第50回の衆議院議員選挙が始まった。
内外ともに重要な政治課題を抱える現在、近未来日本のために何をどうするかというレベルでの論戦を、各党は本気で行なってほしい。そうすれば国民もまた、次世代次々世代の日本がどうなるかを判断して、投票するはずである。
見識、情熱、責任感
「政治を職業とする」ために立候補した候補者は、選挙運動に際しては、個人的信念や特定のイデオロギーへの依存を越えて、さらには所属政党の党議を繰り返すだけでなく、自らの見識、政治への情熱、結果への責任感を、自らの言葉や行動で示し続けてほしい。
なお、この見識、情熱、責任感は、100年前に「職業としての政治」でウェーバーが強調した3点である(ウェーバー、1921=1962:211)。そして末尾の有名な文章、「政治とは、情熱と見識とによって固い板に穴をあけてゆく力強い緩慢な仕事」(同上:226)に、当選後は本気で取り組んでいただければと願う。
Y=C+I
2024年段階で求められる「見識」の筆頭は、
Y=C+I ……(1)
※ Y:国民生産=国民所得 C:消費 I:投資
の理解である。各党の選挙演説でも、「所得の増加」「消費減税」「経済成長」などが盛んに叫ばれている。しかし「国民生産」や「国民所得」それに「投資」までを包括した演説や党議には、なかなか出会わない。
これらは(1)のような関係にあるのだから、包括的に捉えておきたい。たとえば「国民所得」は「国民生産」と等しいのだから、「国民所得」を増やすことだけをいくら論じても説得力に欠ける。企業投資や政府投資をいつまでにどの程度行うか。それによりもたらされる「国民消費」はどうなるのか。これらの関連への目配りがほしい。
A=B+D+V-T
もう一つは現世代と将来世代の関係への配慮であり、コトリコフとバーンズが開発した公式
A=B+D+V-T ……(2)
がある。
※ A:将来世代の負担 B:政府支出の現在価値 D:公的債務 V:潜在的債務 T:現在世代が支払う税収の現在価値となる(コトリコフとバーンズ、2004=2005:83)。
このうち「将来世代の負担」を軽くするには、Bを増やすか減らすか、DとVをいかに減らすか、Tを増やせるのかなどの議論が肝要なので、(2)もまた政治家の心得として考えておきたい。
さらに、T(現在世代が支払う税収の現在価値)においては、T1(若い世代)とT2(高齢世代)間の負担の在り方にも意見の幅があるので、政治家としての一定の判断力が求められる。
「固い板」に穴をあけるのは容易ではない
政党を問わず国政に携わる政治家として生きたいのならば、上記の(1)(2)については現状を学び、その処方箋を自らの言葉でまとめておきたい。
ただそうしても、内憂外患こもごもの日本社会では、内政にも外交にもたくさんの課題があり、加えてそれらが交差しているから、「固い板」は簡単には穴をあけられないことに直面するはずである。
「固い板」の根底にある人口構造
しかし、内政に関して言えば、複雑に絡み合って交差している根元には人口構造がある。
そこでは、毎年の出生数が落ち込み、合計特殊出生率が低下してきて、「年少人口」の漸減が普通になった少子化、および団塊世代の全員が「後期高齢者になる」2025年の後では高齢化率3割超えの時代が到来し、しばらくこの傾向が続くと予想される人口変容が待っている。
「新しい資本主義」との連結
岸田前内閣の時に私も「新しい資本主義」の「その先」論に取り組み、3年がかりで『社会資本主義』(ミネルヴァ書房、2023年)を刊行して、変化しつつある資本主義論に加えて、人口変容とエネルギーミックス問題を論じた。
具体的には、「新しい資本主義」として「生活の質」を支える「社会的共通資本」と災害予防のための治山治水を優先し、国民が持つ「社会関係資本」を豊かにすることで助け合いや相互扶助の文化を育てる。合わせて「こどもまんなか」の政策により、義務教育・高等教育を通じて知識、価値意識、科学への態度などを含む一人一人の「人間文化資本」を育てることを強調した(図1)。
「社会資本主義」は民間経済資本とこれら三大資本を融合させて、全世代の生活安定と未来展望を可能とし、日本の経済社会システムの全領域で「適応能力上昇」を維持して、世代間協力(金子編、2024)と社会移動が可能な開放型社会の創造をめざすとした(金子、2023:368)。
石破内閣の地方創生戦略
さて、10月4日の石破首相「所信表明演説」ではいくつかの論点が出され、衆議院選挙の争点にもなっている。
「演説」では、首相の持論である「地方創生」に関しては、地方を守る主体は政府・自治体だけではなく、「産官学金労言」であると繰り返された。
いうまでもなく、産は産業界、官は政府・自治体、学は大学を始め高等教育機関・義務教育校や研究機関、金は金融機関、労は労働組合、言は言論機関としての新聞社や放送局を含んでいる。いわば、地方創生の「主体」群として措定されたのがこの6つのアソシエーションである。政治家が不在なのは、「官」として一括されたからか。
