「オーストリアの政界」は一寸先は闇

当方が住む国の悪口を書くのは気が引けるが、アルプスの小国オーストリアの政界が、バルカン半島で選挙を繰り返すブルガリアのそれに似てきた、といった溜息が出てくる。以下、その溜息の背景について少し説明する。

国民議会選で第1党となった自由党(写真は選挙戦最終日の集会)=2024年9月29日、自由党公式サイトから

オーストリアで昨年9月29日、国民議会選挙が実施された。その投票結果についてはこの欄で何度か報告したが、極右政党「自由党」が連邦レベルの選挙で初めて第1党に躍進したが、その後ファン・デア・ベレン大統領が自由党を排除して、第2党の保守派政党の国民党のネハンマー党首(首相)に連立交渉を委ねたのだ。

同国ではこれまで選挙で第1党となった政党が連立交渉の主導的役割を果たすのが常だったが、「緑の党」出身の同大統領はその慣例を破り、第2党の国民党に連立交渉を委ねたのだ。その決定がその後の政界の混乱の大きな原因となった。

大統領の願いに基づいて、国民党と社会民主党、そしてリベラル派の「ネオス」3党の連立交渉が昨年11月8日、始まった。クリスマス前に連立交渉が終了、同国初の3党連立政権の発足といった楽観的な見通しが囁かれていたが、実現できず、クリスマスシーズンは終り、2025年を迎えた。3党は3日、新年初の連立交渉を再開する予定だった。多くのメディアはそろそろ連立交渉も終わり、3党党首の新政権発足のニュースが飛び出すのではないか、と期待していた矢先だ。

その見通しは吹っ飛んでしまったのだ。ネオスのベアテ・マインル=ライジンガー党首は3日午前、国民党と社民党との連立交渉から離脱すると表明したのだ。

同党首はその直後の記者会見で「交渉では次の選挙の事だけを考えた近視眼的な内容が多く、わが国の長期的発展を考えた議論はなかった」と説明した。具体的には、年金年齢のアップ(65歳から687歳)は拒否され、金持ちへの税金導入といった話が飛び出してきたのだ。

ネオス党首は口にこそ出さなかったが連立交渉の相手、社民党の左派勢力の主張についていけなかったのだ。同国メディアは「社民党内の左派勢力の圧力が強く、バブラー党首は国民党やネオスの政策に妥協できなかったからだろう」という。いずれにしても、ネオスが連立交渉から離脱を決意したというニュースは国民党、社民党の両党にも大きなショックだったはずだ。

ネオスが離脱したことで、今後どのような連立交渉が可能だろうか。国民党と社民党の2党でも議会の過半数を1議席だけ上回るが、不安定な政権となってしまう。安定政権を発足するためにはどうしても第3の政党が必要となる。「緑の党」がまだいるが、国民党は「緑の党」の政権入りには強く反対している。そうなれば、国民党と社民党の2党の連立政権しかない。もちろん、総選挙のやり直しというカードも聞かれるが、総選挙を今実施すれば、極右「自由党」が更に得票率を伸ばすことは明らかだ。

国民党のネハンマー首相にとってハムレットの悩みだ。ネオスは去り、「緑の党」は嫌だ。社民党との連立は可能だが、両党は元々政治信条が違う。財政健全化より、社会福祉関連予算、補助金を重視する社民党との連立は国民党にとって荷が重たい。

ここまで説明していくと、鋭い読者ならば気が付くだろう。第1党の自由党をどうして排除し続けるのか、第1党の自由党抜きの連立交渉が難しいのは当然だ、という指摘だ。

国民の3割が支持する自由党を連立交渉から外せば、安定政権は難しい。例えば、自由党と国民党が連立政権を発足すれば安定政権となる。両党は税制問題や財政予算の健全化、移民対策でほぼ同じ路線だ。問題は対外関係だ。

自由党は欧州連合(EU)に対して懐疑的であり、ロシアのプーチン大統領のウクライナ侵略に対して融和的な政策を取ってきた。それだけではない。極右「自由党」主導政権がオーストリアに発足すれば、ブリュッセルから批判が高まることは必至だ。実際、2000年、国民党と自由党の連立政権が発足した時、欧州諸国からオーストリア排斥運動が高まった。

ただし、当時と現在では欧州の政界は違う。EU内でもハンガリー、スロバキアなどは自国ファースト政策を推進する加盟国が出てきたし、フランスやオランダなどで極右派政党が選挙で躍進している。オーストリアで自由党・国民党の連立政権が誕生したとしても当時ほどの抵抗はないだろう。

オーストリアでは州レベルではニーダーエステライヒ州、オーバーエステライヒ州、ザルツブルク州、フォアアルーベルク州、そしてシュタイアーマルク州で自由党が州議会で与党になっている。特に、シュタイアーマルク州では自由党のクナセク州首相が誕生したばかりだ。その意味で、自由党へのアレルギーは昔より少ない。

ただし、国民党のネハンマー首相は選挙戦で自由党のキックル党首との連立は絶対に拒否すると表明してきた。その手前、今更キックル党首との連立は出来ない。そのうえ、キックル党首が主導した自由党・国民党の政権下ではネハンマー氏は首相ポストには就けない、といった個人的事情もある。

そこで国民党と社民党が連立政権を誕生されるか、専門家政権を発足させるか、それとも早期総選挙を実施するかの3通りのシナリオしかない。参考までに、ネハンマー党首に代わって、クルツ元首相を国民党の党首に就任させる、といった話が聞かれる。政治スキャンダルで辞任に追い込まれたが、国民的人気のあったクルツ氏の政界カムバックが排除できなくなったというのだ。

ちなみに、自由党のキックル党首はネオスの連立交渉離脱のニュースを聞いて内心「ほらみたことか」と喜んでいるだろう。自由党にとって、キックル首相以外のシナリオは考えられないのだ。早期総選挙もウエルカムといった感じだ。

いずれにしても、同国では政治家もメディア関係者も「いつ新政権が発足するか」と問われて、自信をもって答えることができる人は誰もいなくなったのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。