シリア暫定政権の未来を占う最初の試練

このコラム欄で「シリア新政権の報復に怯えるアラウィ派」(2025年2月12日)という記事を書いたばかりだ。この懸念が現実化する気配が出てきた。ロンドンに拠点を置く「シリア人権監視団」(SOHR)によると、シリア北西部で暫定政府の治安部隊とアサド前政権派の武装勢力が6日から武力衝突し、8日までに治安部隊、武装勢力、市民を含めて1000人以上の犠牲者が出ている。アサド政権が崩壊して3カ月が過ぎるが、シャラア大統領を主導とするシリア暫定政権は最初の試練に直面している。

デリゾール県:新政府管轄地域のデリゾール東部アルザバリ村で、バイクを運転していた民間人が身元不明の武装集団に射殺された。2025年03月08日、SOHR公式サイトから

シャラア氏が率いるスンニ派イスラム主義組織「ハイアト・タハリール・アル・シャーム」(HTS)が昨年12月8日、半世紀余りシリアで君臨してきたアサド独裁政権を崩壊させ、同月10日、旧反体制派勢力から成るバシル暫定政権を発足、シャラア氏は今年1月29日に暫定大統領に就任するなど、着々と新体制を構築する一方、国際社会への再統合を目指して活発な外交も展開させてきた。

シリア国民の大多数はイスラム教スンニ派だが、同国にはイスラム教少数派アラウィ派やキリスト教など多数の少数宗派が存在する。シャラア大統領自身はイスラム教スンニ派に属する。シャラア氏はアサド失脚後、分裂した国の再統合を呼び掛け、「全ての民族、宗派は等しく公平に扱われるべきだ」と表明してきたが、ここにきて暫定政権の治安部隊と、アサド旧政権の武装勢力やその支持者、アラウィ派との間で武力衝突が起きた。アサド旧政権が出身母体のアラウィ派を優遇し、他民族、宗派の国民を圧政してきたこともあって、アサド政権崩壊後、スンニ派らの国民が旧政権の指導者、治安関係者、アラウィ派に対して報復行為に走る動きが見られる。

SOHRが8日明らかにしたところによると、女性や子供を含む740人以上の民間人が暫定政権の治安部隊によって殺害された。犠牲者の数は今後増えるものと予想されている。犠牲者の多くは少数派アラウィ派に属している。バニアス市だけでも60人の民間人が銃殺されたという。また、治安部隊とアサド系武装勢力間の武装衝突で270人以上が死亡したという。なお、SOHRのラミ・アブデルラフマン氏はドイツ通信(DPA)に対して、「虐殺はアラウィ派の宗教共同体を狙って行われた」と語っている。

一方、シリア国営通信社SANAによると、6日以降、北西部ラタキア県などアラウィ派が多く住む地中海沿いの一帯で、旧政権残党と治安部隊の衝突が激化。激しい戦闘は、州都ラタキアの南約25キロにあるジャブラ市などで起きたという。SANAによると、ラタキアの治安部隊は病院への攻撃を撃退した。同市とさらに南の海岸沿いの町タルトゥースにも8日朝まで外出禁止令が出された。

今回の武力衝突については、「虐殺の責任は暫定政権の治安部隊にある。彼らはダマスカスの命令に従わず、虐殺を繰り返した」という情報がある一方、シリア国営テレビは「正体不明の人物が政府軍の軍服を着て内戦を扇動する目的で犯行に及んだ」と報じるなど、情報が混乱している。

国連シリア担当特使のゲイル・ペダーセン氏は「深く懸念している。緊張をさらに煽り、紛争をエスカレートさせ、シリアを不安定化し、信頼できる包括的な政治移行を危険にさらす可能性がある」と声明の中で述べ、行動を自制するようあらゆる当事者に呼び掛けた。

シャラア暫定大統領は7日、国民に向けて演説し、「打倒された前政権の残存勢力は新たに発足したシリア政権を打倒しようとした」と説明し、治安部隊の対応を賞賛し、攻撃者らに武器を捨てるよう呼び掛けた。同時に、「民間人に対する攻撃を行った者は厳しく処罰される」と発表した。また、チャタブ情報長官は「追放された元大統領の軍・治安機関の主要人物に衝突の責任がある。彼らは反逆的な作戦を開始し、数十人の軍と警察の隊員が殺害された。彼らは海外から管理されている」とオンラインプラットフォームXに書いた。

なお、ダマスカスや他の都市では数千人の国民が集まり、アサド旧政権の武装支持者を糾弾するデモを行っている。

13年に及ぶ内戦の結果、多くの大都市で多数の家屋が破壊された。国民の大多数は貧困の中で暮らしている。新しいシリアがどのような方向に発展していくか現時点ではまだ定かではない。そのような中で起きた今回の治安部隊とアサド旧政権の支持勢力との武力衝突、アラウィ派の市民虐殺は、新生シリアの誕生を願う大多数のシリア国民を憂欝にさせている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。