アルゼンチン大統領ハビエル・ミレイによる歴史的提案についての簡単なメモ

ミレイ大統領 同大統領インスタグラムより

こんにちは。自由主義研究所の藤丸です。

「ヘスース・ウエルタ・デ・ソト教授※」という有名なオーストリア学派の経済学者をご存知でしょうか?

※以下「デ・ソト教授」とさせていただきます。

日本にはオーストリア学派経済学自体がまだあまり知られていないので、デ・ソト教授のこともご存知ないかたも多いかもしれません。

デ・ソト教授

デ・ソト教授は、「ミレイ大統領が尊敬する師」としても有名で、ミレイは「大統領就任演説」でも自国の自由主義者アルベルト・ベネガス・リンチとともに、デ・ソト教授の名前をあげて褒め称えていました。

アルゼンチン・ミレイ大統領就任演説(日本語訳全文)|自由主義研究所
追記 ※全体的に文章を修正しました(12月16日) アルゼンチンの大統領選で当選したハビエル・ミレイ氏の就任式が12月10日、首都ブエノスアイレスの議会で行われました。 前大統領のフェルナンデス氏から、大統領の懸章とバトンを受け継ぎました。 今回は、ミレイ新大統領の就任演説の全文を日本語訳しようと思います。 ...

デソト教授の記事は、以前にも自由主義研究所のnoteで紹介したことがあります。↓

「富裕税」を払うのは誰?お金持ち?貧乏人?|自由主義研究所
「富裕税」と言われるような財産にかかる税金を支払うのは誰だと思いますか? 一般には「富裕層」「お金持ち」だと思われています。 また、富裕税は、公共サービスの充実させることによる格差是正を理由に正当化されがちです。 しかし、「富裕税」を負担しているのは、本当に「富裕層」なのでしょうか? 今回は、アメリカの自由主義系シ...

今回は、そのデ・ソト教授の最近の記事を全文翻訳(一部意訳)して紹介します。

アメリカの自由主義シンクタンク「ミーゼス研究所」のHPに2024年12月31日に掲載された「A Brief Note on a Historic Proposal by Argentine President, Javier Milei(アルゼンチン大統領ハビエル・ミレイによる歴史的提案についての簡単なメモ)」という記事です。

※元記事は下記から読めます。

A Brief Note on a Historic Proposal by Argentine President, Javier Milei | Mises Institute
Argentina President Javier Milei is proposing a new law that would “declare it an imprescriptible crime for the state and the central bank to monetize the

アルゼンチン大統領ハビエル・ミレイによる歴史的提案についての簡単なメモ

アルゼンチン共和国のハビエル・ミレイ大統領は、国家と中央銀行が財政赤字をマネタイズし、インフレを引き起こす行為を「不滅の犯罪」として取り締まる立法案を提出すると表明した。

この法案が成立すれば、貨幣の創造や財政赤字をインフレによって資金調達することを決定・促進し、実行に関与した代表者(大統領や政府高官、閣僚、中央銀行職員、その他の関係者など)は、犯罪者として裁かれ判決を受けることになる。

さらに、これらの行為は不可逆的な犯罪と位置づけられる。つまり、将来的に政変などで一度この法律が廃止されたとしても、その後にこの法律が復活すれば、過去にインフレ政策に関与した者は起訴され、有罪判決を受けることになる。

要するに、将来にわたって、政治的、経済的、社会的、またはその他の目標を達成するための資金調達のために「インフレに頼ろう」とする権力者や公務員、政治家の行動を、未然に阻止することが意図されているのである。

この新しい法律の狙いは明確である。

それは、一般的にインフレ政策によってもたらされた極めて深刻な被害に根ざしている。

特にアルゼンチンの場合、このしたインフレ政策は猛烈なハイパーインフレを引き起こす寸前だったが、ハビエル・ミレイ大統領の尽力と、前ペロニスト政権の崩壊以来アルゼンチン国民が払ってきた犠牲によって、それをなんとか退治することができた。

かつて世界で最も豊かな国のひとつといわれたアルゼンチンは、人的資源と天然資源において大きな可能性を秘めつつも、いまや相対的に貧しい国のひとつになってしまった。

この深刻な衰弱、貧困、経済的・社会的危機は、前政権やその前の政権による放漫な政策が大きな原因である。

以下では、「貨幣の創造とインフレによる財政赤字がもたらす莫大な損害」について見ていきたい。
そして、この甚大な被害が、インフレ政策を推進・協力者・積極的に参加した者すべてを犯罪者として厳しく罰することを正当化する理由となっている。

財政赤字のマネタイゼーション(財政ファイナンス)がもたらす影響について考えてみよう。

1. 民主主義制度への直接的な攻撃

民主主義の本質は「歳出予算とさまざまな公的財源を、完全な透明性をもって民主的に管理すること」にある。

しかし、マネタイゼーション(単なる新札の発行による資金調達)は、公共支出をきわめて「反民主的」なものにする。

なぜなら透明性のある公的歳入・歳出の結びつきを断ち切ることで、公共支出のうち税金で賄われていない部分のコストを、「貨幣を保有する大衆の購買力を隠蔽された方法で奪う」という形で負担させるからである。

こうした状況は徐々に進行し、人々は最初その原因に気づかない。

それでも長期的には購買力の大幅な低下となって現れる。

アルゼンチンではこれが何年も続いており、直接的な財政赤字のマネタイゼーションだけでなく、表向きは新たな公的債務で赤字を賄い、その債務を中央銀行が創出した資金で直ちに流通市場で大量に買い取るという形でも行われている。

欧州中央銀行(ECB)や米連邦準備制度理事会(FRB)などの中央銀行も、「金融政策の実施」という名目と「法の傘」のもとで、同様の方法をとり、さまざまな政府が発行した公的債務の3分の1まで取得している。

