「私もこれで痩せました」。
英国では、著名人たちが少々自慢げに書くコラムが目に付くようになりました。痩せる前と後との写真を比較すると、第三者的にそれほど変わっているようには見えないのですが、「痩せた自分」を自慢できるだけでなく、国営の国民医療制度(NHS)の処方箋によらず、プライベートで購入する痩せ薬(Weight-lossdrugs)を入手できるほど懐に余裕があることをそれとなく伝えていることに気付きました。
面倒な食事制限や運動をしなくても良いなら、これほど楽なことはありません。痩せ薬の需要は一挙に高まり、簡易にオンラインで購入する人が増えています。
NHS Wikipediaより
肥満解消が英政府の課題に
英国では、国民の肥満解消が長年にわたって時の政府の喫緊の課題となってきました。
「痩せたほうが格好いいと考える人が多いから」?そうではなくて、病気を誘発するからです。肥満を原因とする疾病治療のためにNHSでは年間11億ポンド(約2200億円)もの費用がかかっているそうです。
そこで強力な助っ人として注目されたのが痩せ薬でした。英国では、2型糖尿病の治療薬で体重減少の治療薬としても知られるようになったオゼンピック、肥満度の高い人の体重管理のために導入されたウゴービやマンジャロなどが該当します。
週に1度、ペン型になった注射器で自己投与する形です。こうした薬は食べ物が胃に入ると生まれるホルモンGLP-1を模倣する働きをして食欲を抑え、満腹感を生じさせます。
マンジャロはメタボリズムに影響を与えるホルモンGIPにも働きかけ、体重減少に効力を発揮します。副作用として吐き気、膨張感、便秘や下痢などの症状が現れる場合があります。
オンラインでの購入殺到
オンラインでの痩せ薬購入に人々が殺到するのは、NHSが痩せ薬の認可に条件を付け、利用者がかなり限られていることが原因の一つです。
英国では、国民の医療サービスはNHSでカバーされ、自分が住む地域の中の医療機関にいる主治医(ゼネラルプラクティショナー=GP)に登録する形を取ります。体の調子が悪いと、このGPに相談する形を取ります。GPが診療して、病院に行った方が良い場合、その旨を病院に伝えてもらってから、病院に出向きます。診察料はNHSでのサービスですので、無料です。
痩せ薬を入手したい場合、いつものようにGPに行くのではなく、特定の医療機関を通して処方箋を出してもらう必要がありますので、少し面倒くさいことになります。
また、ウゴービの場合はボディ・マス指数(BMI)が35以上であること、体重に関連した疾病を抱えていることが条件で、最長利用期間も2年間と限定されています。
ウゴービより強力な効果があるといわれるマンジャロは現在はスコットランド地方のみで利用できますが、今後さらに利用地域が拡大する見込みです。こちらの方は利用期間の限定はありませんが、NHSは今後12年をかけて英国広域に導入予定で、となると利用者数はあまり伸びません。
イングランド地方では「BMIが35以上」「関連疾病を持つ」という二つの条件を満たす人は約340万人に上りますが、NHSでの痩せ薬提供は今後3年間で22万人ほどに絞られる見込みです。1人の患者に処方すれば、年間で3000ポンド(約57万円)かかり、もし100万人単位の患者に痩せ薬を出すとなれば、そのコストの高さにNHSは破産するともいわれています。
政府の肥満防止政策を指揮するナヴィード・サタル教授によると、現在、英国で痩せ薬を服用する人の90パーセント以上はプライベートで薬を入手しているそうです(BBC、1月13日付)。つまり、NHSで痩せ薬にアクセスできる人は少数派なのです。
肥満率は社会的に孤立した地域で高い傾向があると教授は指摘しており、痩せ薬から最も恩恵を受けるはずの人々は手が出ない状態だと教授は述べています。
痩せ薬で健康が改善した人
先のBBCの記事は昨年7月からウゴービのトライアルに参加したレイさんの例を紹介しています。
レイさんは、最初は体重が148キロでしたが、今は134キロに落ちました。毎週、皮下注射を打った上に医師や栄養管理士と顔を合わせて面談を受けながらの体重減少でした。医療関係者によると、薬の使用だけではなく、生活様式を変える、より健康的な食事を取るなどの改善も必要だそうです。
オンラインでの購入には医療関係者によるサポートがないことが多く、摂食障害を持つ人やすでに痩せている人が購入する傾向があるため、薬局の業界団体「全国製薬協会」は規制組織である一般薬事審議会に対し、購入についての規制強化を求める書簡を送っています。
サイズゼロへの回帰?
「サイズゼロ」という言葉を覚えていますか?米国の細身の婦人服の最小サイズを指しますが、極端に細い体を求めるファッション業界への批判が発生しました。
でも、最近になって、「サイズゼロへの回帰」現象がみられるようになったそうです。痩せ薬の購入要求の高まりの一因かもしれません。
Weight-lossdrugs(痩せ薬)
食べると放出されるホルモンGLP-1を模倣する働きをすることで食欲を抑え、体重減少に貢献するウゴービ、マンジャロなどの皮下注射型、あるいは食物の脂肪吸収を妨げるオーリスタットなどの錠剤を指す。オゼンピックは2型糖尿病治療薬で体重減少効果があるが、NHSでは痩せ薬のみとしては処方されない。
※「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラムに補足しました。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年3月17日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。