石破「地方創生」の目標
「所信表明演説」での地方創生論では、
- 上記の6主体が身近な地域社会(コミュニティ)の可能性を最大限に引き出す
- すべての人に安心と安全を保障し、希望と幸せを実感できる社会をめざす
- 地方こそ成長の主役であり、「日本創生」の原点である
- 食料システムの確立、農林水産業の発展、「海業」の全国展開を行う
- 地域づくりは人づくりである
などが網羅されていた。
主体とされた「産官学金労言」の責任は大きい
いずれも10年前からの地方創生としての「まち、ひと、しごと」の定義に包摂される項目である。とりわけ、6主体が明瞭に書き込まれていて、従来の「反対のための反対」や「これから注目したい」といったレベルの言説では、主役の座を維持できないようになっている。
独自の目標を掲げて、その利用できる資源を明記して、わが地方を誰がどうするのかを具体的に示すことが、主体と見なされた「産官学金労言」には求められたのである。
したがって、10年前からそうであるように、「地方創生」は「知恵比べ」の競争なのであり、政府予算からの「地方創生交付金」が1800の自治体にまんべんなく配分されるわけではない。地域間の競争なので、勝敗が必ず発生する。それは学界での「科学研究費」獲得競争と同じ性質をもっている。
これは今回の選挙の争点の一つにもなっているので、各政党による「地方創生」の位置づけと実行可能性にも注目しておきたい。
コミュニティのDLR理論
今回の選挙の1年半前に刊行した『社会資本主義』では、その最終章で「地方創生」を論じた。
ライフワークとしても、マクロな「社会資本主義」において、全国的にみると毎年の出生数が70万人台まで落ち込み、少子化が進む一方で、あと20年は高齢化率が増加しつつ、総人口は毎年80~100万人程度の減少が進むという「人口変容」に対応する戦略として、「地方創生」を位置づけていた(金子、2016)。
このために、地方の事例の単なる紹介を越えて、新しく彫琢したコミュニティのDLR理論に基づいて、「まち、ひと、しごと」のバランスを考慮して、大都市から過疎地域までの各種の「地方創生」の復活を目指そうとした(金子、2023:第11章)。
コミュニティのDLRのモデル
図2は、コミュニティの方向性としてディレクション(D)と住民の力のレベル(L)を接合して、資源(R)としてのリーダーシップと社会資源を新しく加えた理論化の試みである。
社会的な価値がある目標を達成する手段となるものはすべて社会資源とみなすので、ここでは天然資源だけではなく、地理的資源、産業的資源、歴史的資源、人的資源なども文脈に応じて社会資源として使う。
コミュニティのD(ディレクション)
ここにいうコミュニティのD(ディレクション)は、「まちづくりの目標」すなわち生産、物流、販売、消費、観光、教育、医療、介護、福祉などのうち、どれに焦点を絞るかを明らかにすることである。
そして、その目標達成のためには「地域のリーダーシップと住民の意欲」が重要であり、これがL(レベル)になる。
さらに具体的には「どんな資源を媒体として何を生産するか」というしごとが生みだされ、R(リソース)の軸が構成される。
社会的共通資本
図2でいえば、図1のモデルのうちの「社会的共通資本」に直結する。大都市から過疎地域まで「まち」の重点的基盤は、道路、港湾、鉄道、上下水道、電力、ガス、通信、学校、病院など「社会的共通資本」(宇沢、1995:137)の「修繕・更新、集約・複合化」である。
しかしすでに全国的に見ても老朽化が激しく、岸田前内閣が6月21日に発表した『経済財政運営と改革の基本方針 2024』(:49)でも、行政課題として「戦略的な社会資本整備」が取り上げられた(図3)。
「社会的共通資本」の整備が災害予防に直結する
災害予防の意義も大きい治山治水に直結する「社会的共通資本」の整備こそが、新しい経済社会システムとしての「社会資本主義」の根底を支える。
その「修繕・更新、集約・複合化」は、しばしば強調されるDX(デジタル化)やGX(エネルギーのグリーン化)などよりも、大切な国民生活を災害から守り、多方面での経済活動の裾野を広げるであろう。
たとえば、能登半島地震被害や豪雨被害などからの復旧・復興もまた、ここに含めることができる。
社会関係資本
第二の「社会関係資本」とは、パットナム(2000=2006)がこの専門語を使って、個人的つながりの活用が健康づくりやまちづくりそれに民主主義にも有効であることを支持する証拠を揃えたことで、学術概念がもつ政策への実践力を際立たせた。
