ダブスタを嫌悪した果てに、「シングル・スタンダード」の戦争が始まる

トランプ当確後のTBSより

選挙直後から囁かれたとおり、米国は大統領・上院・下院をすべて共和党が押さえるトリプルレッドが決まった。2016年と異なり、トランプがハリスを総得票数で上回るのもほぼ確実で、実質4冠。非の打ちどころのない一方的な全面勝利である。

過疎地に住む人種偏見の強い白人といった、従来イメージされた「トランプ支持者」だけで、こうした結果が出せないことは明白だ。むしろ今回、共和党候補への白人の支持は微減しており、そこに希望を見出す議論もある。

ノア・スミス「この大統領選から学べること:アイデンティティ政治は機能していない」(2024年11月7日)|経済学101
Source: Google トランプ勝利からえられる教訓その一 まあ,ご存じの通り,ぼくが好むような結果にはならなかった. 前々からあけすけに語っていたように,「トランプはアメリカにとってロクでもない選択肢だ」とぼくは考えているけれど,アメリカ人がこういう選択を下したのは否定しようもない.目下,トランプは,激戦州...

圧勝の鍵を握ったのは、マイノリティの動向だ。たとえば、投票の前から話題になっていた「激戦州のアラブ系票」(ミシガン州ディアボーン)は、ハリスを嫌ってむしろトランプに流れたと、現地の指導者は語っている。

激戦州で相次ぎ敗北のハリス氏、アラブ票失う…ウクライナ支援は争点ならず
【読売新聞】 米大統領選で民主党のハリス副大統領が激戦州で敗れた要因の一つとして、パレスチナ自治区ガザで攻撃を続けるイスラエルへの米国の軍事支援に反発したアラブ系の票を失ったことが挙げられる。ロシアが侵略するウクライナへの支援につい

トランプ次期大統領は選挙戦で何度もミシガン入りし、トランプ氏に懐疑的だったイスラム教指導者らに「私ならガザでの戦争を止めることができる」と呼びかけ、支持を取り付けた。ディアボーンは民主党支持が圧倒的に多かった地域だが、今回の選挙でトランプ氏がハリス氏を6ポイント上回った
(中 略)
カーンさんは「トランプ氏は今回の選挙でアラブ系の重要性を認識したはずだ。かつてのトランプ政権時代のような反イスラム政策はしないはずだ」と語った。

強調は引用者

親イスラエル最強硬派のトランプに期待するなんて、騙されてる、と感じる人は多いだろう。しかし、他のマイノリティ(特にヒスパニック)に関しても、今回はトランプが得票を伸ばしたとする分析が多い。

2024年米大統領選挙感想戦:マイノリティのトランプ支持への転向について |ショーンKY
2024年アメリカ大統領選では、トランプが選挙人・総得票数の両方で上回って勝利するとともに、議会選でも上院で共和党が過半数を奪還、下院でも伸長と、共和党が完全勝利する結果となった。 前回の大統領選では感想戦を書いたが、今回もそのリソースを使ってまた感想戦を書きたいと思う。今回もタイトルは全く同じでマイノリティの話であ...

これが意味するところは、米国に限らず世界にとって、とても大きい。ざっくり言うと、偽善で言い寄られるよりは、明白な悪の方がマシだと考える人が増え、「ダブスタな政治の終わり」が始まっているのだと思う。

「多様な人種や文化を尊重します☆」とか言ってる人に、自分のアイデンティティだけを切り捨てられるのは、耐えがたい。だったらむしろ、「オレ様の考えがすべてだ!」な暴君に踏みにじられるほうが、まだ楽だ。――という気持ちがわからない人は、端的に社会経験が足りない。

ダブスタ自体は、ダブル・スタンダード(二重基準)を略した日本のネットスラングだけど、米国でもハリスの敗戦責任を追及して「弱者に優しくと言いつつ、助けるのは『お仲間の少数派』だけで、いちばん貧しい人を見棄てたじゃないか!」といった声は、かなり強い。

「労働者階級を見捨てた民主党」 サンダース氏が批判、党内に波紋 | 毎日新聞
 米連邦議会で民主党会派に所属するバーニー・サンダース上院議員(無所属)が、大統領選で敗れた民主党について「労働者階級の人々を見捨てた」などと厳しく批判し、波紋を呼んでいる。サンダース氏は民主党左派やリベラル層などの若者に根強い人気がある。党全国委員会は「でたらめだ」と反論したが、党内の混乱は続きそ

これはもう、ごもっともと言うほかはない。なので例のごとく、来月の月刊誌あたりから、同じ論調をコピペして「正しい発言」をした気になるセンモンカが、この国でもわんさか出るだろう。

はっきり言っておこう。そんなことに今さら気づくのは遅いし、なによりその見方は浅い。

人間は、そもそも「ダブスタを生きる動物」なのだ。その自覚抜きに「ダブスタが悪かった」なんて言っても、それ自体が口先だけの、新たなダブスタになる。

なぜヒトはダブスタを生きるかというと、「身体と言語」の双方に跨って、矛盾を抱えながら暮らしているからである。そのことを、最初のトランプ当選についての分析も含む、『知性は死なない』(2018年)で前に書いた。

稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』與那覇潤 | 文春文庫
稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで 気鋭の歴史学者を三十代半ばに重度のうつ病が襲う。回復の中、能力主義を超える社会のあり方を模索する。魂の闘病記にして同時代史。

たとえばホームレスがあなたの家をノックして、「あんたら一家は贅沢しすぎだ。食事を一品ずつ抜けば、そのぶん俺が一食たべられる。そうしないのは偽善だ!」と言ったとする。理屈としては通っている。では、言語で説得されたあなたはふむふむと納得して、彼に奢ってあげるだろうか。

もちろん99.9%の人はそうせずに、警察を呼ぶ。いくら社会的な平等が大事でも、身体的な近接感が作り出す共同性(この場合は家庭)の内外で、ケアの多寡を使い分けるのは、誰もがやっていることだからだ。

この意味では言語と身体のダブスタを、私たちは日々に生きている。逆にいうと言語か身体か、片方の「シングル・スタンダード」に統一しようとしたくなったら、それは日常が壊れてヤバい世界に陥ることの徴候だ。

”The personal is the political” (個人的なことは政治的なこと)とは、ふだんは身体でのみ体験する自明な日常について、いちど言語を経由して考えなおそう、とする標語だった。その初心を忘れ、言語の論理で身体を圧殺するのが「政治的に正しい」と思い込むと、グロテスクなことになる。

女性に広がる「4B運動」 トランプ氏勝利に失望、男性と接触拒否―米:時事ドットコム
【ワシントン時事】米大統領選で共和党のトランプ前大統領が返り咲きを決めたことを受け、一部の女性の間で男性との接触を一切拒絶する「4B運動」が、SNS上で広がっている。「男らしさ」を前面に出すトランプ氏が、女性初の大統領を目指した民主党のハリス副大統領を下したことに失望した女性らが運動に参加。米社会の男女間の分断を改めて...

TikTok(ティックトック)には大統領選後、4B運動に賛同し男性との接触拒否を誓う動画が次々と投稿された。「米国人女性としての役割を果たすため、共和党支持の恋人と別れた」と主張する女性の動画が約900万回閲覧され、「男性はいつも女性の邪魔をする」と泣きながら訴える女性の動画も人気を集めている。

「4B」の語源はリンク先を参照

狂っている(爆)。てか、恋人とも「意見の違い」を話しあえない人が、どうやって社会の分断を埋めるんだろう。米国人は民主主義ではないの?

これが良識的な感覚です
(トランプ当確後のTBSより)

トランプがポリコレを粉砕したぞ! と舞い上がる人をちょくちょく目にするが、ポリコレとは要は「言語で身体を制圧する」試みだった。そうしたシングル・スタンダードへの志向が、「オレ様の身体感覚だけが絶対だ!(言語とかイラネ)」とする180度逆のシングル・スタンダードに、今回カウンターパンチを食らって吹き飛んだ。

世界の各地で見られる原理主義の高まりも、「近代と伝統」「輸入と土着」のダブスタを、シングル化する運動として捉えればよくわかる。欧米に留学したりして、彼らに合わせましょうと唱えるインテリ人士が迫害に遭い、その地域に固有の論理を体現する、専制的な支配者が台頭してゆく。

だから就任後にトランプがプーチンと握手したとしても、それはトランプがアメリカにとっての「遅れてきたプーチン」だからであって、逆ではない。米国の潮流が世界に影響を広げるのではなくて、むしろ彼らこそが世界を追いかけている。アメリカは後進国だったのだ。

「極端主義」の時代: 文学が政治学よりも役に立つとき|Yonaha Jun
前回の記事の補足と、別の出演情報の紹介。先月に続き『創価新報』の10月号で、創価学会青年部長の西方光雄さんと対談しています。今回の(特に前半の)テーマは、いま世界的に見られる「中道政治の衰退」。 穏健な二大政党制の母国イギリスで政権交代したら、過激派が路上で移民排斥を唱えて暴動になり、知性ある民主主義の国フランスで...

これから始まるというか、すでに始まっているのは、地域や集団により異なる「複数のシングル・スタンダード」の衝突であり、戦争だろう。

そうした深みに立つ議論だけが、未来の世界地図を照らしてゆく。国外の報道がネットでも即時に日本語で流通し、海外事情を「知る」だけなら専門家など必要としない現在、ものを書く人の仕事は「考える」ことの他にない。

なぜ「ウクライナは降伏すべき」と主張する日本人が出てくるのか
<侵略戦争は常に、世界を見る上での自らの「遠近法」を疑おうとしない国が起こす。そして冷戦以降のアメリカが証明したように、その行動は失敗する運命にある> 『トワイライト・ストラグル』という、1945~8...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。