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一見すると「優しい上司」は理想的なリーダーのように思われがちです。しかし、その優しさが行き過ぎると、部下にとってはかえって非情なものとなってしまうことがあります。
本当に優しいとはどういうことなのか?リーダーの役割とは何か?——その本質を考えるべく、株式会社識学の後藤翔太氏と、4つの観点で議論を行いました。
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後藤 翔太(ごとう しょうた)
1983年大分県出身、早稲田大学卒業。小学2年でラグビーを始め、早稲田大学在学中に大学日本一2回。神戸製鋼(現コベルコ神戸スティーラーズ)では主将を務め、日本代表にも選ばれた。トップリーグベスト15、新人賞を受賞。引退後は、追手門学院女子ラグビー部を創設し監督に就任、創部3年で大学日本一に輝く。退任後は株式会社識学に組織コンサルタントとして入社。2019年には早大のコーチ就任。初年度で11年ぶりの日本一を奪還した。
2022年に識学に復帰し現在は解説者として活躍。早大スキルコーチも務め、別府ツーリスト大使にも委嘱されている。
議題1:なぜ、上司が優しいことは部下にとって非情なのか
黒坂:では、早速ですが、「なぜリーダー(上司)が優しいことは、選手(部下)にとって非情なのか」についてお話しできればと思います。まず、私の考えをお話ししますね。
多くのリーダーや上司は、優しさを大切にし、部下に対して平和的な姿勢をとることが望ましいと考えています。しかし、この「優しさ」が行き過ぎると、部下にとってはむしろ成長の機会を奪う非情なものになってしまうのではないでしょうか。
たとえば、リーダーが部下の失敗をカバーしすぎたり、厳しい指摘を避けたりすると、部下は指示待ちの姿勢になりがちです。自ら考え、リスクを取る必要がない環境では、成長の機会が奪われてしまうのです。結局のところ、部下にとって最も価値のある経験とは、自分自身で考え、挑戦し、その結果に向き合うことだと考えます。
また、現代の労働市場では「終身雇用」の概念が崩れつつあり、個人としての市場価値を高めることが重要になっています。そうなると、特定の会社内だけで通用するスキルではなく、どこに行っても活躍できる人材になることが求められます。そのためには、甘やかされる環境よりも、挑戦を求められる環境のほうが望ましいのです。つまり、部下にとって本当に優しいリーダーとは、短期的な心地よさを提供するのではなく、長期的な成長の機会を与える存在なのではないかと考えています。
後藤:まったく異論はありません。黒坂さんの意見に強く共感しますね。特に、「優しさの定義」については重要なポイントだと思います。
多くの人が、「優しいリーダー」と聞くと、部下にとって居心地の良い環境を提供する人をイメージします。しかし、真に優しいリーダーとは、部下の市場価値を高める環境を作り続ける人ではないでしょうか。短期的な快適さではなく、長期的な成長を考えた行動こそが、本当の意味での「優しさ」なのだと思います。
実は、私自身もかつてこの「優しさ」を履き違えた経験があります。私はラグビー選手として日本一を経験し、その後、女子ラグビーチームのプロ監督を務めました。その際、私は「選手にとって楽しく、負担の少ない環境を作ることが重要だ」と考え、彼女たちが痛い思いをしないように、厳しい指導を避けていました。つまり、一般的に言う「優しい監督」だったと思います。
しかし、その結果、チームはまったく成長せず、試合にも勝てず、結局、誰も楽しくないという状況に陥ってしまったのです。選手たちの意見を尊重しすぎるあまり、組織の結束力も失われてしまいました。
この経験を通じて、私は識学の安藤社長から「お前の優しさに意味はあるのか?」と指摘されました。その言葉にハッとし、マネジメントの方法を変えていった結果、チームは3年で日本一になり、選手たちも大きく成長することができました。この経験から、私は「リーダーの優しさとは、時には厳しく成長を促すこと」だと実感したのです。
黒坂:なるほど。スポーツの例ですが、これは企業経営にもそのまま当てはまりますね。
経営者と従業員の関係は、監督と選手の関係に非常に似ています。経営者が求めるものと、従業員が求めるものは必ずしも一致しません。経営者は競争力を高めるために変革を求めますが、従業員は安定を求めることが多い。これが「成長」と「現状維持」の間の矛盾を生むのです。
しかし、長期的には従業員も成長を望んでいる。だからこそ、リーダーが適切な負荷をかけ、成長を促すことが重要です。それは短期的には苦しいかもしれませんが、最終的には組織全体の成長につながるのです。
後藤:その通りですね。また、負荷のかけ方についても重要なポイントがあると思います。
