兵庫県告発文書が怪文書である理由:公益通報性、「通報」要件の不存在

これを公益通報の文書と扱ったら世の中がおかしくなる。

兵庫県斎藤元彦知事に関する告発文書の公益通報性

兵庫県斎藤元彦知事に関する告発文書の「公益通報」該当性について、当該文書を了知した時点でのその者による判断としてはどのようなものであるべきか?

これを文書中の記述を具体的に取り上げて評価してみます。

大前提として、公益通報ガイドブックにあるように「通報が「公益通報」に該当するか否か判断できる程度に、またその後の調査や是正等が実施できる程度に具体的な事実を知らせる必要がある」ということを抑えておきましょう。*1巷に流れる情報では、何故かこの点に触れられませんが。

①五百旗頭先生ご逝去に至る経緯:因果関係不明な記述

「①五百旗頭先生ご逝去に至る経緯」について。

この記述は要するに、斎藤知事の力によって機構の副理事長を解任したことが原因で五百旗頭真氏が死去したと主張していることを意味します。そして、これを公益通報だとするのであれば、そのことにつき斎藤知事が法的責任を負い、違法行為を構成するものである、という意味になります。

【ひょうご震災記念21世紀研究機構】は基本財産出捐団体に兵庫県が名を連ねており会長に兵庫県知事が就任している公益財団法人です。

理事の選任及び解任は評議員会の議決によると法令で定められており、会長にあるのではありません。*2この人事権の所在を勝手に変えることは許されません。

当時、片山副知事が評議員に名を連ねていましたが、10名の評議員の内の1人であり、数の上では専制的な影響力があるとは言えません。

したがって、「斎藤知事による解任」と主張するのは一見すると意味不明であり、実質的にそうであると言えるような事情の説明も無いため、文面上は嫌疑自体が存在していないと評価せざるを得ません。*3

そもそも、解任と五百旗頭氏の死去の因果関係が不明なものであり(立証不可能ということが客観的に明らか)、仮にその因果関係があるとして、斎藤氏にその法的責任を負わせるべき理由など何一つ無いということが一般的な事実から明らかです。

この文面では違法行為に関する具体的な内容が無く「通報」そのものが存在せず、「不正の目的」すら認定され得ると言え、公益通報と理解することは不可能な代物です。

なお、「お亡くなりになられた日の前日」と書いてますが、2月29日の誤りです。*4

②知事選に際しての違法行為:日時が最重要なのに記載なし

「②知事選に際しての違法行為」について。

斎藤元彦氏が知人等に投票依頼したことが事前運動に当たる、という主張です。

公職選挙法と地方公務員法が挙げられてますが、両方とも公益通報者保護法上の「通報対象事実」には当たりません。*5

他の法令に違反し得る事情があるという判断ができる記述もありません。

そのため、「公益通報性」がありません。

さらに、「事前運動」と言うのならそれが実施された日時が決定的に重要であるにもかかわらず、この点について何らの記述も無いのは不審極まりありません。

「論功行賞」というのは、事前運動とそれに関与した職員の昇進に対価関係が認められるという主張ですが、この記載だけでは具体性がありません。

③選挙投票依頼行脚:通報対象事実なく他の法令違反行為の不存在

「③選挙投票依頼行脚」について。

挙げられている法律は通報対象事実ではありません。

他の法令に違反し得る事情があるという判断ができる記述もありません。

そのため、「公益通報性」がありません。

④贈答品の山:情報源不明な伝聞情報や公益通報に不要な誹謗中傷

「④贈答品の山」について。

「模様」「されているとか」「噂」という記述は自己が知覚した事実ではなく他者の認識を介しているが、単なる伝聞情報を超えて発信者の所属や発言時の所在が無い。それが事実かはともかく、文書を読んだ側が調査しようがない。

「となると」という記述と併せて、この部分は仮定に仮定を重ねており、違法となるべき具体的事実の記述が無い。

また、唐突に「癒着には呆れる」と出てくるが、具体的な違法行為の事実の記述ではなく、単なる個人的な感想、評価文言であり、「通報」とは言えない。

そして、「出張先での飲食は原則ゴチのタカリ体質」という記述は、公益通報に不必要な情報であり、人格に対する誹謗中傷を構成します。

上掲図では黒塗りされているが、一般職の職員の名前や民間企業の名前も出ており、本文書の流布による風評被害等を懸念して対応を迫られる面も出てくると言える代物です。

他方で、「例1」の記述は、日時や対象行為が他の記述に比すれば具体的に明示されているため、この部分は調査できる可能性はあるのだろうか?