ハード部門に特化した「まち」の「社会的共通資本」の整備に加えて、「社会関係資本」は「ひと」が織りなす社会参加、そして関係の相互性や信頼などの心理的要素が凝縮されている。だから、個人的な強弱のつながりから構成される社会関係により得られる有益な情報が、多方面の方面に関わる「しごと」への「人脈」を培い、地方創生の原動力にも発火点にもなる。
これは、DLR理論ではL(住民の意欲の高さ)とR(リーダーシップ資源の豊かさ)に該当する。石破首相「所信表明演説」にいわれた主体としての「産官学金労言」もまた、ここに該当する。
人間文化資本
第三の「人間文化資本」は、
- 身体化された文化資本(家庭教育や学校を通して個人に蓄積された知識・教養・価値)
- 客体化された文化資本(書物・絵画・道具・機械などの物質として所有可能な文化財)
- 制度化された文化資本(学校制度などで与えられた学歴・資格)
に分けられる(ブルデュー、1979=2020:7)。
このうち特に重要なのは、1. 育った家庭で「ひと」が身につけた知識・教養・価値である。これもまた、DLR理論ではL(人の知識、技術、知恵、知性)を占めるものである。
興味深いことに「人間文化資本」という用語は使われていなかったが、岸田内閣『経済財政運営と改革の基本方針2024について』でも「はじめの100か月の育ちのビジョン」(:46)と表現され、幼児期の8年4か月の育て方の重要性が強調されている。
この「はじめの100か月の育ち」の重要性は、「社会資本主義」における「地方創生」でも受け継ぎたい。
「新しい地域おこし」の5つの原動力
類似の一般化の試みは、竹本が全国各地で収集してきた193の事例から、「新しい地域おこし」の5つの原動力の要約に認められる(竹本、2016:31)。
- 地域の資源に着目し、地域の課題から発想を広げる。
- 住民が主体であり、行政依存では成果が限定される。
- 事業の成否は人材で決まる。
- 地域の実態を知らないコンサルタント依存では副作用を生み易い。
- 自主財源の確保が事業継続を保証する。
地方創生事例における4者の「主体」
図4は竹本(2016)が集めた193事例を私の基準により「主体」を分類した結果であり、自治体主導が32.1%、コミュニティが30.1%、公益法人が19.2%、ビジネス会社が18.7%になった。
「所信表明演説」での「産官学金労言」とは異なるが、竹本が収集した地方創生事例を点検すると、4者の「主体」の立場に応じて、分配の視点が析出される。
二度目の「地方創生」では汎用性を目指そう
さらに図5によれば、4通りの地方創生「主体」と5つの「事業内容」に絞り込まれる。
原則として地方創生のテーマは何でもいいのだが、図5にまとめられる「農業・漁業」、「産業・商業活動」、「まちづくり・観光」、「環境・エネルギー」、「学校・教育・情報」に限定した試みを当初の3年では優先してはどうだろうか。
いくら予算額が増えても、省庁が「あれもこれも」の事業を行えば、失敗も増えるから、その全体総合的な成果は得にくくなる。むしろ「あれもしくはこれ」というような絞り込みで、当初の3年間は出発したい。
地方創生予算総額1兆2356億円の体系
このようにのべる理由は、令和3年度予算を素材に点検した結果に基づくからである。
すなわちこの年度の「地方創生」予算総額1兆2356億円の体系は、
(1)基本目標
- 稼ぐ地域をつくるとともに、安心して働けるようにする ・・・1,655億円(70事業)
- 地方とのつながりを築き、地方への新しいひとの流れをつくる・・・414億円(41事業)
- 結婚・出産・子育ての希望をかなえる・・・3,714億円(13事業)
- ひとが集う、安心して暮らすことができる魅力的な地域をつくる・・・4,133億円(74事業)
(2)横断的な目標
- 多様な人材の活躍を推進する・・・・・・197億円(19事業)
- 新しい時代の流れを力にする・・・・・・1,244億円(40事業)
(3)政策パッケージ全般
- 地方創生交付金・・・・・・1,000億円
となっていた。
政府各省庁の事業総数は257事業
このうち「基本目標」と「横断的な目標」の6分野において、政府各省庁の事業総数は257事業にものぼった。
その内訳は「稼ぐ地域」が27.2%、「地方とのつながり」が16.0%、「結婚・出産・子育て希望」が5.1%、「人が集う魅力的地域づくり」が28.8%、「多様な人材」7.4%、「新しい時代」15.6%であった。子細に点検すると、「基本目標」に合致しない事業もかなり散見された。
なお、石破「所信表明演説」での「地方創生交付金」の倍増とは、「政策パッケージ全般」の1000億円が2000億円になることを意味するのであろう。
省庁の事業が絞り込めるか
省庁でも自治体でも、たとえば時代が求める「観光」「移住支援・関係人口増加」「EC・地域商社」「企業誘致・起業促進」「地域医療」「地域交通」などを優先することは考えられてよい。
