トランプ氏のディール(交渉)哲学

ロイター通信によると、トランプ米大統領は3日、ウクライナに対して、米国の「3000億ドル近い」支援に対してウクライナからの「応分の見返り」を望んでいると表明し、「われわれは、レアアースなどの提供についてウクライナと取引をしたい」と述べている。米国の軍事支援の見返りにレアアースを米国に、というディールだ。レアアースは電気自動車や携帯電話などに使用される。ウクライナにはウラン、リチウム、チタンが大量に埋蔵されている。

パリ実務訪問でトランプ大統領と会うゼレンスキー氏(真ん中はマクロン大統領)、2024年12月07日、ウクライナ大統領府公式サイトから

ロイター通信の上記のニュースを知った時、正直言って、困っている人(国家)に対してそれは少々えげつない商売根性ではないかと思った。しかし、時間が経過してトランプ氏のディールを考え出すと、自負するだけにトランプ氏のディールには深遠な哲学があることに気が付いた。

トランプ氏は困っている人、国に一方的に支援することの限界を知っているのではないか。善意の支援は継続が難しいケースが多い。ドイツは欧州ではウクライナ支援では最大の支援国だが、その支援がいつまでも継続できるかという深刻な議論がある。国民経済は2年連続リセッションだ。国民の間でウクライナ支援を打ち切るべきだといった声も聞かれる、といった具合いだ。

トランプ氏のディールは相手を対等の立場と見なし、条件闘争を展開させている。これだけ提供するから、あなたからはこれだけの・・といったやり取りだ。対等のディールだから、支援を受ける人、国も自立心や尊厳を失うことが少ない。なぜならば、対等の交渉だからだ。

ウクライナのゼレンスキー大統領は自国に軍事支援する欧州諸国に対して、「ウクライナが前線でロシアの軍事行動を阻止するから、あなた方はウクライナを支援すべきだ」と主張してきた。すなわち、ウクライナ戦争はロシアの欧州への戦争の最前線にあるから、ドイツやフランスはウクライナを支援しなければ、次はあなた方がロシアの軍事侵略を受ける番になるといった警告が含まれているわけだ。ショルツ独首相はゼレンスキー大統領の支援要請に対して「ヨーロッパの民主主義を守る」という大義を常にアピールしてきた経緯がある。ところで、トランプ氏はウクライナへの軍事支援問題の前にレアアース取引を提示してウクライナに交渉を持ちかけているのだ。

トランプ氏の交渉哲学を考える前に、聖書の世界を少し振り返りたい。人類が神と対等にディールした最初の人物はアブラハムだ。神が不義に満ちたソドムとゴモラを滅ぼそうとした時、アブラハムは神に「その地に50人の義人がいたら、あなたはその町を滅ぼしますか」と尋ねた。神は「50人の義人がいれば、その地を滅ぼさない」と約束する、アブラハムは更に「50人より5人少ない場合はどうですか」と恐れ恐れ聞くと、神は「45人の義人のためにその地を滅ぼさない」と述べた。

神の答えに鼓舞されたアブラハムは「40人だったらどうしますか」と尋ねると、神は「その40人のためにその地を滅ぼさない」と語る、アブラハムは「20人」、そして「10人」とそのハードルを下げた。すると、神はその度にアブラハムの願いを受け入れた。しかし、その地には10人の義人すらいなかったので最終的に「硫黄と火」が天から降って、都市は滅ぼされた。この話は旧約聖書の創世記18章29~33節に記述されている。

アブラハムに次いで神と交渉した人間はモーセだ。イスラエルの民をエジプトからカナンに導くように語った神と山の頂で会い、モーセは神に自身の弱さなどを吐露する。神はそのモーセに支援を約束する。旧約の主人公アブラハムもモーセも創造の主神に対して堂々とディールしている。

新約聖書に入ると、神の子イエスは無条件の愛を唱え、困った人に対して隣人愛を唱えてく。そこにはディールといった話はない。人間と対話し、ディールした「旧約の神」がいいのか、無条件の愛を主張した「イエスの神」がいいのかは、ここでは問わない。ただ、両者には明らかに違いがある。前者にはディールという概念がある。その意味で、トランプ氏のディールは旧約の神の世界での哲学ともいえるだろう。

外電によると、トランプ氏からディールを求められたゼレンスキー大統領が「なんといった非人間的な大統領だ」と激怒したとは報じられていない。むしろ前向きにトランプ氏のディールを考え出しているのだ。欧州諸国に頭を下げて武器の供与を要求し続けてきたゼレンスキー氏はトランプ氏の一見、クールなビジネス的なディールに新鮮な驚きを覚えているのではないか。なぜならば、トランプ氏はゼレンスキー氏を対等の交渉相手と見なしているからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。