ラピダスは田中角栄のかけた「開発主義の呪い」

西村康稔氏が産業政策(たぶんラピダスを念頭に置いて)の意義を訴えている。

これは誤りである。潜在成長率は資本と労働と生産性(TFP)で決まるので、政府投資が潜在成長率を高めることはありえない。このようなターゲティング政策は、終戦直後の鉄鋼産業や石油化学工業の育成では成功したが、1970年代以降の大プロ(大型プロジェクト)はほとんど失敗した。2003年の私の記事を引用しておこう。

ターゲティング政策はなぜ失敗するのか

かつて政府は、こういう「日の丸プロジェクト」に巨額の予算を投じた。特に通産省(当時)の大プロは、コンピュータで米国に追いつき追い越すことを目標として、国産メーカーを結集して新しい技術の開発を行った。この種のプロジェクトの最大の成功例とされるのは、1970年代のVLSI(大規模集積回路)プロジェクトだが、その後のプロジェクトはほとんど失敗に終わっている。

表:1970年代以降の主な「日の丸プロジェクト」
プロジェクト名 期間 所管官庁 予算(億円) 成果
VLSI 1976~79 通産省 740 成功
スーパーコンピュータ 1981~89 通産省 180 一部商品化
第5世代コンピュータ 1982~92 通産省 540 失敗
ハイビジョン(アナログ) 1983~? 郵政省 (NHK) 試験放送だけ
キャプテン 1984~? 郵政省 (NTT) サービス停止
トロン 1984~? 通産省 失敗
シグマ計画 1985~90 通産省 250 失敗

ターゲティング政策は、資本蓄積の貧しい発展途上国では成功することがある。それは村上泰亮も指摘したように、費用逓減(規模の経済)の大きい場合にのみ適したビッグプッシュ戦略だからである。

発展途上国のように資本が不足して労働が余っている場合、労働者は自分の雇用を奪う技術には投資しないので、外部の投資家がファイナンスするしかない。しかしその資金が調達できなければこのプロジェクトは成立しないので、最初に必要なのは資本である。

つまり技術革新が可能になるためには、巨額の資本とそれを使ってリスクをとる投資家が必要で、政府がこの役割を果たす必要がある。このような収穫逓増の効果は資本設備が一定の規模を超えないと出ないので、そういう限界を超えるビッグプッシュが必要なのだ。

高度成長期の産業政策は「ビッグプッシュ」だった

複数の技術があるとき、成長は資本と労働の初期値に依存する。いま労働人口と技術を一定と仮定し、所得Yが資本ストックKで決まる単純な生産関数Y=F(K)を考え、貯蓄率をsとする。投資は貯蓄に等しくなるのでsYになり、資本の減耗率(減価償却率)をdとすると、新古典派成長理論ではsY=dKとなる点で費用逓増の定常状態になる。

普通の生産関数では定常状態は一つしかないが、図のように成長の初期の段階で、いろいろな部門の効果が互いに影響する外部性が大きい非凸の生産関数では、最初に成長経路に乗るまでのハードルが高いので、定常状態はK1、K*、K2の3つある。

経済がK1から出発した場合、臨界点K*に達するまでは規模の経済が実現できず、投資が資本の減耗を下回るので、資本が蓄積されない。このため所得が低く、人々が食糧以外の消費財を買わないので、そういう部門の投資が増えない…という悪循環に陥る。これが貧困の罠である。

しかし巨額の公共投資でインフラがK*を超えると、投資が資本の減耗を上回るようになるので、資本が蓄積される。これによって資本集約度が上がって経済は成長し、所得が増えて貯蓄も増えるので投資も増え、K2に達した段階で投資と減耗が等しくなる。これが定常状態で、それ以上は資本ストックは増えない。

途上国には「開発主義」が必要だった

アジアでは余剰人口が多く賃金が低かったため、労働集約的な技術が主流で、資本が蓄積されないので付加価値が小さくなり、賃金が低くなるので消費が少なく、このために市場が拡大しない。これを打ち破るためには、労働集約的な技術から資本集約的な技術に経済を転換するビッグプッシュが必要だった。

田中角栄が財政投融資計画を活用して行なった公共事業や通産省のターゲティング政策は、結果的にはこうしたビッグプッシュの役割を果たしたといえる。東海道新幹線や東名高速などの投資収益率は、民間よりはるかに高かった。

開発主義は「幼稚産業」を育成して重工業化を進めるには適している。社会主義がロシアや中国のような後進国で成功したのも、それが短期的な採算を無視して資本蓄積をおこなう開発主義だったからである。

田中角栄のかけた「開発主義の呪い」

高度成長を支えたテレビや高速道路や新幹線をつくったのは、田中角栄だった。彼が議員立法で40本も法律をつくった記録は、いまだに破られていない。日本の政治家のほとんどが官僚のつくった法律に文句をつけるだけなのに対して、角栄は憲法の理想とするlawmakerとして、ずば抜けた能力を発揮したのだ。

しかし経済が成熟してK*を超え、収穫逓減の定常状態になった場合は、開発主義をやめる必要があるが、官僚機構がその権限を手放すことはまずない。大プロがなくなった後も、日の丸検索エンジンやエルピーダなどに数百億円の国費が使われたが、すべて失敗した。そして最大の失敗となることが確実なのは、10兆円を投じるラピダスである。

ラピダスにまで受け継がれる開発主義は角栄が生み出し、通産官僚が受け継いだ亡霊である。エスタブリッシュメントに利用されて抹殺された角栄は、日本経済に開発主義という呪いをかけて死んでいったのかも知れない。