トランプ米大統領は1日、カナダ、メキシコに25%、中国に10%のそれぞれ関税を導入すると発表した。一方、カナダのトルドー首相とメキシコのシェインバウム大統領は同日、米国の関税引き上げに対し、対抗措置を実施する方針を明らかにした。カナダは米国の輸入品に、25%の報復関税をかける。中国商務省は2日、トランプ米政権による対中追加関税を巡り、世界貿易機関(WTO)に提訴すると表明した。トランプ大統領の関税政策はいよいよ貿易戦争の様相を深めてきた。カナダやメキシコ、中国だけではない。欧州諸国でもトランプ政権の関税政策を警戒し、その行方を注意深く見守っているところだ。
トランプ大統領は先月20日の就任演説の中で、第25代米大先領ウィリアム・マッキンリー(任期1897~1901年)を「偉大な大統領」と呼び、「マッキンリー元大統領は、関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした。彼は生まれながらのビジネスマンで、彼がもたらした資金によりテディ・ルーズベルト元大統領は多くの偉業を成し遂げることができた」と述べている。トランプ氏はマッキンリー元大統領の中に自身の未来像を描いているのかもしれない。
興味深い点は、トランプ氏の最側近の一人、トランプ氏の関税政策を主導する立場にあるハワード・ラトニック氏はトランプ氏の口癖である「米国を再び偉大な国に」というメッセージについて、「アメリカはいつ最も偉大だったか」と問いかけ、「それは1900年のことだ。125年前には所得税はなく、あったのは関税だけだった。しかし、その後の世代の政治家たちは、増税と関税の減少を許し、世界が私たちの昼食を奪う状況を作り出した」と述べている。トランプ氏もラトニック氏も国を豊かにするためには関税が重要だという強い信念があるわけだ。
一国の指導者が自国の外交、経済政策を国益重視で進めていくのは当然だ。欧州連合(EU)から異端者として批判されているハンガリーのオルバン首相は「自分はハンガリーの首相だ。国民経済のためならばロシアから安価な天然ガス、原油を得るために腐心するのは当り前だ」と語ったことがあった。米国の第47代大統領に就任したトランプ氏が‘アメリカン・ファースト‘を宣言し、自国の経済に有利になるように関税政策を実施することにどの国も批判はできない。
問題はその米国が昔のような勢いがなく、中国経済の進出に怯えてきたとしても、依然世界超経済大国である事実は変わらないことだ。その超大国の米国が他国からの輸入品に特別関税を実施し、国内の経済、雇用を保護することに専心した場合、やはり他国からの批判は避けられなくなる。
グロバリゼーションや多国間主義に批判的であるとしても、一国だけの利益のために専心することは21世紀の現在、無理がある。なぜならば、世界の経済ネットワークは米国をも網羅しているからだ。米国は孤立しているのではない。それ故に、それなりの責任を担う必要が出てくるのだ。ドイツで16年間政権を担当してきたメルケル前首相は「トランプ氏は全ての交渉を勝ち負けで判断し、ウインウインを理解していない」と批判しているが、その批判に一理はある。
オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中でAltruism(利他主義)の新しい定義を語っていた。シンガー氏は、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」という。
シンガー氏の利他主義は聖人や英雄になることを求めていない。犠牲も禁欲も良しとせず、冷静な計算に基づいて行動する。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている。だから「理性的ではない場合、利己主義と利他主義の間に一定の緊張感が出てくる」と言い切っている。
米国第一主義は近い将来、効率的な利他主義の生き方に軌道修正する時を迎えるのではないか。それはトランプ氏の「米国を再び偉大な国にする」という旗を降ろすことを意味しない(「利口ならば人は利他的になる」2015年08月09日)。
このコラム欄でも書いたが、トランプ氏は米国の伝統的実用主義者(プラグマティズム)だ。実用主義は、真理や価値をそれらが生む実際的な結果や有用性に基づいて評価する哲学だ。実用主義の基本は「何がうまくいくか」に焦点を当てることであり、トランプ氏の政策や意思決定もこれに近い特徴を持っている。良し悪しは結果から判断できるからだ。
典型的な実用主義者のトランプ氏ならば、米国が再び偉大な国になるためならば、米国ファーストを止揚し、効率的な利他主義の船に乗り換えることもそう難しくはないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。