプ氏は自分が完全に勝利したと主張する一方、この討論会はABC自体が本来、明白な民主党支持であり、2人の司会者もハリス氏が有利になる方法で討論を進めたとして、「偏向した討論会」と決めつけた。

なお共和党層全体でも従来、民主党支持を明白にしてきたABCの討論会の仕切り方への批判が広がり、「1対1の討論ではなく、3対1の討論だった」とする論評が多くなった。

その背景にはABCテレビの親会社の総合エンターテインメント企業のディズニーがディズニー・ワールドの行事などのあり方をめぐり、リベラル系の志向に走り、保守層からの非難を浴びてきた事実もあった。ABC自体もその政治報道では民主党傾斜を露骨にしてきた。

こうして波乱含みながらも、無事に幕を閉じたこの討論会はその後、単にトランプ陣営に留まらず、司会者の言動への偏向という批判が広まった。たとえば、トランプ氏の発言に対してはミュア氏が途中で4回も「ファクト・チェック(事実点検)」と称して、中断し、「事実と異なるではないか」と問い詰めた。

たとえば、トランプ氏が「オハイオ州の小さな町では集団で収容されたハイチからの不法入国者が地元の住民のペット犬を食べている」と述べたのに対して、司会者のミュア氏は「その町の町長の言明ではそんな事実は報告されていない」と否定した。

一方、ハリス氏も「現時点では全世界のどの戦闘地域にも米軍部隊は駐留していない」と明らかに事実と異なる発言をしたが、司会者側はハリス氏の言葉には一回も留意をつけなかった。それどころかデービス氏はハリス氏への冒頭での「アメリカはいま4年前よりよくなったか」という質問の後、ハリス氏がその問いには答えず、トランプ氏への攻撃に終始することを止めなかった。トランプ氏の発言を途中でさえぎることも目立った。

ハリス氏の米軍駐留についての発言はその後、各メディアで「現時点で米軍は戦闘地域のシリア」に900人、イラクに2,500人が駐留している」という実態が報告され、間違いだったことが立証された。だが討論の場ではそのミスを指摘されなかったわけだ。

こうした「偏向」について司会役のデービス氏はある程度、その実態を認める形で「7月のバイデン氏対トランプ氏の討論会でバイデン氏があまりに劣勢だったためで、今回はその反動でトランプ氏に厳しい結果になったのかもしれない」と語った。

その結果、討論会が終わって10日ほどの段階でテレビ視聴率調査会社のニールセン社の調査によりABCの視聴者が減ったことが報告された。

9月10日の同討論会はABCの「ワールド・ニュース・トゥナイト」(WNT)という毎晩の定期ニュース番組で放映された。この日の視聴者数は1,600万ほどだった。ところが討論会以前と以後の同番組の視聴者は9月上旬が平均760万人だったの対して、討論会後の3日間の平均は670万人へと減ったという。一日単独、約90万の減少で、その比率は12%となる。つまり討論番組での不評が影響しての視聴者の落ち込みとみられるわけだ。

もともとアメリカの主要メディアは大多数が会社幹部も一線の記者も民主党員や民主党支持が圧倒的に多く、その報道も共和党、とくにトランプ氏の扱いは厳しくなることで知られている。日本側のアメリカ大統領選ウォッチでも銘記しておくべき現実だといえよう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。