日本製鉄によるUSスチールの買収はどうやら不成功になりそうな雲行きとなりました。もともと交渉は熾烈な駆け引きだったようですが、11月の大統領選の結果が出るまではいったん待ち、その後、次の大統領が1月に就任するまでに結論を出す、こんなシナリオで動いていました。
次期大統領のトランプ氏はずっと変わらないスタンスで日鉄による買収は反対でした。バイデン氏も当初は明白な反対姿勢を示していたものの途中からやや中立的立場に変わり、対米外国投資委員会の審査の内容をみて、という感じに変わったと思います。審査はまだ続いており、クリスマス前に結論を出す予定でしたが、バイデン大統領が突然「反対表明」をしてしまいました。現職大統領の判断が優先されるため、この買収が成立する確率はほぼなくなったとみています。
本件については過去、何度かこのブログでお届けしていましたが、アメリカ政府がUSスチールの買収に反対するのはアメリカの魂を外国に売るようなものだから、というセンチメンタルな理由が支配していると思います。比較しやすいケースとしてセブンイレブンのカナダ会社による買収提案は日本のブラッドを売るのか、という話と同じです。私はセブンイレブンにはそういう思いはないですが、例えばこれがソニー、ホンダ、トヨタならどうなのか、ということでしょう。
これは会社の規模や経営状態というよりストーリーなのだと思います。アメリカ人にとって歴史の教科書に出てくる、あるいは誰でも名前を知っている、アメリカの繁栄を支えた、といった美談において経営的数字だけではない心に刻んだものがあり、大統領をはじめ、国民を説得できなかったということでしょう。
私にとってはもちろん残念です。ですが、思えばバブルの頃、三菱地所がロックフェラーグループを買収した時も大変な騒動でした。あの頃はマネーがすべての時代でしたから買収は成功裏に終わったものの世論は大ジャパンバッシングとなり、、挙句の果てにアメリカ現地法人は大赤字で買収後6年目に倒産、14棟のうち、12棟を売却する羽目になりました。
私が勤めていたゼネコンで所有していたNYのプラザホテルはトランプ氏に売却したのですが、それが正解だったと思います。あのホテルは華やかなるアメリカの歴史であり、プラザ合意という名で知れた会場でもあります。そこを日本のたかが準ゼネコンが所有するなどおこがましいのです。同様にドイツ、ハンブルグのフィヤーヤーレスツァイテンホテルとかポルトガルの古城とか、金の力に任せて買っていたのは今思えば驕りそのものであり、他国に土足で踏み入れたようなものだったという気持ちは持っています。
アメリカは魂は売らないということなのでしょう。USスチールが魂だったか私はわかりません。が、少なくとも両大統領が「生」を吹き込んだという表現は出来るでしょう。問題は残されたUSスチールの経営陣と従業員です。自立再建が難しければライバル会社を含めた第三者による資本注入が必ず出てくると思います。テスラが手を出すとは思わないですが、EVの素材産業という意味で面白い切り口ではあるのです。
一方、日経電子版のトップは日本生命がアメリカのレゾリューションライフという生命保険会社を1.2兆円で買収すると報じられています。日本の生保、損保業界はアメリカでの買収を進めており、日本資本の生保、損保会社が着実に増えています。しかし、あまりアメリカ政府として強く関与しようとしていないその差は戦略的産業か、思い入れの問題としか思えないのです。
アメリカは隣国のカナダやメキシコにも多額の関税を付保して自国経済を守ろうと企てています。トランプ氏はそのやり方が正しいと思っていて周りをイエスマンで囲み、強面で「カナダはアメリカの州」と平気で言い放つのです。
今回の日鉄のUSスチールの買収については日本政府は表には出てきませんでした。実際はどうだったのかわかりませんが、日本政府が一民間企業の買収の肩を持つわけにはいかなかったことはあるでしょう。岸田氏とバイデン氏がその件で話をした可能性はあるもののオフレコであり、我々の耳に入ってくることはありません。そして、首相が石破氏に変わったことでバイデン氏にこの気持ちをつなぐ糸が切れたことも影響しなかったとは言えません。もしも岸田氏が首相をしていたらという「たられば」すら考えたくなります。
買収の失敗はよくあります。近年の大型買収は一筋縄に行かず、各国の独占禁止法の審査を受けなくてはならず、その条件次第では買収後、一部を売却したり、他のブラッドを入れるなど施しをすることもしばしば起きます。日鉄としては850億円のペナルティまで払わされるわけでとんだ散財になりますが、挑戦の姿勢は称えたいと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年12月11日の記事より転載させていただきました。