私の大学時代の話になりますが、早稲田大学ラグビー部が弱かった時代、練習はとても厳しかったんです。でも、ただ厳しいだけでは勝てなかった。そこに清宮監督が就任し、チームは一気に強くなったのですが、それは単なる厳しさではなく、適切な負荷をかけることで成長を促したからなんです。
つまり、リーダーが適切に負荷を調整しないと、単なる苦行になってしまう。負荷をかければいいというものではなく、どのようにエネルギーを集中させるかが大事なのです。
たとえば、バスケットボールの「24秒ルール」のように、適切な制限を設けることで、組織のパフォーマンスが向上することがあります。単に「もっと頑張れ」と言うのではなく、成長につながるルールを設定することが重要です。
黒坂:そうですね、リーダーの役割は、チームや個人の成長を促すために、適切な負荷をかけ、環境を整えることなのだと思います。
議題2:本当に優しいリーダーとは?部下にとって理想の上司の条件
黒坂:このテーマについて、私なりに三つのポイントがあると考えています。
まず、一つ目は「明確な基準と期待値を示すこと」です。
何を求められているのかが曖昧だと、部下はどう振る舞えばいいのかわかりません。そのため、「あなたにはこういう役割を期待している」「こういう成果を求めている」と具体的に伝えることが重要です。これにより、部下も自分の役割を正しく理解し、適切に行動できるようになります。
二つ目は「挑戦と成長の機会を提供すること」です。
部下が単調な業務をこなすだけでは、実績も経験も積み上がりません。新たな業務に挑戦させたり、時にはプロジェクトの責任者を任せたりすることで、部下の自律性を促進することが大切です。特に、仕事で最も重要なのは「自走できる能力」だと思っています。指示待ちの姿勢では成長はありません。そのため、成長できる環境や機会を提供することがリーダーの役割の一つだと考えます。
三つ目は「誠実なフィードバックを行うこと」です。
単に「頑張ったね」「よくやったね」といった精神的な慰めだけでは、部下の成長にはつながりません。重要なのは、「今の課題は何か」「どうすればその課題を突破できるのか」を具体的に議論することです。フィードバックを通じて、次のステップへ進むための指針を示すことが、真に優しいリーダーの姿だと思います。
この三つが揃ってこそ、部下にとって本当に優しいリーダーと言えるのではないでしょうか
後藤:まさにおっしゃる通りですね。最初の「明確な基準と期待値を示すこと」に関しては、私も全く同意します。やはり、人は「自分自身で実行した経験」によって最も学びます。
例えば、「賢者は書物で学び、愚者は経験で学ぶ」という言葉がありますが、どんなに頭の良い人でも、実際にやってみなければ本当の学びにはなりません。自分の意思で実行し、成功や失敗を経験することで、成長につながるんです。誰かに言われてやっただけのことは、自分の糧にはなりません。もし上司に指示された通りに動いて、それが成功しても、成長するのは指示を出した上司であって、実行した部下自身ではないんですよね。
また、リーダー自身も「自らの責任で意思決定を行うこと」が成長の鍵になります。私もチームを作る際には、自分の責任として戦略を決め、組織の枠組みを整え、意思決定を行ってきました。だからこそ、勝った時も負けた時も、それが自分の成長の糧になっていると感じます。誰かの指示に従って動くだけでは、本当の経験にはならないと思います。
黒坂:また、それと関連して、私は「ステークホルダーを正しく見ること」の大切さを感じています。
部下は、つい自己保身に走ったり、目先の上司の機嫌を取ることに意識を向けがちです。その結果、上司に怒られないための資料を作ったり、上司が気に入りそうな報告をしたりしてしまうんですよね。しかし、本来のステークホルダーは「顧客」であるはず。
会社が存続するのは、顧客が満足し、売上が上がるからこそ。部下が作るアウトプットも、最終的には顧客に届くことを意識しなければいけません。
「上司に評価されること」ではなく、「市場に評価されること」を目指すべきです。会社の中でしか通用しないスキルを磨いても、いざ転職や独立を考えた時に、外では全く評価されない人材になってしまいます。逆に、顧客ニーズに応えられる人材は、どんな環境でも活躍できるのです。
議題3:これから部下を育成していく上司は何をしていくべきか
黒坂:この議題はいくつかポイントがあるので、一つずつ掘り下げていきましょう。
まず最初のポイントですが、「部下の能力と適性を正しく評価すること」が重要だと考えています。リーダーは、部下の強みや弱み、そして感情的な側面も含めて総合的に判断し、それぞれが最も能力を発揮できるポジションに配置することが求められます。そのためには、定期的なワン・オン・ワンミーティングを行い、部下の思考やキャリア観、価値観を理解することが不可欠です。そうすることで、適材適所の配置が実現できるのではないかと考えます。
