昨年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃から一年がたったところで、幾つかの媒体に中東情勢を分析する論考を執筆させていただいた。
あるいはインタビュー記事を掲載していただいた。
状況は厳しいが、それだけに実は、未来を構想するためにやらなければならない作業は多い。NHK「日曜討論」にも主演させていただいたのだが、そこでは現在のイランとイスラエルの間の緊張関係から議論が始まり、それからガザ危機に話題が展開していった。
やはり現在の中東を見る際のポイントは、この流れの自然さにある、と言えるだろう。『フォーサイト』に書かせていただいた拙稿では、ガザ危機によって引き起こされた構造的な変化を、「二国家解決の行き詰まり」、「アラブの大義としてのパレスチナ問題の認識の行き詰まり」、「自由民主主義の勝利の物語の行き詰まり」として描いた。
「二国家解決」は、イスラエルの苛烈なパレスチナ政策によって行き詰まっているのだが、実はガザと西岸が違う運命を辿っていることにも関連している。
「アラブの大義」は時代遅れになりつつあり、パレスチナ問題はアラブ世界をこえて中東全域の戦火の中心となり、さらには世界的な政治対立の温床になっている。「自由民主主義」の規範的地位を前提にした国際秩序は、ガザ危機で露呈した推進者である欧米諸国の二重基準の態度によって、世界的に、特にイスラム世界で、威信を失っている。
これらの構造的な変化の全てに関わっているのが、実はイランだ。西岸に対する影響力はより限定的かもしれないが、ハマスへの支援を通じて、ガザには影響力を行使できる立場にある。レバノン、イエメン、シリア、イラクなど、イスラエルが軍事行動を展開する場所には、ほぼ間違いなくイランの影響力が及んでいる。
だとすればパレスチナ問題がアラブ諸国の問題にとどまらないことは、必然だ。中東だけを見ても、(非アラブ・非スンナ派の)イランとイスラエルの対抗関係を軸にした構図の中で、パレスチナ問題も展開している。アメリカがイランを徹底して敵視する一方、ロシアはイランと親密な関係を築き上げており、イランを媒介にして中東情勢が世界的な大国間政治に連動していることがわかる。
日本外交は、伝統的にパレスチナ問題をイスラエルとアラブ諸国の対立として捉えてきた。そして安全保障面で依存するアメリカの同盟国としてのイスラエルへの配慮と、原油輸入で依存するアラブ諸国への配慮のバランスを取る形で、進められてきた。しかしこの構図は、ガザ危機以降に顕著になったパレスチナ情勢・中東情勢・世界情勢においては、限界がある。
もっともガザ危機を、イスラエルと「アブラハム合意」派のアラブ諸国の力だけで乗り切ろうとしているバイデン政権のアメリカ外交も、時代遅れの情勢認識に依拠しており、限界を抱えているように見える。
そこで日本としても、イランの存在感の大きさに気づいていながら、それに気づいていないふりをしているところがあるだろう。アメリカに気を遣うあまりである。
しかしイスラエルがイランを木っ端みじんに破壊して、その影響力を極小化する、といった見込みは、非常に現実離れしたものであるように感じる。だとすれば、イランを取り込んだガザ危機の打開、中東和平を構想しなければ、世界的な大国間の緊張関係にまで悪影響が及ぶ。
日本がどんなにアメリカに気を遣わなければならない事情を持っているとしても、アメリカへの気遣いと現実の冷静な分析とは、切り離しておかなければならない。
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