厚生年金に加入させてもらえるようになったらトクなの?と思ったときに読む話

総選挙で「減税による現役世代の手取り増」を掲げる国民民主党が躍進したことで、負担に関する議論が白熱していますね。

そんな中、厚労省が矢継ぎ早に様々な社会保障改革プランを打ち出してきています。

「106万円の壁」撤廃へ パートらの厚生年金加入―社保審部会:時事ドットコム
社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の年金部会は15日、サラリーマンに扶養されるパートら短時間労働者を対象にした厚生年金の加入要件の見直しを議論した。自民、公明両党と国民民主党の3党で「年収の壁」を巡る協議が本格化する中、保険料負担が生じる「年収106万円の壁」を撤廃する方向でおおむね一致した。
高額療養費制度の上限額引き上げ検討 最大5万400円、来年夏めど:朝日新聞デジタル
 医療費の患者負担に月ごとの限度額を設けた「高額療養費制度」について、厚生労働省は、負担の上限を引き上げる検討に入った。2025年夏に上限を引き上げたうえ、26年夏に所得に応じた区分を細分化する2段階…
国民年金の給付水準、3割底上げ 財源は厚生年金保険料 - 日本経済新聞
厚生労働省は国民年金(基礎年金)の給付水準を底上げする方針だ。会社員が入る厚生年金保険料の一部を国民年金の給付に充てるのが柱。中長期的に必要な資金には安定財源を充てる方針も打ち出す。将来の国民年金の水準は現行制度より3割高まる見通しとなる。近く厚労省の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の年金部会に案を示す。2025年の...
パートの社会保険料を会社が肩代わり 年収の壁対策、厚労省案 - 日本経済新聞
厚生労働省は、働く時間が増えると社会保険料が発生して手取りが減る「年収の壁」の対策として、労働者側の負担を会社が肩代わりする仕組みを整備する方針だ。各企業の労使合意が前提となる。15日に開いた社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会で「106万円の壁」を撤廃する考え方とあわせて示した。負担の急増を抑えて働き控えの発生...

ほんとどうしちゃったんですかね? 特に最後の「パートの社会保険料、会社が肩代わり」なんてヤケクソになってるようにしかみえませんが(苦笑)

まあそれはともかく、やはり一番インパクト大なのは「106万円の壁撤廃」でしょう。週20時間以上働くすべての労働者が厚生年金保険料の天引きが義務付けられることになるためです。

厚生年金の大拡大でこれから何が起こるのか。そして、それが意味するものとは何なのか。いい機会なのでまとめておきましょう。

事業主負担というカラクリ

既に筆者を含めたいろいろな識者が指摘しているように、社会保険料の事業主負担(会社の負担)なるものは幻想で実際にはすべて労働者本人の負担です。

なので本当に厚生年金の対象者が拡大されれば、週20時間以上働くすべての労働者に、新たに18.3%の負担が生まれることになります。

厚生年金の対象拡大は誰のために行われるのか(城繁幸) - エキスパート - Yahoo!ニュース
先日、厚生労働省が厚生年金の加入要件の大幅な引き下げ方針を決定したとの一報が流れました。具体的には従業員数51人以上、年収106万円以上という条件を撤廃するもので、来年度中の法案成立を目指すそうです。

とはいえ実際の負担の現れ方は様々で、だいたい以下のパターンになると思われます。

・全然賃上げがされない会社が増える

筆者が常々言っているように、会社は社会保険料などすべてのコスト込みで人件費を考えています。

大雑把に言うと、普通の正社員なら会社と本人負担分の社会保険料を人件費から払い、残ったお金を本人に支給するイメージです。

だからぶっちゃけ本人負担だろうが会社負担だろうがどっちでもよくて、上記の「パートの社会保険料、会社が肩代わり」という案も、人件費からさっぴかれる分のラベルが“会社負担”となるだけのこと。しょせんは本人負担でしかないということですね。

というわけでパートやアルバイトの人が厚生年金に加入させられると、本人負担分の約10%が天引きされるのは当然ですが、会社負担分はどうするのかという話になります。

会社負担分も人件費から出すという原則からすれば「会社負担分だけ賃下げするから」と言って賃下げするしかないですが、さすがにそれはハードルが高いでしょう。

というわけで一時的に会社の負担は増加することになります。

でも今はインフレなのでさほど心配はいりません。ほっておいても人件費のパイが増えていく企業が大半でしょう。その中で賃上げを抑制しつつ、会社負担分を吸収していくことになると思います。

結果、物価はどんどん上がっていくのに、なぜか全然賃上げされない職場が続出するでしょう。

・ブラック化する職場が増える

会社が一時的にでも負担してくれればまだマシですが、そんな余裕のない会社はどうするか。

たぶんブラック化するでしょう。これまで5人で回していた職場を3人でまわさせる。サビ残や経費の自腹化を通じたコストカット等で、会社負担の増加を吸収するわけですね。

「こんな職場で働けるか!」といって転職すると、今度は最初から「社会保険料の会社負担分を転嫁済みの賃金の求人」がずらりと並んでお出迎えしてくれます。

なので正社員同様、逃げ場のない社会保険料地獄が始まることになるでしょう。

ところで、上記のトレンド、どこかで見覚えがあるぞという人は少なくないはず。

何年経っても微々たる賃上げしかされない職場。社会の幅広い業種に拡大するブラック企業。

そう、それはまさに失われた30年、就職氷河期世代が世に出たころの時代そのものですね。

実はあの時代も、消費税は長く据え置かれる一方で、厚生年金をはじめとする社会保険料はほぼ一貫して増加し続けた時代なんですね。

つまり企業が賃金を抑制することで一生懸命に社保の負担増を吸収していたわけです。あれと同じことがこれから起こるのかもしれません。

もちろん社会全体が就職氷河期みたいになるなんてことはないです。新たに厚生年金に加入させられるのは全体の一部ですから。

でも対象となる家計は、氷河期よりもっときつくなるんじゃないでしょうか。デフレの当時と違い、インフレの現在、企業は賃金すえおくだけで簡単に本人に転嫁出来ちゃいますからね。

さて、国民民主党は今回の選挙で“賃金デフレ”なるものを克服することを政策のコアに掲げていました。金融緩和一辺倒だったアベノミクスよりも、賃金を正面に据えてきた点は評価できます。

でも上述のように、安易な社会保険料の労使への押し付けがその原因の一つであるわけで、まさか同党は本件には賛成ではないですよね?

賛成の立場だったとしたら、実は手取りを増やすなんてポーズでやってるだけと言われても仕方がない気がしますね。

以降、

・連合が適用拡大を支持するワケ
・実際の職場で起きること、そして生き残るのは

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Q:「ジョブ型では職種間の異動は原則行われないのでしょうか?」
→A:「原則行われません」

Q:「ヒートアップしている兵庫県知事選、どちらを支持しますか?」
→A:「筆者は中立ですが、あえて言うのであれば……」

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編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’sLabo」2024年11月21日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。