後藤:おっしゃる通りですね。適性を見極めることは重要ですが、一方で、適性が完全にない場合でも、やらざるを得ない状況というのもありますよね。例えば、野球チームでピッチャーがいない場合、適性がないとしても誰かが務める必要があります。同じように、組織の機能として必要な役割を整えたうえで、その中で最適な配置をすることも大切だと思います。
つまり、個人の適性を重視することはもちろんですが、それだけでは組織が回らなくなる可能性がある。したがって、組織全体の目的や機能を明確にし、そのうえで「今、このチームではこの役割を求めている」という視点を持って配置していくことが大事ですね。
黒坂:それは国際経済論における比較優位の考え方に近いですね。たとえ得意でなくても、組織全体の最適化を考えたときに、そのポジションを担うことが合理的である場合がある、ということですね。
後藤:まさにそうですね。なので、「適性を考慮する」と「組織全体の最適化を図る」という二段構えで考えるのが重要だと思います。
黒坂:そして次のポイントですが、「リーダー自身が自己成長を続けること」も欠かせません。
リーダーが成長を止めてしまうと、部下にとっても刺激がなくなり、結果として組織の成長も止まってしまいます。特に、優秀な人材ほど「この人についていく価値があるか?」を重視するものです。学びがないと感じた瞬間に、彼らはより良い環境へと流れてしまいます。だからこそ、リーダーは自身のレベルを常に高め、背中で語ることが大事なのではないでしょうか。
後藤:全く異論はありません。リーダーの思考の枠を超える形で、メンバーが考えることはもちろんありますが、組織のパフォーマンスという点で見れば、やはりリーダーの器を超えた成長はしにくいものです。
また、リーダーの仕事は「手を動かすこと」ではなく、「枠組みを決め、判断を下すこと」ですよね。そう考えると、現場のメンバー以上に頭を使い続けることが求められます。リーダーが思考を止めてしまえば、組織の成長も止まってしまう。それを自覚し、学び続ける姿勢を持つことが大切ですね。
黒坂:確かに、マネージャーとしての価値を合理的に示すことも重要ですよね。単に部下より給料が高いだけではなく、リーダーがいることで組織の粗利が上がるという明確な価値を示さなければなりません。
後藤:そうですね。さらに、リーダーと部下はそもそも求められる基準が違います。例えば、部下が営業成績をどんどん伸ばしたときに、リーダーが「自分のポジションが危うくなる」と感じてしまうと、本来必要な部下の成長を阻害することになりかねません。リーダーは「組織全体のパフォーマンスをどう上げるか」に集中し、部下とは違う基準で自らの成長を求めていくことが重要だと思います。
黒坂:では最後に、「部下に考えさせる機会を与えること」について話したいと思います。
問題が発生したとき、部下が「どうしたらいいですか?」とすぐに答えを求めてくることがありますよね。しかし、リーダーが即座に答えを与えてしまうと、部下の成長機会を奪ってしまうことになります。そのため、「あなたはどう考えますか?」と問いかけ、仮説を持たせる習慣をつけることが大切だと思います。
後藤:おっしゃる通りです。要は「質問力」が大事になってきますね。部下に自らの責任で考え、実行し、それを経験として蓄積させる。そのためには、適切な質問を投げかけることが必要です。
また、部下の経験値やスキルに応じて、考えさせる範囲を段階的に広げることも重要です。最初から「なんでも考えていい」とすると、方向性がズレる可能性があるので、成長に応じて徐々に裁量を広げていくアプローチが効果的ですね。
黒坂:そうですね。最後のポイントですが、「長期的な視点で部下の成長を支援すること」も大切です。
リーダーとしては、どうしても短期的な成果を求めがちですが、成長には時間がかかるものです。そのため、粘り強くフィードバックを続けたり、勉強会への参加を促したり、長期的なキャリアを一緒に考えることが必要です。こうした積み重ねによって、部下も「ここまで考えてくれる上司には恩返しをしたい」という気持ちになり、結果的にロイヤリティの向上にもつながると思います。
後藤:まさに「時間軸」の視点ですね。短期的な視点だけで成長を求めると、逆に部下の伸びを阻害してしまうこともあります。リーダー側も、部下側も、それぞれが「今の状況は長期的な視点でどう意味があるのか?」を意識することで、より良い関係性を築くことができるのではないでしょうか。
黒坂:本当にその通りですね。本日の議論を通じて、部下の育成には「適性の見極め」「リーダー自身の成長」「部下の思考力の向上」「長期的視点」の4つが大切であることが明確になりました。
議論4:日本企業のリーダーに求められるものとは?
