スイスで議論を呼ぶ「自殺用カプセル」:欧州で広がる安楽死を願う声

アルプスの小国スイスで24日、自殺用カプセル「サルコ」(Sarco)による第1号の死者が出た。スイス公共放送(SRF)のスイス・インフォ(9月24日配信されたニュースレター)によると、「サルコの運用団体ラスト・リゾートは24日、カプセルを使った初の自殺ほう助が行われたと発表した。死亡したのは健康問題を抱える64歳の米国人女性で、23日午後、シャフハウゼン州の森の小屋のそばでカプセルの中に入り、自死した」という。それに対し、「シャフハウゼン州警察は24日、州検察が自殺教唆・ほう助の容疑で数人に対する刑事手続きを開始し、数人が州警察に身柄を拘束されたと発表した」というのだ。サルコは当局が押収し、遺体は検死のためチューリヒ法医学研究所(IRMZ)に運ばれた。ちなみに、「サルコ」は古代ギリシャ語サルコファガスから由来し、「石棺」や「棺」を意味し、「最終的な安息の場」を象徴している。

欧州で広がる安楽死を願う声 Chinnapong/iStock

「サルコ」はオーストラリアの医師で安楽死擁護者のフィリップ・ニチケ氏とオランダ人技師のアレックス・バニンク氏が考案。カプセル内に窒素を大量に放出し、室内を急激に低酸素状態にして中にいる人を死に至らしめる。スイスなど自殺ほう助が合法化されている国では通常、医師の処方する致死量のペントバルビタールナトリウムが使われるが、窒素は安価で購入でき、医師の処方せんも要らない(スイス・インフォ)。

それに対し、スイス連邦政府のエリザベット・ボーム・シュナイダー内相は23日、「このカプセルは2つの点で法的適合性を欠ける」と指摘し、スイス国内では使用できないと明言した。具体的には、①カプセルは、商業・業務目的で市場に出される製品の安全性を規制する製品安全法の要件を満たしておらず、市場に出してはならない、②自殺を目的とした窒素の使用は、化学物質法の意図する目的とは一致しないという。一方、ラスト・リゾートは、カプセルのスイスでの使用が合法であるという姿勢は崩していない。

スイスでこのカプセルが使用されたニュースは24日、スイスの主要メディアでも大きく報道された。スイスでは安楽死に対する受容度が比較的高い。多くの国民は、自らの死を選ぶ権利を重視しており、「サルコ」のような自殺補助の技術も、その一環として認識されているが、「サルコ」の技術的な側面や倫理的問題については、一部の人々や団体から懸念の声も上がっている。特に、使用が簡単すぎる点や、過剰に美化されているという批判が見られる。

ところで、スイスは安楽死を願う人々が集まってくることで知られている。スイスには「エグジット」と呼ばれる自殺ほう助を行う非営利団体が存在する。1982年に創設され、2019末現在で12万8212人の会員(会員登録費年間40~80フラン)が登録されていた。同団体は国内居住者の安楽死のほう助を取り扱うが、国外居住者の安楽死ほう助を支援する団体としては「ディグニタス」が存在する。会員は9822人だ。国別ではドイツ人が多く、日本人も2019年末現在で47人が登録されていた。その他、国外居住者を対象としている団体としては「ライフサークル」や「ペガソス」などがある。

通称「安楽死」には、同意殺人を意味する「積極的な安楽死」(active euthanasia)から「自殺ほう助」、そして「受動的な安楽死」(passive euthanasia)がある。「積極的な安楽死」とは、医師などが患者に対して致死薬を投与するなど、直接的に死をもたらす行為を指す。「受動的な安楽死」は、延命治療を中止するなどして自然な死を迎えさせる行為だ。

なお、延命装置を外すなどの「受動的な安楽死」を認める国は年々増えてきている。ドイツでも2020年2月26日、独連邦憲法裁判所は自死への自己決定権を認め、第3者のほう助を受けた自死も合法とし、自死ほう助を禁止してきた刑法217条を違憲と判断している。オーストリア憲法裁判所(VfGH)は2020年12月11日、「自死を願う人を助ける行為を刑罰犯罪とすることは自己決定権への侵害にあたる」として、2022年1月1日を期して関連条項を削除すると表明したばかりだ。

スイスでは「積極的な安楽死」は法的に禁止され、医師は自殺する日に診断書を提出するが、安楽死の現場には同席しない。医師の自殺ほう助は法的に刑罰を受ける。医師は患者に直接致死量の薬や注射を投入することは認められていない。安楽死を希望する患者は医師が準備した致死薬を自ら体内に取り入れるか、延命装置を外す。自殺のほう助は、①治癒する可能性がない場合、②耐えられない苦痛や障害がある場合、③健全な判断力を有する場合、という3条件を満たす必要がある。

一方、オランダが2002年、世界で初めて「積極的な安楽死」を合法化した。医療従事者が患者の自発的かつ持続的な要請に応じて、一定の条件のもとで安楽死を行うことができる。ベルギーでも安楽死は合法だ。同国では成人だけでなく、特定の条件下で未成年者にも安楽死が認められている。そのほか、「積極的な安楽死」を認めている国としては、ルクセンブルク、カナダ、スペイン、ニュージランド、コロンビアなどだ(「ベルギーで『安楽死』が急増」2018年8月15日参考)。

オーストリア憲法裁判所(VfGH)は2020年12月11日、「自由な自己決定権は生きる権利ばかりか、人間として威厳ある死を迎える権利も包括している。死を願う人は、第3者にその支援を求める自由な自己決定権がある。第3者の助けによる自死を禁止することは個人の自由な自己決定権への特別な集中的介入を意味する。関係者の自由な自己決定権に基づいた自死決定ならば、法によって尊重されなければならない。自由な自己決定権には、第3者の支援を受けて自死する権利も含む」と述べ、安楽死の自己決定権を尊重すべきだと主張した。欧米社会では高齢化が進み、医療技術の発展もあって100歳以上生きる人間が増加してきた。同時に、健康で長寿を全うしたいと人は願うが、不治の病で死を待つ人も増えてきている。「安楽死の自己決定権を尊重すべきか」は益々現実的なテーマとなってきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。