凍結ロシア資産を活用したウクライナ支援の合法性の程度と政治的意義

日本政府が、ロシアの凍結資産を活用したG7によるウクライナ支援で、4719億円の融資を実施する。当初、日本政府からの発表はなかったが、海外で公開された文書の内容から判明した。日本は、当初は、この措置に難色を示していたと報道されていた。G7諸国の大勢に同調した形である。

2024年9月 ニューヨークで対面した岸田首相(当時)とゼレンスキー大統領 首相官邸HPより

日本政府をはじめとする当該措置を擁護する論者は、ロシアの資産を活用するため日本を含むG7諸国に財政負担がないので納税者の方々に心配していただく必要はない、凍結資産の利息だけしか使わないし、そもそもロシアが違法行為を行ったのが悪いわけなので措置の妥当性そのものにも問題がない、と説明している。

巷で、新たに巨額のウクライナ支援を融資の形で行うことに意味があるのか、利息部分とはいえロシアの資産を活用するのは窃盗行為なのではないか、といった批判があることを意識した説明だろう。

批判者に対しては、Xの「コミュニティ・ノート」などで、以下のようにされているのを目にする。

「融資なのでウクライナがいずれ返済する、ロシアの資産を使うので支援国側には財政負担はない、G7できちんと話し合った結果で国際法上も問題がない・・・」。

正直、国際法学者が論文を何本書いても結論が確定しないと思っているテーマに、作者の素性が不明な「コミュニティ・ノート」が、一行で「合法です」と断言している様子は、控えめに言って、異様である。

「コミュニティ・ノート」は、もともとは事実関係に関する誤認を指摘するためのファクトチェックの役割を期待されていたはずだが、最近はかなり政治的な立場が明確なものも目立つようになってきている。相当に組織的であるか、イデオロギー的に偏向した「コミュニティ・ノート」が付せられている場合も少なくない。結果として、「コミュニティ・ノート」がファクトチェックの役割を果たしていないどころが、むしろ逆の役割を果たしている場合も見受けられる。

今回の事例については、融資なのでウクライナに返済義務があるのが基本だが、それが果たされていると信じている者がいるようには見えないのが、一つのポイントである。そのような能力があるかを問う前に、そもそもウクライナ政府に、こだわっている様子がない。強烈な態度で支援国を批判し続けて、さらなる無償の武器提供その他の援助の提供を要求し続けているのが、ウクライナ政府である。日本のようなウクライナ支援国は、ウクライナの債務の返済保証国でもある。まして債権国は、いざとなったら借金の返済の肩代わりにロシアの資産を使うと言っている。ウクライナ政府が、債務返済を確約しないのは、当然だろう。

ウクライナが戦後に画期的な復興と経済成長を果たして返済能力を持つようになる未来を、ウクライナ政府も支援国も、排除したいわけではない。だから言わない。しかし可能性が低いことを知らない者はいない。そうでなければ、債権国が債務保証国になるはずがない。

凍結したロシアの資産を用いるので、支援国側の納税者に負担がない、という説明は、もちろん当事者であるロシアは認めていない。G7側が、一方的に主張して実施してしまっていることである。将来、ロシアが返済をG7側にも求めてきたら、それだけでも「将来世代」に負担が生じる。ロシアとの外交関係の恒常的な悪化の確定が、「将来世代」に対する政治的・経済的・文化的負担になることも付記しておかざるをえない。

もちろん国際法上の根拠が確定しているのであれば、ロシアの要求を気にするべきではない、ということになるだろう。しかしもちろん、言うまでもなく、G7諸国の決定なるものには、国際法上の効力を発する意味はない。そもそも、G7諸国は、第三国でありながら実態としては事実上の交戦国に近いウクライナ支援国グループなので、今回の措置も第三者が国際法に則って粛々と行った措置というよりは、ロシアに対する敵対的な行為であることを知りながら、むしろ戦争の一環として行っている措置であるという色彩が強くなっている。いずれにせよG7諸国の合意であるという点に、合法性を担保することができる要素はない。

ウクライナが行った措置であれば、ロシアが行った具体的な行為の違法性を一つ一つ確定させながら、それらに対する対抗措置であるという説明が成り立つだろう。将来的には、G7側が行ったのは、ロシアの違法行為に対するウクライナの対抗措置の代行執行だった、という説明もありうるかもしれない。だがその場合には、ウクライナ政府が、自国内のロシア資産のみならず、他国にあるロシア資産にまで、強制執行としての対抗措置を実施する要請が出せるのか、という疑問は残る。