黒坂:私が考える最も重要なポイントは、「知識を身につけること」です。なぜなら、知識は物事の解釈の幅を広げ、成長を促す力があるからです。例えば、私自身が20代の頃、経験したことに対して今のように多面的かつ深く考えることができませんでした。
しかし、学びを積み重ねる中で、過去の経験を新たな視点で捉え直し、「こういう意味があったのか」と理解できるようになったのです。つまり、事実は一つでも、それをどう解釈するかで未来が変わる。その解釈力を養うために、知識は欠かせません。
現在の日本の企業環境では、パワハラやコンプライアンスの問題など、気にしなければならない変数が非常に多くあります。そのため、上司が余裕を持てず、自己保身に走るケースも少なくありません。部下を厳しく指導できない、成長を促す余裕がないといった問題も生じています。しかし、私は上司の立場も理解できます。決して彼らが悪いわけではなく、組織の仕組みや環境が影響しているのです。
だからこそ、リーダーには「知識を学び、解釈力を高めること」が求められます。知識が増えれば、状況に対する理解が深まり、適切な判断ができるようになります。そして結果的に、部下の成長を促し、自分自身も成長できる。これは、まさに「Win-Winの関係」を築くことにつながるのではないかと考えています。
後藤:黒坂さんの「自己保身」というキーワードには、私も非常に共感します。多くの管理職の方々が、自分自身の立場を守るために、どうしても「今、この瞬間」を優先してしまう傾向があると感じます。実際に、組織のトップ以外のほとんどのリーダーは「中間管理職」という立場です。そのため、彼ら自身が上司からのプレッシャーにさらされ、「今を生き抜くこと」が最優先になってしまうのです。
この問題の本質は、「恐怖の捉え方」にあると考えています。最近、弊社の安藤から「人間の聡明さは恐怖の捉え方に表れる」と言われました。これは非常に本質的な考え方です。多くの中間管理職は、上司からのプレッシャーや短期的な業績への評価を「恐怖」として捉え、その場しのぎの判断をしてしまいます。しかし、本来リーダーが恐れるべきは「長期的な成長を見失うこと」ではないでしょうか。
もし、管理職が「短期的なプレッシャーに対応すること」ではなく、「長期的に成長できないこと」を恐怖だと捉えられるようになれば、リーダーの行動は変わるはずです。つまり、部下に対する指示や求めることも、「今だけを乗り切るためのもの」ではなく、「将来を見据えたもの」へと変わるでしょう。長期的な視点を持ち、部下の成長を促すためのルールや目標設定を見直すことが大切なのです。
しかし、これは簡単なことではありません。人間は本能的に、瞬間的な恐怖や苦痛を回避しようとするものです。そのため、「今すぐに楽になりたい」という感情に流されてしまうことが多いのです。ただ、そこをグッとこらえ、感情に流されるのではなく、「長期的に見て何が本当に自分のためになるのか?」を考えることが、リーダーとしての大きな成長につながるのではないでしょうか。
黒坂:おっしゃる通りですね。リーダーとしての成長には、「知識」と「長期的視点」が必要不可欠です。目の前のプレッシャーに流されるのではなく、知識を身につけ、自分の判断力を鍛える。そして、短期的な恐怖ではなく、長期的な成長を意識する。これができるリーダーこそが、これからの時代に求められるのではないかと感じています。
後藤:まさにそうですね。本日の対談を通じて、日本企業のリーダーや管理職に求められる視点について、改めて整理することができました。短期的な課題に追われる中でも、知識を深め、恐怖の捉え方を変えることで、リーダーとしての在り方をより良いものにしていけるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。
黒坂:ありがとうございました。