「マクデブルクの惨劇」の犯罪メカニズム

ドイツ東部のザクセン=アンハルト州の州都マクデブルク市(人口約24万人)で20日夜(現地時間)、市の中心部で開かれていたクリスマス市場に一台の車が突っ込み、多くの訪問客がひかれ、少なくとも5人(一人の子供を含む)が死去、200人以上が負傷した。21日夜、クリスマス市場から近い教会で追悼ミサが挙行された。ミサにはシュタインマイヤー大統領、ショルツ首相、同州首相らも参加した。教会には入れなかった市民のために、教会前に大ビデオスクリーンが設置された。

マクデブルクの惨劇を追悼する人々(2024年12月21日、オーストリア国営放送オンラインのスクリーンショットから)

20日夜はクリスマスを間近に控えた週末、多くの市民たちが家族連れで市場を訪問していた。そこにBMWに乗ったタレブ・Aは市場内を猛スピードで暴走した。市場はパニック状況となった。Aは車を400メートル走行させた後、警察官に現場で取り押さえられた。警察当局によると、犯行は単独と見られている。車の中に銃器や爆発物は見つからなかった。

以下、暴走犯人の犯行動機をこれまで判明した情報をもとに再構築してみた。男はタレブ・A、サウジアラビア出身の50歳の医者(精神科/心理療法の専門医)で、2006年からドイツに居住している。独週刊誌「シュピーゲル」の情報によると、Aは2006年3月に研修のためドイツに来て、同年7月に難民として認定されている。男は長年活動家として、主にサウジの女性たちに国外脱出方法をアドバイスしたり、ドイツの亡命制度に関する情報を掲載したウェブサイトを運営していた。男はプラットフォームX上で自分がイスラム教の反対者であり、ドイツの極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持者であることを明らかにしている。

男は自身をイスラム教の厳格な批判者だと自称している。サウジ当局の人権問題、特に女性への弾圧を告発し、ドイツ当局に「サウジ当局に厳格に対応すべきだ」と何度も要請している活動家だ。興味深い点は、男は今回の行動を「イスラム教に融和的なドイツへの制裁だ」と述べていることだ。男がサウジを含むイスラム教国に激しい憎悪を持っているのならば、クリスマス市場で車を暴走して家族連れの人々をひき殺すのではなく、イスラム寺院とか関連の宗教施設を襲撃すれば、論理が通っていたが、男はイスラム教に融和的な対応するドイツへの刑罰としてクリスマス市場を襲撃したのだ。反イスラム教とクリスマス市場の惨劇との間に繋がりが不明なのだ。

英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は21日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューに応じ、マクデブルクの暴走殺害事件について、「男はイスラム憎悪を表明している人間だ。そしてドイツがイスラム教に対して融和的であることを懸念している。男はドイツがイスラム化することを恐れているというのだ。この人物評からは通常のイスラム過激派のテロ事件とは明らかに異なる。男の犯行動機が更に判明しないと事件の性格を解明できない」と述べている。

事件発生後2日が経過したが、ドイツのメディアは事件を「マクデブルクのテロ事件」とは呼んでいない。単なる「精神異常者の犯行」か、何らかの政治的意図を含んだ「襲撃事件」かもしれない、といった状況で揺れている。ちなみに、ドイツ大衆紙ビルドはニュース源を匿名にして、「男は麻薬などの薬を摂取していた」と報じている(Aは精神科医だから、麻薬類へのアクセスがある)。

ちなみに、マクデブルクの暴走殺害事件と安倍晋三元首相暗殺事件の間に酷似点があることに気が付く。Aは50歳でサウジ出身の政治難民で医者、犯行道具は車、一方、山上徹也は犯行時41歳。犯行道具は手製の銃といった違いはあるが、確かに犯行構図が似ているのだ。

山上容疑者は母親の高額献金が契機となって「旧統一教会」(世界平和統一家庭連合)を嫌悪し、その教会に「融和的な安倍氏」を暗殺する。旧統一教会(関係者)ではなく、外部の人間をターゲットにしているのだ。マクデブルクの男は「イスラム教」を嫌悪し、それに対してイスラム教関連人物や施設ではなく、「融和的なドイツ」に対して事件を起こしているのだ。その結果、安倍氏暗殺事件は旧統一教会へのバッシングへと向かう。一方、マクデブルクの場合、ドイツ国民に「イスラム怖し」といった思いを与えることに成功しているのだ。「医者となってドイツ社会に統合した難民ですらあのような犯罪を犯すのだ」といった失望感だ。いずれにしても、両者とも第一ターゲットを襲撃せず、外部の人間を攻撃することで、最終的には最初の目的を達成しているのだ。

捜査が進み、Aの犯行動機がより判明し、山上容疑者の公判が始まり、事件の全容が一層明らかになることを期待したい。はっきりとしている点は、両事件が従来の犯罪構図(第一のターゲットを襲撃する)ではなく、インターネットの情報時代に生まれてきた新しいタイプの犯罪メカニズム(AはBを憎んでいる。CはBと仲がいい。AはCを殺すことで、Bを窮地に追い込む)を有している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。