ヴァンスがウォルズを一蹴:米副大統領候補討論会

11月5日の投票日までひと月余りとなった日本時間10月2日、米大統領選の副大統領候補である民主党ティム・ウォルズ現ミネソタ州知事と共和党上院議員J・Dヴァンスによる、おそらくは最初で最後の討論会が行われた。主催は大統領のそれを仕切った『ABC』と同じ左派メディア『CBS』である。

100分ほどの討論会全般から筆者が受けた印象は、終始落ち着いた語り口で、頭の良さが滲むヴァンスに対し、睨むような表情で相手を見るかと思えば、演台に目を落としてせわしなくメモを取り、訴える様な目線でカメラに捲し立てるウォルズの、余りに対照的な様子であった。

保守メディア『Washington Free Beacon』に同誌シニアライターのアンドリュー・スタイルズが「DAD IN HEADLIGHTS:’Knucklehead’ Tim Walz Bumbles Through Primetime Debate with a Smooth J.D. Vance(ヘッドライトに照らされた父親:アホなティム・ウォルズが巧みなヴァンスのせいでプライムタイムの討論会をしくじる)」と題した記事を載せているので、その要点を紹介する。

副大統領候補討論会の様子

緊張した様子のウォルズは、早口でしばしば言葉に詰まった。特に89年6月の天安門事件の際、中国にいたと何度も嘘をついていた件を司会者に問われた際は、戸惑いと純粋な恐怖が入り混じった表情になった。実際はその年の8月までネブラスカの自宅にいたからだ。彼は米国政治史上最も不可解な答えの一つを返した。

私はネブラスカの小さな田舎町で育った。人口400人、街灯がつくまで仲間と自転車で走り回るような町です。私はそこでの奉仕を誇りに思っています。今、私のコミュニティは私が誰であるかを知っています。彼らは私がどこにいたかを見ていました。・・私は最善を尽くそうとしましたが、完璧ではありませんでしたし、時々馬鹿なことをすることもあります。でも、いつもそうでした。

取り止めなく喋り続けるウォルズに司会者のブレナンは「矛盾点を説明する」よう迫った。彼は首尾一貫した返答ができずこう続けて、嘘の上塗りをした。

いいえ、私がこの件について言ったのは、あの夏に中国に行ったと間違った発言をしたということだけです。だから、私はただ、それが私が言ったことです。私は民主化デモの最中に中国の香港にいて、そこに入り込み、そこから統治に何が必要かを多く学びました。

討論はヴァンスの優れたディベートスキルのせいで、一方的な展開となった。オハイオ州スプリングフィールドの件で司会者が介入し、「この町には合法的な身分を持つ移民が多数いる」とヴァンス(とトランプ)の発言に異議を唱えた際も、彼はバイデン・ハリス政権が一部の不法移民に「一時的な保護ステータス」を与えた経緯を説明し、「あなた方は事実確認をしないというルールでしたね」、「だから、何が起こっているのかを言うことが重要だと思います」と切り返した。

司会者はまた移民問題の件で、ヴァンス発言を誤解し、ハリスが個人的に「子供たちを麻薬の運び屋として使っている」と非難したと示唆し、ヴァンスから再度反論された。司会者のブレナンとオドネルは、『ABC』ミューアとデイビスほどではなかったが、ヴァンス発言にのみ事実確認を行い、ヴァンスの反論を招いた。

ヴァンスは、ウォルツと司会者がその事実を無視しようと全力を尽くしたにも拘らずバイデン・ハリス政権に何度も焦点を当て、ハリスが「3年半副大統領を務めてきた」と繰り返した。ウォルズは締め括りに「ハリスは我々に喜びの政治をもたらしている」とし、「バーニー・サンダースやリズ・チェイニーやテイラー・スウィフト」らの幅広い支持者連合を結成したことを称賛した。が、この支持者らが生活に困窮する激戦州の有権者の共感を呼ぶかどうかは不明だ。

スタイルズはウォルツのパフォーマンスに対する各左派メディアの評価も紹介している。『ABC』のジョン・カールはウォルズを「不安定」で「練習不足」とし、『MSNBC』のレイチェル・マドウは「(二人には)余りにも差があって互角とは言い切れない」と述べた。『MSNBC』の寄稿者で元民主党上院議員のクレア・マッカスキルは、「実際、ほとんどの米国人は副大統領が大統領ではないことを根本的に理解していると思う」として、ウォルツの出来の悪さを軽視しようとした。

最後に筆者の評価を蛇足する。その前に事実確認について一言、スタイルズの記事は触れていないが、気候変動問題でヴァンスがCO2との関係を否定したのに対し、司会者は「それは多くの科学者の間の定説です」と捨て台詞の様に述べもしていた。

ウォルズの態度や話振りは冒頭の通りだが、話の内容もまるで「ミネソタ州知事選の演説」だった。すなわち、中絶問題でも、銃規制でも、不法移民でも、凡そ全てにおいてミネソタ州の事例や、もしくは聞く者の同情を誘う1~2の事例を持ち出す。が、人口600万に満たない一介の州の知事と、全米3.3億人を統べる超大国の副大統領とを同日の談とすること自体、連邦No.2としての資質の欠如を物語る。

一方のヴァンスは、スタイルズが書いている様に、いくつかの質問の答えの多くを必ずバイデン政権の副大統領たるカマラ・ハリスの責任に帰結させた。筆者は7月27日の拙稿「スタッフの92%がこの3年間で退職したハリスの人望と政策」で次のように書いた。

スタッフの92%がこの3年間で退職したハリスの人望と政策
秘書やスタッフの離職率の高さは政治家の人望を測るバローメータの一つだ。自民党総裁候補の某幹事長や某デジタル相なども、そのせいか実績の割に人気がない。バイデンがメモやプロンプターで4年近く隠蔽してきた老衰ぶりを先の討論会で露呈し、急遽民主党の...

さて、候補を降りたバイデンが「核のボタン」を委ねられ続ける矛盾はあと半年間だが、それはまたハリス元来の左傾した主張が、バイデンのVPであり続ける彼女の言動に大きな制約をもたらす期間でもある。民主党の「エリート」が急拵えしたバイデン降ろし・ハリス擁立のこうした矛盾を、トランプが突かない訳がない。

つまり、11月5日の投票日にも、ハリスがこの3年半と同様に「バイデンのVPであり続ける」ことこそが彼女の最大の弱点なのである。トランプは、討論会に入念なリハーサルで臨んだハリスに対してその点を突き損なった。が、ヴァンスはウォルズを相手に、見事にそこを突いた。ウォルズは終始返答に窮し、「顧みて他を言う」答えしか出来なかった。

この討論会が両党の支持者に大きな変化をもたらさないことは、マッカスキル氏がウォルズの不出来を「軽視」したことからも想像がつく。重要なのは勝敗の帰趨を握る接戦7州の無党派層からの視点、そして大統領が欠けた際に直ちにその座に就く副大統領としての資質である。少なくとも後者の観点からはヴァンスに軍配が上がるのではなかろうか。