朝鮮半島のヤコブ(南)とエサウ(北):険悪の一途をたどる南北関係

北朝鮮が15日に軍事境界線の北側にある南北連結道路、韓国とつながる京義線と東海線の一部を爆破した際の写真が韓国聯合ニュースで掲載されていたが、その爆破シーンは韓国と北朝鮮の現在の険悪な関係を象徴的に表示していた。北朝鮮軍総参謀部は9日、韓国につながる道路と鉄道を完全に遮断し、防御用の構造物で要塞化する計画を発表済みだ。北朝鮮は今月上旬に開催された最高人民会議(国会)で憲法を改正し、韓国を「敵対国家」と明記したばかりだ。南北関係はここにきて険悪の一途を辿っている。

「ヤコブとエサウの和解」(ピーター・パウル・ルーベンスによる1624年の絵画)

南北関係に話を進める前に旧約聖書の創世記に記述されているヤコブとエサウの兄弟の話を紹介する。

エサウ(兄)とヤコブ(弟)はイサクの2人の息子だ。エサウはイサクが次男のヤコブに長子権と神の祝福を与えるのを見てヤコブを妬み、殺そうとした。そこでヤコブは母親の助けを受けて、母親方の叔父ラバンのもとに避難する。ヤコブは21年間、ラバンのもとで働いた後、妻と財産をもって帰途に向かう途中、天使と闘い勝利し、神から「イスラエル」という称号を得る。そして遠方に兄エサウの姿を見て、ヤコブは7度地に伏せ、過去の出来事を詫び、全ての財物をエサウに与えた。苦労した弟の姿を見たエサウはヤコブを抱擁し、和解する、という話だ。

韓国と北朝鮮は本来兄弟国だ。金正恩総書記が韓国を「敵対国」と宣言し、核兵器で脅迫したとしてもその民族的繋がりは変わらない。DNAで検査すれば、それは一目瞭然だ。すなわち、朝鮮半島で展開している南北間の闘争、いがみ合いは兄弟喧嘩といえるわけだ。聖書ではカインとアベル、そして上述したエサウとヤコブの兄弟の話が記述されている。換言すれば、神の祝福を得た弟(アベル、ヤコブ)とそれを得られなかった兄(カイン、エサウ)との愛憎物語だ。

金正恩総書記 北朝鮮HPより

話を現代に戻す。最近では、ロシアのプーチン大統領はウクライナの民族的主権を無視し、クレムリン前にキエフ大公の聖ウラジミールの記念碑を建てた。聖ウラジミールはロシアをキリスト教化した人物だ。クレムリンの前に聖ウラジミール像を建立するということは、ウクライナもロシアに属していることを意味する。そして軍事的侵攻を正当化してきた。プーチン氏は自身を聖ウラジミールの転生(生まれ変わり)と信じている。

ロシア正教会の最高指導者モスクワ総主教のキリル1世はウクライナ戦争勃発後、プーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説、ウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と強調、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた。

プーチン氏とキリル1世の独自のナラティブ(物語)に対し、ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系、UOK)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「兄弟戦争(フラトリサイド)だ」と喝破し、注目を呼んだ(「分裂と離脱が続くロシア正教会」2022年5月29日参照)。

カインは弟アベルを殺害した。人類最初の殺人動機は「自分は愛されていない」という絶望からの感情暴発だった。不幸なことだが、同じことが、プーチン氏にもいえるのではないか。欧米諸国から支援を受けるウクライナへの強烈なライバル意識、経済的に繁栄する欧米諸国への憎悪だ。それだけではない。朝鮮半島での韓国と北朝鮮との戦もカインとアベル、エサウとヤコブの兄弟戦争と受け取ることができるのだ。

太陽政策と呼ばれる緊張緩和政策を掲げて南北再統一を進めた故金大中大統領(任期1998年~2003年)は南北関係を兄弟関係と受け取っていた一人だ。「北風」ではなく、「太陽」で北朝鮮国民の凍った心を解かそうと腐心した。しかし、その太陽政策は北側の金正日総書記に利用されただけで終わった。太陽政策を支援していたウィーン大学の北朝鮮問題専門家、ルーディガー・フランク教授は当時、「韓国の太陽政策は徹底していなかったから失敗したのだ。韓国側はもっと北側を支援すべきだった」と指摘していた。韓国側にエサウに全ての財宝を捧げた‘ヤコブの精神’が十分でなかったというわけだ。

ところで、北朝鮮が10月15日に爆破した道路と鉄道は、2001年から2008年にかけて韓国政府から融資された1億3290万ドルをもとに建設されたものだ。金正恩総書記はそれを破壊することで韓国との関係に終止符を打つつもりだったのだろう。南北間の兄弟戦争は危険水域に入ってきた。

北朝鮮はロシアとの間の軍事協定に基づいてロシアへ派兵を決定した。一方、韓国側がキーウ政府から強い要請を受けてウクライナへ武器支援を決めた場合、ウクライナとロシアの戦場で兄弟国の南北は戦いを始めることになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。