ロシア軍のウクライナ戦争が続き、中東ではイスラエル軍とハマス、ヒズボラとの間で今なお戦火は止まず、そしてシリアではアサド独裁政権が崩壊し、反体制派勢力のシリア統治が始まろうとしている。そのような激動の中で南カフカスのジョージア国民(グルジア)の民主化への戦いが大きな山場を迎えようとしている。
ジョージアで14日、親ロシア派の与党「ジョージアの夢」が多数を占める議会で極右の元サッカー選手ミヘイル・カベラシビリ氏(53)が新大統領に選出された。カベラシビリ氏は唯一の候補者だった。同国では大統領は国民直接投票によって選出されず、150人の国会議員と地方代表で構成された選挙委員会によって選出される。外電によると、カベラシビリ氏は224票を獲得し、無効票は1票だった。新大統領は12月29日に就任し、任期は5年間。野党は同選挙を無効としてボイコットした。ちなみに、ジョージアでは2017年の憲法改正で大統領の権限は縮小され、対外交渉や戒厳令の発令などの権限はない名誉職の立場だ。
同国では10月末に行われた議会選挙の不正疑惑問題が大きな影を落とし、野党は投票結果を認めず、国会の活動に参加していない。議会選挙以来、首都トビリシの議会前では反政府・親欧州派のデモが定期的に行われている。現職のサロメ・ズラビシビリ大統領は新大統領の選出を「茶番劇」と呼んでいる。2018年の大統領選挙では「ジョージアの夢」の支持を受けたズラビシビリ氏だが、与党の方針に反対し、野党の支持を得ている。野党はズラビシビリ氏を正当な国家元首として認めると表明。ズラビシビリ氏は新議会を憲法違反とみなしてその正当性を憲法裁判所に訴えている。
西側外交筋によると、新大統領に選ばれたカベラシビリ氏は反西側で親ロシア路線を擁護する政治家と受け取られている。同氏は欧州連合(EU)や野党から批判を受けた「外国代理人に関する法案」の共同提案者だ。同法案はロシアの類似法をモデルとしたもので、野党や市民社会を厳しく取り締まる狙いがあるという。
親欧州派で政府批判を繰り返してきたズラビシビリ氏が退任に追い込まれることで、与党「ジョージアの夢」の重要な対抗勢力が失われる一方、議会の多数を握る「ジョージアの夢」は10月末の議会選挙で不正疑惑に揺れる中、与党寄りの大統領を選出することで権力をさらに固めたわけだ。
親EU派の野党や国民を怒らしたのは10月末の議会選挙の不正容疑だけではない。親ロシア派の与党「ジョージアの夢」のイラクリ・コバヒセ首相が11月28日、EUの加盟問題を2028年まで今後4年間、延期することを決定したことだ。政府の決定に抗議して親欧州派の野党、国民がデモ集会を開いてきた。それに対し、当局は治安部隊を動員し、放水などで議会周辺に集まった国民を強制的に鎮圧している。野党は、政府がジョージアをEUから引き裂き、かつてのソ連の一部であった同国を再びロシアに併合しようとしていると批判している。
ジョージアは2003年の「バラ革命」以降、西側諸国との関係強化を目指し、EUとの協力を進めてきた。EU加盟はジョージアの憲法にも明記されている国家目標であり、長期的な政策課題とされている。1999年にEUとパートナーシップと協力協定を締結。同国はEUとの「欧州近隣政策」(ENP)に参加。そして2014年にはEUジョージア連合協定を結んでいる。協定には包括的貿易協定が含まれ、同国はEU単一市場へのアクセスを得た。2017年にはビザ免除協定が結ばれた。ロシアのウクライナ侵攻を受け、ジョージアは2022年6月、EU加盟申請を行った。ブリュッセルはジョージアの加盟申請に対して、加盟候補国の地位を付与することを保留した。理由は司法の独立、報道の自由などで民主主義の後退が見られることだ。例えば、政府が2023年に提出した「外国代理人法案」は、ロシア型の法律に類似しており、人権団体や市民社会の活動を制限する可能性があると批判を受けた。同法案は国際的な圧力を受けて撤回されたが、EUはこの動きを加盟交渉の進展を妨げる要因としている。また、ウクライナ戦争を巡るロシアへの融和的な政策が批判されている。ちなみに、人口約370万人の小国ジョージアでは、世論調査によると、国民の80%がEU加盟を支持している。
一方、ジョージアとロシア間には歴史的、政治的、経済的なつながりが深い。両国間はアブハジアと南オセチアという領土問題を抱えている。ロシアは2008年、それら地域の独立を承認し、事実上、占領している。エネルギー供給では現在はアゼルバイジャンからの供給に切り替えているが、ロシアの影響は依然大きい。ロシアに出稼ぎに行くジョージア国民の送金は同国にとって貴重な収入源であり、ワイン、農産物などの輸出先としてロシアとの経済的結びつきは強い。ウクライナ戦争勃発後、ジョージアに移住するロシア人が増えている(「西側指向のジョージア国民の『苦悩』」2024年12月1日参考)。
ちなみに、欧州議会は先月28日、ジョージア議会選挙の結果を「重大な不正があった」として無効と表明し、1年以内に再選挙を求める決議(非拘束決議)を採択した。なお、EUは抗議デモの弾圧を受け、「警察による残忍で違法な暴力が行われている」とジョージア政府を非難している。EU外相会議は16日、ブリュッセルで「制裁を含む措置」を検討する予定だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。