また、倍増された「地方創生交付金」の使用目的としては、図5の5分野に特化することも可能であろう。もちろんどの5分野でも、その根底に金融機関の業務に象徴される「費用対効果」の発想をもち、長期化が可能な事業システムづくりが有効であるとみる。
ネットワークの融合効果の活用
第二は、事業化に際しては規模の集積利益だけではなく、ネットワークの融合効果を活用する。
私が調べたローカルな事例をあげると、北海道下川町では町有林からの木質バイオマスが「お湯」という消費財を作り、それが生産財にも転用されて、多方面にネットワークを拡大させていた。
「五き」としての天気、人気、景気、季節、規則を使いこなす
また伝統的な灘の酒造では、「五き」を活かして、複数の天然資源を結びつけ、人為的ネットワークを加え、その製品を空間的に拡販した(金子、2018:211-236)。
ここでいう「五き」とは、天気、人気、景気、季節、規則を包括する私の造語であるが、いずれも「地方創生」事業や活動を推進する要因にもなるし、阻害する機能を持つこともある(金子、2014:25)。
短期と長期の具体的目標の融合
第三は、短期と長期の具体的目標を融合させ、その利益がリーダーはもとより支援者にも行き渡り、さらに全町、全市、全県、全国に広がるように工夫して、事業の長期的展開を維持したい。
三種類のCIづくり
第四としては、三種類のCIを地方創生では意識しておきたい。元来CI(Corporate Identity)は企業の社風や個性などを表わすが、それをコミュニティに応用してみたのである。
一つは「コミュニティ・アイデンティティ」であり、その地方や地域社会を象徴するシンボルづくりを意味する。
二つ目は「コミュニティ・イノベーション」として、新しいものへの志向を失わないことがあげられる。いわゆる「進取の気風」(enterprising spirit)がこれである。
三つ目は「コミュニティ・インダストリー」であり、その地方や地域社会に根ざした資源を活用して製造して、販売まで念頭に置いた産業活動である。
「政治とカネ」は唯一の判断基準ではない
「五き」と3つのCIへの留意が、主体とされた「産官学金労言」にどこまで共有できるか。その際の政治家の情熱と見識は、次々世代の負担までも視野に収めた2025年からの地方創生でどこまで発揮されるか。
第50回の衆議院選挙では「政治とカネ」が単一の争点と化していて、「所得の増加」「経済成長」「物価の安定」などがこれに加わっている。
少し異なった角度でみれば、国民所得、国民生産、国民消費への総合的な配慮を行って、日本の次世代次々世代のための「地方創生」に本気で取り組む工程表を示す政党や候補者がどれくらいいるのか。選挙演説のその先には新しい「日本創生」が示されているのか。
これらについても立候補者は情熱と見識を示して語ってほしい。
【参照文献】
- Bourdieu,P.,1979,La distinction:critique social de judgement, Éditions de Minuit.(=2020 石井洋二郎訳『ディスタンクシオン1』[普及版] 藤原書店).
- 金子勇,2011,『コミュニティの創造的探求』新曜社.
- 金子勇,2014,『「成熟社会」を解読する-都市化、高齢化、少子化』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2016,『「地方創生と消滅」の社会学』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2018,『社会学の問題解決力』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
- 金子勇編,2024,『世代と人口』ミネルヴァ書房.
- Kotlikoff,L.J.and Burns,S.,2004,The Coming Generational Storm,The MIT Press.(=2005 中川治子訳 『破産する未来』日本経済新聞社).
- 森嶋通夫,1999,『なぜ日本は没落するか』岩波書店.
- Putnam,R,D.,2000,Bowling Alone:The Collapse and Revival of American Community,Simon & Shuster.(=2006,柴内康文訳『孤独なボウリング』柏書房).
- 竹本昌史,2016,『地方創生まちづくり大事典』国書刊行会.
- Weber,M.1921,Politik als Beruf.(=1962、清水幾太郎・清水礼子訳「職業としての政治」『世界思想教養全集18 ウェーバーの思想』河出書房新社:171-227).
- 宇沢弘文,2000,『社会的共通資本』岩波書店.