オーストリアで今月10日以降、極右政党「自由党」と保守派政党「国民党」の間で連立政権交渉が続けられている。両党が取り組んだ最初の課題は2025年の予算を早急に算定することだった。国内総生産(GDP)比で3%を超えた財政赤字について、欧州委員会から財政規律違反を問われ、過剰財政是正手続き(EDP)が開始される危険があったからだ。約63億ユーロの歳出削減案をEU側に提出し、幸い、了解を得た。両党が合意した歳出削減案は国民に緊縮を強いるものが多いが、EUからEDPを受けるといった不名誉な事態は回避できた。
そして連立交渉は20日からいよいよ本格的に始まる。自由党によれば、13のテーマ別小委員会がそれぞれ1回ずつ会合を開く予定だ。必要に応じて、キックル党首と国民党党首シュトッカー氏を含氏運営グループも招集される見込みという。各テーマ別小委員会では最大10人が交渉を行い、両党はそれぞれ均等な人数でチームを編成する。
交渉期限は定められていない。自由党のキックル党首が首相に就任する可能性に対する懐疑的な声が多い中、シュトッカー国民党党首(暫定)は連立交渉開始前に、いくつかの基本方針(レッドライン)を明確にしている。具体的には、①オーストリアの主権を外国、特にロシアからの影響から守ること、②EUではオーストリアの建設的な役割を果たすこと、③「自由民主主義と法治国家の保護と維持」が含まれる。また、産業界からは「輸出を促進させるためにも欧州に開かれた貿易政策への支持が重要だ」といった意見が聞かれる。産業界が懸念するのは、キックル自由党主導政権の発足が経済活動でマイナスのイメージとなることだ。
これまでのところ、自由党と国民党の連立交渉が突然破綻する気配はみられない、というより、キックル自由党党首主導の初の政権誕生がいよいよ現実味を帯びてきたとともに、キックル政権の発足を警戒する声がより高まってきている。週末には野党や市民グループが連邦首相府前で抗議デモを開催している。「EU懐疑派のキックル党首がオーストリア首相になればEUの運営に支障をもたらす。キックル党首にはイタリアのジョルジャ・メローニ首相とは異なり、建設的な協力が期待できないからだ」といった声も聞かれる。
オーストリアの政治状況は、欧州各国の首脳たちにも不安を与えている。ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領は右派の台頭を警告し、スペインのサンチェス首相は右派の勢力拡大に対する外交的攻勢を表明しているほどた。EU加盟国の中には国内に極右政党を抱え、その台頭に怯えていることもあって、オーストリアの政情は他人事ではない。ドイツには「ドイツのための選択肢」(AfD)、フランスにはマリーヌ・ル・ペン氏が率いる「国民連合」が躍進してきている。キックル問題はオーストリアの問題であると同時に、加盟国の国内問題にも直接的、間接的に影響を与えてきているのだ。
オーストリアの事例は深刻だ。国民党はこれまで自由党との連立はあり得ないと選挙戦でも表明してきた。その防波堤とされる政治的壁がいかに脆弱であるか、排除戦略がいかに崩れやすいかを示したからだ。国民党は現在、自由党と連立交渉に乗り出しているのだ。あれほど批判してきたキックル党首を首相にしようとしているのだ。同じことが、例えば、ドイツでは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)がドイツの極右党「ドイツのための選択肢」(AfD)と連立しないとこれまで機会ある度に表明しているが、選挙後CDU/CSUがAfDと連立を組むのではないか、といった悪夢がチラつくわけだ。ドイツでは2月23日、連邦議会選挙が実施される。
「キックルとヨーロッパの破壊」を書いた週刊誌「プロフィール」の副編集長ロベルト・トライヒラー氏は「キックルはオーストリアをEUから脱退させるつもりはないが、ブリュッセルから権限を取り戻し、国家に返還することを重視している」という。キックル党首は欧州裁判所や欧州人権裁判所の強い批判者だ。その背景には、「法律は政治に従うべきであり、その逆ではない」という信念があるからだという(オーストリア国営放送のヴェブサイトから)。
E欧州議会で昨年7月8日、ハンガリーのオルバン首相、チェコのアンドレイ・バビシュ前首相(ANO2011党首)、そしてオーストリアのキックル自由党党首らが主導した新たな右翼会派「欧州の愛国者」(Patriots for Europe)が発足した。12加盟国、13政党が参加し、所属議員は84人で、欧州議会では3番目に大きな会派だ。同会派のマニフェストによると、移民拒否、グリーンディールへの反対、ウクライナ支援の不支持、欧州統合の解体が掲げられている。ちなみに、昨年9月29に実施された国民議会選でキックル党首のスローガンは「オーストリアの要塞化」だった。
キックル党首が首相に就任した場合、EUが推進するウクライナ支援、対ロシア制裁はどうなるだろうか。EUの結束ばかりか、行動力も危険にさらされることは必至だ。キックル首相の誕生は欧州の右傾化をさらに加速させ、ブリュッセルにとって大きなリスクとなる可能性が高いのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。