ドイツのベルリンで17日、1000人以上のロシアの亡命者たちがウクライナ戦争とロシアのプーチン大統領の圧政に抗議するデモ集会を開いた。同デモはロシアの著名な反体制派活動家で今年2月16日、刑務所で獄死したアレクセイ・ナワリヌイ氏の妻ユリア夫人らが呼びかけたもので、今年8月に行われたロシアと米国間の囚人交換で釈放されたロシア系英国人の反政府活動家ウラジーミル・カラ=ムルザ氏やイリヤ・ヤシン氏も参加した。
彼らは「戦争反対」「プーチン打倒」と口々に叫んだ。彼らの狙いは、分裂した亡命ロシア人、反政府勢力に新たな刺激を与え、ウクライナ戦争とロシア国内の政治弾圧に反対し、プーチン大統領の犯罪行為に反対する全ての人を団結させることだという。要求には、ウクライナからのロシア軍の即時撤退、プーチン大統領の弾劾、戦争犯罪人としての起訴などが含まれている。ベルリンには欧州最大規模のロシア亡命コミュニティが存在する。
気温も下がり、寒いベルリン市内で懸命にロシア国内の人権蹂躙や国内の反体制派への連帯を訴える亡命ロシア人たちの抗議デモを、ベルリン市民たちはどのように受け取っただろうか。海外に亡命したロシア人はロシアから送られる刺客を恐れる一方、亡命先で自由を享受することもできない孤独な立場の人々が多い。著名な反体制派活動は例外かもしれないが、多くのロシア人は亡命の際に持参した資金もいつまでも続かないから、安全な仕事を探さなければならなくなる。同時に、ロシア軍のウクライナ侵攻以後、ロシア人と分かると批判的な言動にぶつかる機会が増えた。通称、ルッソフォビア(ロシア嫌悪感)だ(「日本人はやはりロシア人が嫌いだ」2015年8月13日参考)。
ワシントンDCに拠点を置くシンクタンク、ピュー研究所(Pew Research Center)がロシアとプーチン大統領への好感度と信頼度に対する調査を実施したことがある。ピュー研究所は2015年5月24日~27日、40カ国、4万5435人を対象にロシアとプーチン大統領への好感度、信頼度調査を実施した。ロシアに対して最悪のイメージを持っている国はポーランドとヨルダンの両国で80%だ。そしてイスラエルの74%。その次に日本が73%と続いている。ドイツとフランス両国は共に70%で第5位だ。参考までに、ロシアに対する好感度が最も良い国はベトナムで75%でトップ、そしてガーナ56%、中国51%と続く。ただし、このデーターはロシアのクリミア半島併合直後だ。ロシアのウクライナ侵攻以来、そのロシア嫌悪感は一層強まっていると考えるべきだろう。
本題に入る。海外に住む亡命ロシア人と国内に留まって反体制派活動するロシア人の間では同じ反プーチン運動でもその影響力は異なる。ナワリヌイ氏はその違いをよく知っていた。同氏は2020年8月、突然体調を崩した。毒を盛られた疑いがあったため、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けた。同氏は2021年1月17日、治療が終わると、ドイツのベルリンからモスクワ郊外の空港に帰国した。同氏にはユリア夫人と子供たちと共にドイツに亡命するチャンスがあったが、同氏はモスクワに帰国し、その直後、逮捕された。反プーチン運動を成功させるためには国内にいなければならないからだ。彼には他の選択肢がなかったのだ。
同じことがカラ=ムルザ氏にもいえる。同氏はナワリヌイ氏の死後、同胞たちを激励し、「アレクセイが言っていたように、諦めてはならない。私たちが憂鬱と絶望に屈するなら、それはクレムリンが望んでいることだ」と語り、ナワリヌイ氏の死後、ロシアの民主化運動を継続していく意向を表明した人物だ(「ロシアの『報道の自由』は消滅した」2023年4月20日参考)
カラ=ムルザ氏はCNNとのインタビューで、「わが国の軍が隣国を侵略し、戦争を行っている。ロシアは殺人者の政権だ」と厳しく批判したため、逮捕された。そして2023年4月の非公開裁判で、「ロシア軍に関する誤った情報を広め、望ましくない組織と関係を持っている」として懲役25年の有罪判決を受けた。カラ=ムルザ氏はプーチン大統領の最も厳しい批評家の1人と考えられている。彼は過去2度、2015年と17年に毒殺未遂により神経疾患の多発性神経障害を患っている。
カラ=ムルザ氏の妻、エフゲニヤさんはオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「彼も亡くなったナワリヌイ氏と同様、モスクワに戻れば生命の危険があることを知っていたが、ロシアに帰国した」と証している。同夫人はまた、BBCの取材に対し、「私は彼の信じられないほどの誠実さを愛するとともに憎んでいる。彼は(戦争反対を訴えて)街頭に出て逮捕された人たちと一緒にいなければ心が安まなかったのだ」と述べている。
ナワリヌイ氏はモスクワに戻り、最終的には獄死した。カラ=ムルザ氏は西側に留まらず、モスクワに留まり逮捕されたが、今年8月、米露間の外交交渉で釈放された。著名な2人のロシア反体制派活動家の運命は異なったわけだ。
夫を失ったナワリヌイ夫人は夫の遺志を継続して海外で反プーチン運動を行っている。国内の反体制派活動家と同様、亡命ロシア人も孤独な戦いを強いられている。
なお、インスブルック大学のロシア問題専門家、マンゴット教授は、「ナワリヌイ氏がどのように亡くなったとしても、それはロシア国家による残虐な犯罪であることに変わりはない。プーチン大統領がナワリヌイ氏やその他の反体制派の人物を容赦なく迫害し、虐待するのは、偏執的な恐怖のせいだ」と説明している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。