2. 政治家の予算管理の歯止めを取り除く

財政赤字をインフレで賄うことが常態化すれば、政治家が本来は民主的な予算管理によって負うはずの「責任と制約」が消失する。

つまり、インフレで賄うことができるなら、少なくとも短期的には見かけ上は”痛みを伴わない方法”で公共支出を無制限に増やせるため、政治的インセンティブは必然的に「公共支出の乱発」と、民主主義の根幹を破壊し有権者を徹底的に萎縮させ腐敗させる「票の買収」という浪費とポピュリズムに向かうことになる。

アルゼンチンは、この非常に倒錯した現象の典型例である。

一方、FRBとECBでも規模は小さいものの、公的赤字のマネタイゼーション政策を採用しており、同様にこの現象を引き起こしている。

たとえば、ECBが「量的緩和」と「金利ゼロへの引き下げ」という超緩和的な金融政策を打ち出した瞬間、ユーロ圏のさまざまな政府は、それまで実施してきた必要な緊縮策や改革を即座に中止した。

どの政府も「痛みを伴う政策」という政治的コストを負担したくないのだ。

しかも、その政策を回避することで生じる通常の赤字が、権力者に何の負担もかけずに中央銀行が新たに発行する資金によって賄えるのであれば、なおさらである。

3. 新たな資金は特定の者に集中する

中央銀行が新たに発行する資金は、決して国民全員に平等に行き渡るわけではない。

まず最初に公共支出の支払いに充てられ、その結果、最初に融資された財やサービスの相対価格が上昇する。

最初に支払いを受けた財やサービスの相対価格が上昇し、結果的にごく一部の人だけが恩恵を受ける。

その負担は、購買力が下がることでその他大勢の国民が背負わされることになる。

最悪のケースは(実際は最も一般的なケースだが)、中央銀行が公的赤字の直接的なマネタイゼーションを、「流通市場(株式や債券)で公的債務証券(さらには他の固定・変動利付証券)を大規模に購入する」という一見オーソドックスな隠れ蓑で偽装することだ。

この場合、少数の人々への所得の再分配はさらに大きくなる。

中央銀行に人為的に法外な値段で有価証券を売却したり、金利が広く低下(ゼロまたはゼロ以下という中央銀行が強制的に引き下げた水準まで低下)することによって、固定利付証券やその他の資産、資本財の市場価値が急騰するためである。

金利のこのような大幅で粗雑な操作が、実質的な「生産構造」に及ぼす多大で悪影響は言うまでもない。

金利はあらゆる自由市場において「最も重要な価格」である。

金利を人為的に低水準に操作することで、金利は「消費財と資本財の生産をどう配分するか、という企業家の意思決定に不可欠な指針」として機能しなくなり、市場メカニズムが歪められる。

中央銀行は通常、お金を創造し経済に注入するために 以下の2つのプロセスを使用する。

(1) 中央銀行の指示の下、部分準備銀行システムによって生成される「信用拡大」
(2)「公開市場操作」または公的赤字のマネタイゼーション

どちらの場合も「操作された人為的な低金利」が、誤った持続不可能な投資を引き起こし、最終的には金融危機を引き起こす。

なぜなら金利操作による人為的な低金利は、「消費者や貯蓄者である市民の真の欲求」に対応していないため、実際には持続不可能な投資プロセスなのに、それに収益性があるかのように勘違いさせてしまうからだ。

4. 購買力の低下という悪質な税負担(インフレ税)

インフレによって通貨単位の購買力は、最終的かつ必然的に大きく下落する。これは、社会のあらゆる層、とりわけ最も弱い立場の人々に重くのしかかる悪質な税、いわゆる「インフレ税」を意味する。
したがって、どのようなインフレ政策も必ず、逆進的で非常に有害な税を国民に強いることになる。

結論

財政赤字のマネタイゼーションは、あらゆる刑法で犯罪とみなされ禁じられている通貨偽造を、量・質的ともに上回る重大な害悪をもたらす行為といえる。

(例えばスペインでは、通貨偽造は刑法386〜389条により8〜12年の禁固刑 が科される。)

したがって、ハビエル・ミレイ大統領の歴史的な提案、つまり「財政赤字のマネタイゼーションを犯罪化し、時効を設けず、それに責任を負う国家元首・政府高官・財務大臣・国会議員・中央銀行総裁・理事会メンバーを禁固刑と高額の罰金で罰すること」には十分な正当性がある。

なぜなら、そのような貨幣創造は、個人にも社会全体にも極めて重大な被害を及ぼすからである。

ハビエル・ミレイ大統領には、この法改正を可能な限り早く実行に移してもらいたい。特に、このアルゼンチンにおける取り組みが世界中に広まり、公的赤字のマネタイゼーションによる逆効果と深刻な損害について多くの国民が認識を深めることが望まれる。

北米やユーロ圏など、アルゼンチンのハイパーインフレほどではないにせよ、通貨単位の購買力下落というかたちで国民から収奪を行っている経済圏は少なくない。実際、わずか数年の間に、すべての通貨の購買力がおよそ20%も奪われた。

今後、中央銀行(ECBやFRBなど)の総裁や理事会メンバーが、その政策目的を達成できず、市民に深刻な社会的・経済的損害を与えたとして、刑事訴追され、個人として責任を追及される時代が来るかもしれない。その可能性がいま、現実味を帯びてきている。

最後までお読みくださりありがとうございました。

デ・ソト教授の本は、自由主義研究所の主任研究員の蔵研也(自由主義経済学者)が翻訳した本が3冊出版されています。こちらもぜひお読みください。


編集部より:この記事は自由主義研究所のnote 2025年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は自由主義研究所のnoteをご覧ください。