ドイツ語圏での話だ。若い女の子がマクドナルドでハンバーガーを食べている。「美味しいね。とてもグートよ」と言った。その数年後、別の女の子が同じようにハンバーガー食べて「これはウア・グートね」と親指を立てる。数年後、別の女の子が「フォル・グート!」と言いながらハンバーガーを食べる。そして最近、若い女の子がハンバーガーを食べて「これはブルタールよ」と感動したのだ。

言葉の宝庫、オーストリア国立図書館内のプルンクザール、2025年2月15日、ウィ―ンで撮影
すなわち、女の子はハンバーガーを食べて「good」、「urgood」、「vollgood」、そして「brutal」と叫んだのだ。意味することはほぼ同じで、「ハンバーガーは美味しい」ということを表現したものだ。しかし、「good」から「brutal」まで時間の経過がある。言語学者によると、「美味しい」という意味の形容詞によって、その女の子が1990代生まれか、2000年世代か、それとも2010年の世代かがおおよそ検討が付くというのだ。例えば、1990年代の女の子の場合、ハンバーガーを食べても決してフォルグートとは言わない。
言葉は進化する。進化しなくなった言葉はラテン語のように死語となってしまう。上の例で分かるように、「美味しい」という感動を表現する場合も時代によって少しずつ変わっていく。それだけではない。時代の経過と共に言葉の意味も変わっていくケースがある。例えば。「ゲイ(Gay)」は21世紀では同性愛者を意味するが、それは最近のことだ。ゲイは本来、「陽気な」「快活な」「明るい」という意味だった。現在の「同性愛者」という意味は1945年前にはなかった。言葉の発展史を観ていくと、時代と共に言葉もその意味も少しずつ変化していくことが分かる。
ところで、ユーチューブのシンプリィライフの動画「量子と脳」によると、「量子の世界からみると、世界は情報から成り立っている」という。物質の局所性も実存性も存在せず、脳内で処理された情報だけが存在する。世界はひょっとすると2次元のホログラムではないかといった世界を紹介していた。ただ、情報も言葉によって認識されて作成されたものだから、大きく言えば、世界は言葉から成り立っているといえる。
そこで新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章の書き出しの「初めに言(ロゴス)があった。言は神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」という有名な聖句が思い出される。同聖句は、現代の最先端を行く量子力学の「世界は情報から成り立っている」という世界観と重なってくる。
ロゴスに関して興味深い聖句がある。一つは旧約聖書創世記第3章だ。人類の始祖アダムとエバが神の戒めを破ったことを知った神は人類が神のように善悪を知るものとなったことを憂い、人が命の木からも取って食べ、永久に生きるかもしれないことを恐れ、人をエデンの園から追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて命の木の道を守らせられた、と記述されている。
もう一つは同じ創世記第11章には「バベルの塔」の話が記述されている。人びとは天にも届く高い塔を建てようとした。人間の高慢さに怒った神は,言語を混乱させ,人びとを各地に散らして完成を妨げたという話だ。
「バベルの塔」の話から、神がケルビムと回る炎で守ろうとした「命の木」とは、神のロゴスではなかったか。なぜならば、「ヨハネによる福音書」第1章によれば、宇宙、森羅万象、全てが神の言葉から成っている。その神のロゴスが創世記で創造の源という意味から「命の木」として象徴的に表示されているのではないか、という解釈が出てくる。
聖書「すべてはロゴスから成り立っている」は量子力学「世界は情報から成り立っている」と酷似している。ただ、神の創造した世界(宇宙)が平坦で、ホログラムの世界かは分からない。
ロゴスは即情報とはいえない。ロゴスが集合して情報が生まれてくるのではないか。戦争や紛争は情報の混乱であり、ロゴスが恣意的に悪用された結果ともいえるのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。