私がLUUPの電動キックボードに当て逃げされた1カ月前のできごとを話題にすると、ある男性が「LUUPの社員って、いまに刺されたりするんじゃないですか」と物騒なことを言い出した。乾いた笑みを浮かべ、「世の中の矛盾がバッテリーで走り回っている」とも言った。
幸いにも私は、ノートパソコンを入れたカバンと二の腕をぐいっと押しやられるくらいの衝突だったので怪我はなかった。だが男性はもっと派手にぶつけられて、声をかけたのに逃げられたのだという。
「運転しているチャラい連中には腹が立ちますが、LUUPという会社にはもっと──」
おおっぴらに公開する文章では書けない過激な言葉を連ねて怒りをあらわにした男性は、社会が築いてきた安全や秩序にLUUPがフリーライドしているとする見方は甘いと言った。
「タダ乗り? 違いますよ。僕らはLUUPに現在進行形で搾取されてます」
安全や秩序は行政や警察だけで維持されてきたのではなく、むしろ市民が望んで作り上げてきたものだ。善意や常識だけでは安全や秩序は手に入らないので、お金を払ったり投資して作り上げ、維持してきた。このコストをLUUPは搾取して、利益を上げているというのだ。
これで思い出したのが、荒れていた時代の渋谷センター街だ。
センター街の商店主たちがパトロールをして安全性を維持すると、街を訪れる人が増えた。この来訪者を目当てにルールを無視したり違法な商売をする連中が街を荒らした。商店主たちは自分たちの商売と街と来訪者を守るためパトロール活動を熱心に行った。だが安全性が保たれ来訪者の数が維持されたり増えれば、また悪質な商売が入り込んでくる。この悪質な店は、健全な商店主たちの労力や投資を搾取して利益を得ていたのだ。
私は当て逃げされただけでなく、自動車の運転中に何度もLUUPユーザーのめちゃくちゃな走行ぶりを目にした。いや、その度に危険を回避してきたと言ったほうが適切だ。
あのときのユーザーたちが生きて電動キックボードを返却できたのは、私だけでなく他の運転者が交通規則を守ったうえで、かなり神経を使って彼らと接触しないように運転していたからにほかならない。
そもそも交通戦争と呼ばれるほど不注意と無法運転が多かった半世紀前の日本では、電動キックボードの路上運転など成り立たなかったはずだ。なにせ1970年の交通事故死者数は1万6,765人で、現在の5倍だった。
ではLUUPは何をしたか。法改正されていらなくなったからと電動キックボードからバックミラーを取り外した。安全対策ではオリジナルヘルメットをたった100名にプレゼントしてお茶を濁した。折れ曲がったり紙ゴミのようにくしゃくしゃになったナンバープレートを放置した。最近では電動キックボード置き場が、消火栓や水道メーターなど安全のための設備やインフラ維持に欠かせない場所に設置されて迷惑を振りまいている。
前出の男性は当て逃げされたとき腰を痛めてしまった。逃げ去る電動キックボードの折れ曲がった小さいナンバープレートを読み取れるはずもなく、警察がやって来る頃には通りすがりの目撃者はどこかへ行ってしまい、「男と女の二人乗りに当て逃げされた」としか証言できなかった。
LUUPは運転者のデータとGPSの位置情報を持っているにもかかわらず、警察で対処しろの一点張りだ。衝突されたときユーザーを力づくで取り押さえておかないと、たいていはこうなる。
「電動キックボードが無免許で、ノーヘルで、公道を走れるなんて、おかしな決定でした。こうなったのも、薄汚いロビー活動のせいですよ」
民意で電動キックボードについての法改正が行われたのではない。これまで民意で道路交通法が規制緩和へ動いたことがあっただろうか。原動機付自転車いわゆるスクーターやカブは、年々規則が厳しくなるいっぽうだった。電動アシスト自転車もそうだ。新たな規則は、安全や社会秩序のためだったはずだ。
LUUPへの困惑や怒りは、目新しいものへの過剰反応だという声があった。かつて携帯電話やビデオゲームが普及するとき発生したモラル・パニックと同類と言いたいのだろう。
モラル・パニックとは「社会の秩序に脅威をもたらすとみなされた特定のグループや、グループを構成する人々に向けられる、多数の人々により表出される激しい感情」のことだ。
携帯電話の普及期には、電車のなかで電話をかける声が耳障りというだけでなく電磁波の悪影響があるとか、若年層にとって犯罪や売春の温床になっていると猛烈に批判された。ビデオゲームがブームになると、根拠のないゲーム脳という概念が生み出されて情操や知能の劣化だけでなく、ここでも犯罪などの原因になると騒がれた。
LUUPへの批判にモラル・パニックの要素が皆無とは言えないだろうが、紹介した男性の例や他のさまざまなトラブル、交通法規を無視したユーザーの運転、消火栓と水道メーターの例、問題の解決を放り投げたLUUP、警察から天下りを受け入れる同社、面倒を避けるかのような警察と、目新しいものへの拒絶反応を超えた社会問題が発生している。保守的な道徳観でLUUPが嫌われているのではなく、実害に悲鳴が上がったのだ。
LUUPの社員がいまに刺されるのではないかと言った男性は、暴力的であったり、日頃から不平不満を口にするような人物ではない。どの街にも、職場にも、趣味の仲間の中にもいそうな人物から、搾取と不平等への怒りがほとばしった。ついにここまで来たのだ。
「世の中を支えるコストを僕たちから搾取して、食べるご飯はおいしいですか」
こんな嫌味を言いながらも、自分はルールを守り、安全や秩序のためのコストを支払い続けるほかないと男性は言った。
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最後に、LUUPにとって有利な規制緩和を行ったMaaS議連(モビリティと交通の新時代を創る議員の会)のメンバーを列記しておく。
発起人リストより(順不同)
逢沢一郎、赤澤亮正、阿達雅志、甘利明、石井正弘、石崎徹、岩井茂樹、石原伸晃、今枝宗一郎、上野宏史、勝俣孝明、神山佐市、城内実、桜田義孝、佐々木紀、菅原一秀、田中和徳、高橋克法、武井俊輔、津島淳、西村明宏、額賀福志郎、平沢勝栄、藤丸敏、細田博之、三ツ矢憲生、宮路拓馬、盛山正仁、八木哲也、山際大志郎、山口泰明、山田美樹、山本有二。
このほかLUUPの経営陣、ロビー活動を行った人物など、誰が何をしたか、いま何をしているかはっきりさせなければならない。
編集部より:この記事は加藤文宏氏のnote 2024年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は加藤文宏氏のnoteをご覧ください。