経済に奇跡を起こしたミレイ大統領
昨年12月に大統領に就任したアルゼンチンのハビエル・ミレイ氏が経済に奇跡を巻き起こしている。ミレイ大統領の魅力は、マクリ元大統領が、あるテレビ対談で「ミレイは嘘を言ったことがない」と語ったことだ。そして多くの市民からの期待が今も高い理由は、彼の支持者のひとりが発言しているように「ミレイは選挙戦中に公約したことはこれまですべて実行している」ということだった。
ところが、彼は大統領になる前までは「気が変な奴だ」と呼ばれていた。それは、彼が13歳の時から髪の毛を整えるのに櫛を使ったことがない。父親から冷遇されて15年間クリスマスはいつも一人で過ごした。その時の唯一の相棒はコナンという名前の犬だけだった。
コナンが死ぬと、そのクローンの犬を5匹米国で誕生させた。5匹の犬の名前はオーストリア学派とシカゴ学派の経済学者の名前を付けている。ミルトン(フリードマン)、ロバート(ルーカス)など。そして、それぞれの犬から経済や社会問題などについて啓示を受けていると彼は口にしている。
経済学者のミレイ氏が時々テレビなどに出演して的を射る指摘をするにつれて、彼の存在が注目されるようになった。そして、上記に述べたような人生を送り、4本の足を持った子供を5匹育てているといったことが世間で「変わった奴だ」と次第に知られるようになった。
その彼が、3年前に国の通貨を米ドルにし、アルゼンチンを再び世界のトップレベルの国に戻すと言い始めたので、メディアでも風変わりな奴が夢のようなことを言っていると嘲笑されたが、彼の名前が次第に知られるようになった。
ミレイ氏は3年前に下院に立候補し当選した。僅か3年しか議員生活の経験がないのに、アルゼンチンの大統領に成れるという啓示を飼っている犬から受けたと言って、大統領選に臨むことを表明したのである。これが彼が大統領になる前までのストーリーである。
アルゼンチンを世界のリーダー国にさせると公約
大統領選挙では、高騰インフレの社会しか知らない多くの若者が「1世紀前はアルゼンチンは世界でトップレベルの国であったのだ、それを復活させよう」と望んで、彼を支持。また元大統領のマクリ氏も彼が擁立した候補者が破れ、その集まった票をミレイ氏の決戦投票に回させた。そのお陰でミレイ氏が勝利した。
昨年12月、ミレイ氏が大統領に就任した。そこで彼は奇跡を起こした。まだ1年も満たないのに、アルゼンチンの長年の慢性病であった高騰インフレから脱却させたのである。この業績が如何に偉業であるかを以下に説明したい。
アルゼンチンは戦後から慢性的にインフレを抱えて来た国だ。1944年から高いインフレを記録して来た。インフレ率が2桁の年は44回、3桁が15回。それに加え、1989年は3080%を記録し、1990年は2314%という4桁のインフレも記録している。
なぜこのように高いインフレが続くのかというと、政府の歳出が歳入を常に大きく上回っているからである。そして財政の赤字分を紙幣を新たに刷って市場にばらまくことを繰り替えして来たからである。このやり方は正にインフレを招く典型的な例だとして経済のテキストになっている。それをアルゼンチン政府は長年繰り返して来たのである。
歳出が多いというのは、社会主義国にある政府が色々な分野に補助金を支給するからである。電気代、水道代、教育費、公共運送機関、ありとあらゆる部門に補助金が支給されている。
それがインフレを招くものだとして、市場経済をベースに戻そうとした中道右派のマクリ元大統領はこの補助金制度を廃止した。その結果、例えば電気代や水道代は300%の値上がりをするといった事態を招いてインフレがさらに高騰した。
多くの市民は補助金制度をありがたく思っていたが、その補助金の資金源は政府が毎年新たに刷った紙幣から賄っていることを知ってはいるが、それに呼応して来たのである。因みに、アルベルト・フェルナンデス前大統領の時に刷っていた紙幣のボリュームは毎年のGDPの20%程度であった。その紙幣のボリュームの多さから、アルゼンチンの造幣局だけでは間に合わないということでスペインの造幣局でもアルゼンチン紙幣を印刷していた時期もあった。
しかも、アルゼンチンは経済規模に比較して輸出ボリュームが極端に少ない。その理由は規制が多すぎるからである。
輸出が少ないから外貨の外国への流出を防ぐために色々な規制を設けた。また輸出するのに税金まで払わされるのである。そして輸入する場合が支払いの為の外貨を輸入業者が手に入れるのに管轄機関に賄賂を渡さないと容易に外貨が手に入らないという不都合が生じている。更に、輸出が少ない理由に、インフレが高いので輸出向けの商品を国内市場に回させて供給過剰を起こさせて市場価格を下げようという手段も政府が取っていた時もある。
高騰インフレ下では毎日のように価格が値上がりした
この影響を脆に受けて来たのが市民である。インフレの影響で毎日のように価格が代わるのである。スーパーの商品棚に記載されている価格と、レジで支払う際の価格に差が生じるということも良くあった。商品が値上がりしたからである。
要するに、価格の変化が余りにも頻繁なので、スーパーマーケットのように商品数が多い小売業者では毎日商品棚にある価格を書き直す時間がないということなのである。
価格の値上がりが激しいので、消費者の間では一番良い投資は、今日買えるものは今日買っておくということだ。そうでないと、明日には同じものが値上がりしているかもしれないからである。
キルチネール派の16年間の社会主義政権がミレイ氏の荒療治の必要性を求めた