なお、「国家責任条文草案」には、国家も違法行為によって損害賠償に応じる義務があると規定されている。さらには「被害国以外の国家」が、加害国の責任を追求する資格があることも定めているが、「(a)違反された義務が、その国家を含む国家集団に対して義務を負わせ、且つ、集団の共同利益保護のために創設された場合、又は(b)違反された義務が、国際社会全体に対すて義務を負わせている場合」である(第48条)。これに該当するかどうかは、前例がないので、相当な幅の解釈論の余地がある。

また、仮に該当するとみなした場合であっても、「(a)・・・国際義務違反の停止、及び、再発防止の確証及び保証、及び、(b)・・・違反された義務の被害国又は受益者の利益の賠償義務の履行」しか許容されない。

今回の事例は、厳密に言えば、第48条の手続き的要件を満たしていないと思われる。G7諸国が、あえて積極的に「国家責任条文草案」を参照しようとしないのは、そのためだろう。

したがって国家責任法を参照したとしても、直接被害を受けているわけではない第三国が他国の資産を事実上の強制執行措置として接収することまでできる、と考えるのは、かなり疑問の残るところである。

なお「国家責任法」を表現する「国家責任条文草案」は、正確に言えば条約化されているわけではない。国連総会でその内容の妥当性について総意が表明されたにすぎないテキストである。一定の法的効果を持つとはみなされているのは確かである。しかしその内容は、一般論にとどまっているところが多々ある。

2022年2月24日以降のロシアの「全面侵攻」の「侵略(aggression)」としての違法性については、国連総会決議で141カ国の多数国の賛成票を得ている。国際司法裁判所(ICJ)がジェノサイド条約に基づく訴えに対して、ロシアの軍事行動の停止を求めてる仮処分措置の命令を出したことがある。したがって違法性の疑いは相当に濃いことが、国際社会の権威的な機関によって、示されている。ただし法的措置をとるために十分な根拠となる結論と言える権威的な決定は、まだなされていない。全ては、ウクライナへの支援は、諸国がそれぞれの責任において行う国際法の解釈判断にもとづきつつ、政治的判断で行っていることである。もしロシアが資産凍結の違法性を訴えてきたら、侵略の違法性のところから双方に証明義務がある法廷闘争が起こることになる。

そもそも「一方的制裁」そのものが、国際法上の合法性については、曖昧模糊としているものでしかない。むしろ基本的な一般論を言えば、第三国が、国連安全保障理事会決議などの法的根拠がないまま、他国に侵害を与えることを狙った措置をとることは、違法である。したがって違法性を阻却するための論拠がなければ、現在G7諸国が行っている「制裁」措置は、合法ではない。

違法性阻却の論拠は、国連憲章2条4項武力行使の禁止(侵略の禁止)が、全ての諸国にとって重要な「対世的(erga omnes)」な規範であり、「強行規範(jus cogens)」と呼ばれる普遍的に適用される規範である、という理解に、依拠せざるをえない。このこと自体は、論証を必要とするが、広く認められてはいる点ではある。だがさらに、この「強行規範(jus cogens)」の規範からの逸脱を理由にして、第三国が、自国に直接的な損害を与えているわけではない他国に対する「一方的制裁」を加えることができるかについては、明白には合法だとは証明されているわけではない。具体的な案件で見定めていかなければならない事項だと言える。国際法廷で争われて確定的な結論が出た前例がなく、国際法学者の間でも意見が分かれる。大勢としては、合法性は不明、である。

国際法廷で争われて確定的な結論が出た前例がなく、国際法学者の間でも意見が分かれる。大勢としては、合法性は不明、である。

(篠田英朗「単独的な標的制裁の制度論的検討:国際立憲主義の観点から見た合法性と正当性」、『国際法外交雑誌』121巻4号、2022年、416-445頁。岩月直樹「第三国による対抗措置」『法学セミナー』63(10)、2018年10月号、49-55頁などを参照。)

広範に実施されている「一方的制裁」そのものが、実は合法性は曖昧であるくらいなのである。今回の凍結資産を強制執行のように使用する、という措置は、さらいいっそう合法性が曖昧な領域に突入する問題である。

私見では、最終的には、ロシアの侵略行為の違法性を主張して、ウクライナの自衛権行使の正当性を主張したうえで、今回の凍結資産活用措置が、国連憲章第51条の「集団的自衛権」の行使に該当する措置である、という主張をもって、最終的な合法性の担保にするしかないようにも思われる。G7諸国は、集団的自衛権を行使している戦争当事者である、という点を明確にする、ということである。だがG7諸国は、政治的な事情で、この立場をとることも拒絶している。

この問題は、長期的に争われる問題になっていくだろう。Xにおける「コミュニティ・ノート」やその他集団リプなどを根拠にして、国際秩序を維持していくことは、不可能である。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。