シリアのアサド政権が崩壊した。半世紀以上、シリア国民はアサド父子2代の独裁政治を甘んじなければならなかったが、反体制派のイスラム過激組織「シャーム解放機構」(HTS、旧ヌスラ戦線)が12日余りの武装蜂起後、アサド政権は崩壊し、アサド大統領は家族と共にモスクワに逃避した。54年間続いた暗黒の時代は終わった。ポスト・アサドについてHTSを中心に様々な武装勢力がシリアの未来について協議を始めている。HTSの指導者ジャラウニ氏によると、2017年に反体制派が設立した「シリア救国政府」を再構築してシリアの統一を実現したい意向という。
ところで、シリアのアサド政権は倒れた翌日、オーストリアのネハンマー首相は「現在進行中のシリア人の難民申請は即、停止すること、難民の家族引き寄せも中断し、既に認可された難民申請を再検討するようにとカルナー内相に指示した」という。それを受け、同内相は「シリアへの秩序ある送還および退去プログラムを準備するように担当関係者に指示した」と説明。具体的には、第一審での約7300件の未処理案件の審査停止だ。ちなみに、難民許可は最初の3年間は一時的なもので、再審査を経て無期限の滞在許可に切り替わる。
オーストリアには現在、約9万5000人のシリア人が居住している。2015年から2024年11月までの期間に、8万6905人のシリア人が亡命認可を受け、1万7421人が補完的保護に基づく認可を受けた。2024年11月30日時点で、第一審と第二審合わせて1万2886件のシリア人による案件が未処理であり、そのうち1146件が家族呼び寄せに該当する。第一審は連邦移民庁(BFA)が担当しているが、これらの手続きが停止される。第二審は連邦行政裁判所(BVwG)が担当する。
ネハンマー首相は「数千人のシリア人にとって、安全な祖国と帰国の可能性が現実に近づいている。亡命は一時的な保護であり、帰国の促進こそ重要だ」と述べた。ネハンマー首相のシリア難民の審査中断、帰国希望者は即シリアに戻れるようにするという発言が報じられると、難民救済を行っているNGO関係者から少々驚きの声が聞かれた。アサド政権崩壊後1日しか経過していないのだ。HTSが如何なるイスラム組織か、その指導者,元アルカイダ―のジャウラニ氏は民主的なシリアを建設する考えか、シリア国内の他の武装組織との関係はどうか、等々が依然明らかではない。その不透明なシリアに難民を送還させて大丈夫だろうか、という素朴な疑問が出てくる。しかし、極右政党「自由党」のキックル党首は「全てのシリア難民を帰還させる時だ」と政府を発破かけている。
オーストリアだけではない。隣国ドイツでもシリア難民問題で議論が湧いている。野党第一党の「キルスト教民主同盟」(CDU)のシュパーン下院議員は「シリア難民は帰国を願っている人が多い。自主的に帰国しようとする難民にはスタート基金として1000ユーロを支援すればいい」と述べていた。一方、与党社会民主党のフェーザー内相は「シリア難民の送還問題を急いで決めるべきではない」と慎重な態度を表明している。独連邦政府はシリア難民にどのように対処すべきか未決定だ。連邦内務省によるシリアへの強制送還は計画されていない。ドイツ連邦移民・難民庁(BAMF)は9日、シリア人からの4万7000件以上の未申請の難民申請を処理する作業を一時停止する」と正式に発表している。
なお、ドイツの国際法専門家たちは現在進行中のシリア人の亡命手続きを一時停止するよう勧告している。同時に、「数十万人のシリア人の迅速な帰還や国外追放は、物流上、行政上、そして法的に難しい」と説明している。
ちなみに、イタリアとイギリス両国もシリア人の亡命手続きを一時停止した。イタリアでは、メローニ首相の政権が他の欧州諸国の例に倣う形で決定を発表。イギリス内務省の広報官は「現在の状況を評価している間、シリア人の亡命申請に関する決定を停止する」と述べている。
一方、欧州委員会は、シリア難民の迅速かつ問題のない帰還が可能だという期待に対し警告を発している。「安全かつ尊厳のある帰還の条件が現在の評価では整っていない」とブリュッセルのスポークスマンは語っている。
ドイツのテレビニュースを観ていると、多数のシリア人が9日、ベルリンでアサド政権崩壊を喜んで踊ったりしている姿が放映されていた。若いシリア人の男性は「もちろん、直ぐ帰国する。シリアは自分の故郷だから当然だ」と述べていた。若いシリア女性は「嬉しい。この時が来ることを待っていた」という。テレビで映し出されたシリア人からは、「国内情勢が不明だからもうしばらく状況を見守る」といった声は聞かれなかった。ダマスカスの刑務所から政治囚人が解放されているシーンが放映された。刑務所前には息子や父親と再会するために多くの女性たちが待っていた。解放された父親を見つけた女性は大喜びで飛びついていた。
いずれにしても、難民救済活動関係者の「アサド政権の崩壊後、どのようなシリアになるか分からない段階で難民を帰国させることは余りにも早急だ。シリアの状況がはっきりするまで待つべきだ」という主張が最も現実的だ。10年以上続いた内戦の復旧作業と国民の結束は、宗派間の対立を乗り越えない限り、困難を極めるだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。