特に価格の値上がりが激しくなったのはこの20年余りであるという。それはキルチネール派による社会主義的な規制の多い政治になってからである。
キルチネール派というのは2003年から昨年までの20年間である。ネストル・キルチネール大統領から始まって、そのあと彼の夫人クリスチーナフェルナデス・キルチネール、そしてアルベルト・フェルナンデス前大統領と続く。
途中、2015年から4年間は中道右派のマウリシオ・マクリ大統領になり、それまでの左派政権を変えようとした。しかし、彼の政治は勇断さに欠け、またキルチネール派の政権に戻った。キルチネール派による政権中の累積インフレ率は1200%であった。
このような政治に多くの市民は嫌気を感じ、新しい政治を求めるようになっていた。特に、若者は幼少の頃から価格が毎日のように変わる政治を変える必要があると感じていた。そのような中で彗星のごとく登場したのが、変人ハビエル・ミレイ氏であった。
ミレイ氏が強調していたのは100年前のアルゼンチンは世界で経済大国であったということである。アルゼンチンの国民一人当たりのGDPが1895年と1896年では世界No1であったということを強く訴え、そのような国家に戻ろうとではないかということを繰り返し述べていた。ヨーロッパ向けの食料の宝庫として発展したからである。また自然資源が豊富であるから、これから外国からの投資も寄せて資源の開発も可能となる。
またミレイ氏がよく語っていたのは、キルチネール派の社会主義政権は国民の為の政治をすると言って補助金を多く支給した。しかし、その補助金は刷った紙幣から回され、またそこから多くの賄賂のバラマキが実施されていた。その影響で国家経済を毎年潰している、ということを繰り返し国民に指摘した。
そしてミレイ氏が主張したのは財政の健全化、公共企業の民営化、あらゆる分野の規制撤廃、経済に柔軟性を持たせるといった自由経済であった。そして、公的通貨を米ドル化し、中央銀行の廃止といったようなことを訴えていた。そうすることによって高騰インフレからも解放されるとした。
ミレイ大統領は先ず最初に取り組んだのが財政の均衡と歳出の削減。その為に公務員の大幅な削減、新札を刷ることを中止、公的企業の民営化などである。
ミレイ氏の政党「自由ある前進」の議員は下院257議席の内の40議席、上院70議席の内の7議席で全くの孤軍でしかない。
しかし、彼が常に口にしているのは、ユダヤの歴史書「マカバイ記」であった。その中で「戦争の勝利は兵士の数ではない。天から下される力によるものだ」という教えである。だから上下院で彼の政党の議員が少なくても、彼が立てる政策がアルゼンチンの再興に有益な物であれば野党議員でも説得できるという自信をミレイ氏はもっている。
その為に、彼が首相に任命したのはギリェルモ・フランコというベテラン議員だ。フランコ氏は議員生活が長く、キルチネール派の本流正義党で大臣も経験した人物で交渉力が優れている政治家だ。フランコ氏を介して野党議員も重要な法案の可決に味方につけようというやり方である。実際にそれが上手く行っている。
それに加えて、7月から新たに加えたのは規制撤廃や規制の構造改革を担当する省を設けた。このポストにはマクリ元大統領の政権時に中央銀行の総裁を務めたフェデリコ・シュルツネゲール氏を任命した。
シュルツネゲール氏は自らが規制撤廃に関しての分厚い白書も作成したことのある人物で、この分野については最も優れた人物だと評価されている。実際、必要でない規制の撤廃を開始している。最近も70項目の規制撤廃が予定されている。まだ3200項目の規制の構造改革が必要とされている。また公務員の削減に就いては24万2000人がこれまで解雇された。
なぜ無駄な公務員がなぜこれまで多くいたかというと、キルチネール派の政権下では票を入れてくれる代わりに公務員の職を提供していたということからだ。
ミレイ氏による思い切った政策そして実行が功を奏して今年5月からインフレは4%台まで低下し、11月のインフレは2.4%となっている。昨年12月にフェルナデス前大統領から政権を引き継いだ時は25.5%であった。それが1年で23%低下させたのである。
しかし、インフレを撲滅させるまでの道のりはまだ遠い。フェルナデス前大統領の政権下でのインフレは211%、今年は130%にまで下がる予定で、来年は35%が見込まれている。しかし、アルゼンチン経済が大きく好転しているということから外国からの投資も来年はスペイン大手銀行BBVAは15%の投資の増加が見込まれているとしている。
未だ重要な問題の解決がある。その一つが貧困層を減らすことである。ミレイ氏の補助金の削減などで貧困層が60%近くまで増加している。しかし、国全体の経済が回復すれば、自ずと貧困層も減少するはずだと見ている。
来年は税金の90%を撤廃させる
2025年の目標は、90%の税金を撤廃し、労働組合、ジャーナリスト、野党リーダーとの戦いを表明している。
この労働組合というのは、これまでアルゼンチンの経済発展を妨げて来た。国内におよそ3000組合あるとされている。組合加盟員は300万人。南米諸国で最も労働組合の力が強いのはアルゼンチンである。主要組合の組合長は億万長者のごとく悠々自適な生活をしている。ミレイ氏はこの労働組合を弱体化させるというのが来年の目標のひとつである。
来年はまた上下院の一部議員の入れ替え選挙が実施される。ミレイ氏は現在も50%以上の支持率を得ており、彼の政党の議席数が大きく伸びることが期待されている。