⑤政治資金パーティー関係:公務員職権濫用罪や収賄罪?

副知事は特別職*6であるため、公務員の政治的中立の規制が適用されず、単にパーティー券の購入とその依頼=政治的行為をしただけでは違法でもなく、そもそも「通報対象事実」でもない。

ただし、パーティー券を購入する義務が無いのにその意思に反して購入させたような場合や、パーティー券購入の交換条件で要職のポストを得させる行為があった場合、公務員職権乱用罪や収賄罪の可能性が出てくる。刑法は「通報対象事実」であるため、この事実関係は調査に値するかもしれない。

ただし、「仄めかせて圧力をかけパー券を大量購入させた」日時・場所・方法が不明なため、範囲が広範で調査が困難と言えるかどうか?

⑥優勝パレードの陰で:便宜供与の見返り寄付は横領罪や公費違法支出?

「⑥優勝パレードの陰で」について。

刑法上の横領罪や公費の違法支出に関する何らかの罪に当たるとする指摘と思われます。これは関係者の名前や役職が出ており、聞き込み調査が可能であったり周辺事情を洗うことができる可能性はあるのかもしれない。

ただ、「上司の●●●は何処吹く風のマイペースで知事の機嫌取りに勤しんでいる。」は、当該上司による違法行為の指摘が無いにもかかわらず唐突に名前を出されており、公益通報に不必要な人格に対する誹謗中傷が書かれた記述と言えます。

⑦パワーハラスメント:被害対象が広範囲・容易に手に入る証拠が無い謎

「⑦パワーハラスメント」について。

「執務室、出張先に関係なく、自分の気に入らないことがあれば関係職員を怒鳴りつける」「出迎えた職員・関係者を怒鳴り散らし」という記述は、あたかも知事によるパワーハラスメント行為が非常に頻発している事を伝えているように見えて、その実は時・場所・方法・相手などの記載がなく非常にオープンであり、具体的な違法行為の記述ではなく被害対象者が広範囲であるため絞り込みが困難と思われます。

意図的に調査コストをかけさせようとしているのでは?という疑念さえ浮かぶ。

「~という」語尾も、情報源不明の伝聞情報であることを示す記述であり、その信憑性に疑いを持たざるを得ません。

さらに、「チャットによる夜中、休日など時間おかまいなしの指示が矢のようにやってくる」については、その事実を把握しているならばチャット画面のスクリーンショットが容易に手に入るハズであるにもかかわらず、そのような証拠書類が添付されてないというのはあまりにも不可解です。

意図的に添付していないというならば、それは「通報」をして実態を明らかにする意思に欠けており、この文面だけで公益通報性を否定されても仕方がないでしょう。

その他の告発文書の特徴・性質:匿名どころか接点の無い証拠添付ゼロ書面

既に言及したことも含めて、本件告発文書の性質を整理します。

匿名どころか文書作成者と文書入手先との接点が無い事案であり、にもかかわらず証拠書類の添付が一切無く裏付けとなる第三者の証言の記載も無いため、(伝聞情報も情報源不明なものばかり)文書作成者に聞かなければ調査不可能な事項ばかりです。

そして、文書全体を通して虚偽と思われる内容、具体的な違法行為が書かれていないものにとどまらず、誹謗中傷文言など公益通報とは無関係な記述が存在していると言えます。

小括すると、通報者・文書作成者の特定と事情聴取は必須であり、それが無い中での調査を強いられるならばコストが膨大になり現実的な運用が期待できないのではないでしょうか。

