トランプ政権の肝いり政策の一つであるイーロン・マスク氏を起用した政府効率化省(DOGE)による連邦政府の「無駄な」支出の削減対象として、USAID(国際開発援助庁)全体が標的となった。
すでにルビオ国務長官によって、アメリカの対外援助がイスラエル関係の支出を例外として、全世界で90日間停止となっていた。その直後、マスク氏が、USAIDの支出記録を全て公にするという措置をとった。加えて、1万人とされるUSAIDの全世界の職員が、休職対象とされた。大幅な予算削減と、人員削減が行われることは必至だろう。
同時並行で、CIA(中央情報局)の全職員が早期退職の促進対象になったと報じられている。これらの措置は、冷戦勃発以降のアメリカの対外政策の仕組みを根本から見直す意図を持ったものだと言ってよい。
マスク氏は、厳密には連邦政府機構の一部ではないが、連邦政府からの資金提供によって運営されているNED(全米民主主義基金)にも、改革のメスを入れることを宣言している。
NEDは、レーガン政権時に、世界に(アメリカ流の)民主主義を広げるために設立された政府系の財団だ。冷戦終焉直後には、東欧革命やソ連の崩壊を促進したと信じられ、戦争を回避しながら「西側」の勝利を導いた組織として、むしろ賞賛の対象であった。
これらの冷戦終焉直後の「自由民主主義の勝利」の立役者たちは、現在のトランプ政権では「ディープ・ステート」として、煙たがられている。支出に「無駄」があるかどうかを問う以前に、イデオロギー的な立ち位置に問題がある、とみなされているのである。
そもそも支出の「無駄」についても、価値観の含まれた審査をへなければ認定できない領域は、存在する。トランプ政権は、そのような領域も「常識の革命」(トランプ氏の就任演説で用いられた概念)で、一刀両断の審査を行おうとしている。
マスク氏のチームは、USAIDの予算が、民主党系のインフルエンサーの「懐」にも流れたのではないか、という視線を持って、「キックバック」「リベート」の要素を、暴き出そうともしているようである。これは「汚職」に該当する話であり、一つの別次元の事項として、精査されるべきであろう。
政策的に大きな論点となるのは、「自由民主主義の勝利」=「ディープ・ステート」の思想にもとづいた行動の評価である。
NEDは、そもそもその存在意義が、世界各国における(アメリカ流の)民主主義の普及の促進だ。USAIDも、「民主化支援」を重視している点で、他国の開発援助機関と比べても、際立った特徴を持つ。開発援助をする際に「内政干渉」の疑いを持たれることを警戒するのであれば、「民主化支援」は、重視されないだろう。「民主化支援」は、その性格上、「内政干渉」と言われても仕方がない性格を持たざるを得ないからだ。
NEDやUSAIDは、「内政干渉」の批判に応じず、断固として「民主化支援」をするアメリカ外交の象徴とも言ってよい存在である。
特に「民主主義諸国 vs. 権威主義諸国」の世界観を掲げ、その二項対立の世界の中で、アメリカが主導する「民主主義陣営」が勝利する、という政策目標を推進していたバイデン政権では、NEDやUSAIDは、重要な役割を担っていた。かなりわかりやすく、敵対勢力からは「ディープ・ステート」と非難される「民主化支援」の一大勢力を形成していたのである。
バイデン政権期にUSAIDの長官を務めていたサマンサ・パワー氏は、民主党タカ派の最右翼と言って良い存在である。オバマ政権時に、やはり国際介入主義のタカ派の急先鋒であったスーザン・ライス氏を継いで国連大使を務めた際には、アメリカの国際介入タカ派の立場を象徴する人物として知られていた。
パワー氏が長官を務めていたUSAIDが、世界に(アメリカ流の)民主主義を輸出するために奔走する組織でなくなるはずはなかった。むしろかなりあからさまに「民主化支援」重視の方向に舵が切られていた。
アメリカ国内の「反トランプ」勢力までUSAIDが支援していたというので、トランプ政権発足直後の「粛清」対象に、USAIDが選ばれてしまった。しかしこれも「民主主義vs権威主義」の世界観の中で、「バイデン政権=民主主義、トランプ氏=権威主義」という二元論もあてはめてしまい、アメリカ合衆国の「民主化支援」をしていたということである。
ウクライナへの多額の支援を主導していた一大勢力がUSAIDであることも事実である。その中で「民主化支援」の名目で、ウクライナのメディアや、ウクライナ擁護の論陣をはっていた欧米メディアに、多額の援助をUSAIDが提供していたことも、今や問題になっている。しかしこれも「ウクライナ支援者=民主主義、ロシア=権威主義」の二元的世界観に基づき、「民主化支援」の「開発援助」を行っていた、ということである。
バイデン政権のときには正義であった「民主化支援」が、トランプ政権では正義ではなくなった。これが端的に言って、今起こっていることである。
日本でも、相変わらずSNSで「陰謀論」撲滅主義者と、「ディープ・ステート」撲滅主義者が、戦っている。感情的に過熱したやり取りも見られるが、それは非生産的である。こんなときこそ、冷静に、現代の国際情勢を見る目を失わないようにしたい。
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「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。