「森羅万象を司る」の幻想に染まる総選挙公約の錯覚

政府万能論を担ぐ首相ら

衆院選が始まり、世論調査では、早くも自民過半数割れか、自公は過半数維持かなどの予想が報道されています。新聞紙面1ページを埋め尽くす主要政党の選挙公約を読んでみると、政府が何から何まで手をだす、さらに政府ができないことまで背負いこみ、失敗しているようにみえます。

ノーベル経済学賞などは、細かな課題より、大きくなりすぎた政府が経済をゆがめている現状打開の研究、その打開に与えた方がよい。「大きな政府と市場との関係」をもっと研究すべき時期です。

世界の公的債務(国債、借金など)は100超㌦(1.5京円)を超えるそうです。気候変動、国防費、産業政策などで増え、財政が悪化しています。公的債務の膨張は世界的傾向で、中でも日本は群を抜いています。石破首相は10兆円を超える補正予算を検討している。CO2の膨張より、公的債務膨張のほうがはるかに経済、産業を痛める。選挙の度に膨張し、民主主義の土台を脆弱にしている。

政治は政府万能論に染まっています。政府ができることと、できないことがあるのに、できないことまで、公約に「取り込んでいる。有権者も政府がなにもかも要求しています。財政赤字、特に日本の先進国最大の財政赤字が示す「大きな政府」は、政権与党が何もかも取り組もうとしてきた結果です。

メディアの主張も政府万能論です。社説をみると「中期的な視点に立って、少子高齢化、人口減少、不安定化する国際情勢など内外の諸課題にどう対処するか、具体的な処方箋を示してほしい」(朝日)、「内外の課題が山積する中、日本の針路を決める重要な選挙が始まった」(読売)、「安心して暮らせる社会をどう構築するのか、経済政策を描き直して、具体的な道筋を明示するのが政治の役割である」(毎日)。

社説を書いている論説記者が一様に指摘する「内外の諸課題」を政権、政府が解決できると、本気で思っているのでしょうか。せめて評価できるのは日経の主張で、「公約をみると、従来に増して政策を羅列した感が強い。与野党は政策の優先順位と実行力を語れ」です。

私なら、もっと核心をついた言い方で「政府万能論の幻想を捨て、政府ができる政策を取捨選択し、公約を絞るべきだ」と書きます。政府に基本的な役割は、国民の生命、財産の保護、資源配分の調整、所得の再分配、景気の安定などに限定すべきでしょう。そんなことを訴えると、選挙に負ける。ですから有権者も賢くなり、公約に踊らされず、その嘘を見破るようにしたい。

できないことまで、あたかもできるように喧伝するものだから、その結果をみている有権者の失望を買い、投票率は50%台で半分の有権者しか投票所に行かない。10代の投票率は43%(2021年)で、政党ができないことばかかり叫ぶ選挙に関心を持たない。

最高権力者の総理になると、ますます「政府万能論」の錯覚に陥る。安倍.元首相は国会質疑で野党の質問に対し、「私は総理なので、森羅万象の全てを担当している」(2019年2月)と答弁しました。「森羅万象」を司るのは「神」とされる。まるで「神」にでもなったような高揚感を権力者は持ってしまう。

「森羅万象を司る」といったのは、民主党政権の時の菅直人.元首相もそうでした。東日本大震災における政府の対応を巡る質疑の際(2011年)の発言です。田中角栄.元首相も「海岸には海岸法、森には森林法、道路には道路法、田畑には農地法などがあり、森羅万象を司っている」といっていたと、どこかで石破首相が感慨そうに述べています。

「森羅万象と司る」の政治的な意味は、「国土、領土内で起きている様々な現象について情報を集め、把握する」にある。それを「森羅万象を政権、政府の権限、行政で解決する」と、錯覚しているのです。

自民党の選挙公約をみると、「政治制度改革、党改革、物価対策、社会保障、財政運営、外交、安全保障、防災、国土強靭化、地方創生、教育、子育て、教育、文化、成長戦略、脱炭素、デジタル」などそれこそ森羅万象にまたがっています。各省、各行政組織から上がってきた膨大な政策を羅列しているにすぎない。それを歴代首相の多くは「森羅万象を司る」との錯覚に陥ってきたのです。

しかも、その中には、間違った政策も少なくありません。安倍首相のアベノミクス(異次元金融緩和.財政膨張策)です。「物価上昇2%、2年」の目的がいつの間にか財政ファイナンス(国債増大)、円安、株高にすりかわりました。今の日銀は身動きがとれません。金利を上げるに上げられません。

石破首相の公約の一つは「災害庁」の創設です。大震災が起きれば、経済的な損害、復興.復旧費は膨大になる。「災害庁」ができても資金が必要になる。それにもかかわらず、10兆円の補正予算を組むという。平時に財政を健全化しておくことの需要性を忘れてた間違った政策です。

自民党の公約に、少子化対策「こども.子育て」があります。安倍内閣の時、「希望出生率1.8」を掲げました。現在1.2ですか。できそうもないことを政治的スローガンに掲げました。政策をいろいろ掲げても、人口減少は止まらない。公約で「止める」というのは間違った政策になりかねず、「人口減に合わせた地方自治体の整理統合、社会的インフラの集約化」などが政策としては必要です。できそうにないことを約束してはいけない。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2024年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。