公益通報とそうではない内容が混在する文書の扱い:区分判断する判例の前提

ここで、「公益通報とそうではない内容が混在する文書の扱い」について。

既にこの記事で書いていますが改めて指摘します。

文書を配布したことを理由とする不利益取り扱いをする場面においては、原則は区分して判断するということで良いと思われます。

しかし、ある事案において区分して判断すべき前提があるのかどうか?については、その都度検討が必要だろうと言えます。

元朝日新聞記者の奥山俊宏氏が主張する徳島県が被告となった事案は(高松高判平成28年7月21日 平成27年行(コ)3号 )、以下のような状況でした。

  • 昇任がかかる人事評価の際に、刑事告発をしたこと全体を消極的事情として考慮していた事案
  • 刑事告発は弁護士が代理人として罰条を分けて警察に書類送付していた
  • 告発内容は2つの罪となる事実が書かれており、その内の1つが公益通報に該当すると判断され、もう片方は真実相当性が無いとして公益通報には非該当と判断された(現行法以前は「公益通報」の要件に「真実相当性」が必要だった)
  • ただ、非該当とされた部分を見ると、日時・場所・行為者・行為の概要まで具体的に記述されていたことや、「不正の目的」があるとは認められなかった事案

これに対して、兵庫県の事案は、当該文書を了知した際の文面の公益通報性判断の時点での扱いが問題になる事案であって、フェーズが異なると言えます。

そもそも公益通報部分と非該当部分を区分可能であると言うのであれば、非該当部分に関して内部犯を特定・懲戒処分のための調査をすることは妨げられないはずです。

まとめ:具体的記述を欠き無関係な内容や誹謗中傷を含む文書が公益通報と扱われなかったことの不利益は文書作成者が引き受けるべき

まとめると、当該告発文書の中で匿名性を維持したまま調査によって事実関係が把握できる可能性が十分にあると言えるのは一部のみであり、仮にこの一部を調査するにしてもコストが現実的ではない可能性があると言えます。

公益通報とそれ以外の内容が混在している文書は区分するなら論理的に非該当部分を根拠に作成者の特定・懲戒処分のための調査は妨げられないことになること、全体として一体的に判断する場合、公益通報に仮託して通報からは無関係乃至はかけ離れた記述があることで公益通報性を否定する判断がされることもあり得るが、その結果責任は文書作成者が引き受けるべき場合があるのではないか。

兵庫県の事案の告発文書は、調査によって実態解明可能な程度の具体的な記述に欠けるため「通報」要件を満たしていないか、全体の記述が公益通報にふさわしくないため、「不正の目的でなく」の要件を満たしておらず、公益通報として扱わなくともよい。

したがって、その後の懲戒処分の結果とプロセスが適切だったか否かは措くとして、当該書面の作成者・頒布者を特定して聴取する行為は必要であり、禁止された探索行為とは言えない(公益通報性があるにしても探索禁止の例外に当たる)。

このような怪文書が公益通報として扱われなければならないとして事業者に義務を負わせられる世の中は、おかしくなると思います。

現在進行している公益通報者保護制度検討会でも、大企業の内部通報窓口には公益通報には該当しない通報が多数なされており、従事者の負担が非常に大きいという、濫用的通報の問題提起がなされているように、日本企業の業務効率を阻害する制度運用が為されないようにしなければなりません。

*1:この理解は公益通報者保護法の趣旨からも合理的と言える。

*2:「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」では「公益法人」は「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」の一般社団法人であるから、同法の「一般財団法人」の規定が適用される。176-177条。なお70条は準用除外。
*3:実際には、評議員である副知事を介して知事の意向が反映される余地があったようです。⇒知事記者会見(2024年6月26日(水曜日))

正確に確認しますと、65歳以上というのは県のOBの任用の上限でした。

おそらくと言うことで、少し混同してしまったところは申し訳なかったと思っています。

正確に言いますと組織のスリム化を図っていくために、任期満了と合わせて、副理事長の定員を4名から2名に減員しようとするところで、任期満了を迎えた2人に、副理事長としてはご退任いただいたということです。

ただ、副理事長としてはご退任いただくことになりましたが、引き続き、河田先生には人と防災未来センター長、御厨先生には研究戦略センター長として、業務をしっかりやっていただいています。

そういった点は修正させていただきたいと思います。

*4:五百旗頭理事長逝去に関する告発文書の記述について|SlowNews | スローニュース
*5:法2条、別表、及び別表八号について定める政令より
*6:地方公務員法3条3項1号⇒地方自治法162条

斎藤知事 同知事SNSより(編集部)


編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年10月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。