ゼレンスキー大統領の心理状態と戦争の行方

興味深いゼレンスキー大統領のインタビューを見た。「プーチン大統領が恐れているのは何か」と問われ、ゼレンスキー大統領は、「ロシア社会の不安定化だ」、と答えた。さらに、「自身の権力を失うことだ」、と付け加えた。そのうえで、「彼もそのうち死ぬだろう。それは事実だ。その時、すべてが終わる」と述べ、そして「自分はプーチンより若い」と強調し、「プーチンよりも自分に賭けたほうがいい」と言って笑ったのである。

非常に興味深い発言である。

第一に、戦時中の大統領の孤独の描写が興味深い。国家の最高権力者として、数万人単位の死傷者を出している戦争の戦場に、次々と国家の有為な人材を動員して送り込む職務を遂行しなければならない。果たしてどこまで社会が成り立っていくのか。もし人々が自分に反旗を翻したらどうするのか。強烈な不安があるだろう。

ゼレンスキー大統領の命令で、ロシア軍が攻撃してもいない場所でロシア領クルスク州にウクライナ軍が侵攻した。その結果、クルスク戦線だけでウクライナ側に7万人とも言われる戦死者が出たとされる。大統領の命令は、われわれが日常生活で経験しているようなものとは全く違う重たさを持っている。

ゼレンキー大統領インスタグラムより

ゼレンスキー大統領は、最近は、ほとんどクルスクについて語っていない。撤退が始まり、それがほぼ完遂した今も、ほとんど語っていない。侵攻作戦開始時には、毎日のようにクルスクについて語っていたにもかかわらず。どのような心理状態だろうか。

もちろんゼレンスキー大統領は、プーチン大統領は不安を持っている、と断定しているだけである。自分にはあてはまらない、自分には何も不安はない、といわんばかりの態度をとっている。だが、今のウクライナで大統領職を務めていて、何も心理的負担を感じない人間などが存在しうるだろうか。いずれにせよ、ゼレンスキー大統領は、「大統領の心理」を、非常に気にしている。

米国のトランプ大統領が、ゼレンスキー大統領を「選挙のない独裁者」と呼んだとき、ゼレンスキー大統領は、猛烈に感情的な反応をした。「自分は圧倒的多数の国民の支持を得ている」、と主張した。したがって公式には、あるいは主観的には、自分は国民の支持を得ているが、プーチン大統領は持っていない、ということになっている、あるいはそう信じている。

だが、見る人によっては、反対の印象を抱く場合もあるだろう。つまり、選挙で信任を得ているので、時々の世論調査の結果はあまり気にせず、代わりに「ゼレンスキー大統領は選挙をやっても本当に勝てるのか」とつぶやくプーチン大統領とトランプ大統領のほうが、むしろ余裕がある、と感じる人も、少なくないだろう。

ゼレンスキー大統領は、選挙を無期延期にしているだけに、日々、世論調査の結果を気にしなければならない。「自分はプーチンより人気がある」ということを、いささか素直すぎる表現で、自ら、主張し続けなければならない。独特の心理状態にあると思われる。

第二に、国家間の戦争を、二人の大統領の決闘として捉えている度合いが非常に高い。最高権力者の存在が、国家にとって重要であることは間違いないだろう。だがゼレンスキー大統領は、四六時中、プーチン大統領について語っているような印象がある。いつもプーチン大統領がいかに邪悪な人間であるかということを、語り続けている。そして自分の存在を、その邪悪の象徴であるプーチン大統領の対極に位置する人物として、描写する。

プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領について、あまり言及しない。するとすれば、「キエフのネオナチ」のような侮蔑的表現で政府関係者を集合的に扱ったうえで、その首領がゼレンスキー大統領である、という位置づけをする。

実際に、プーチン大統領は、政治経験の浅いゼレンスキー大統領を同格扱いしたくないという心理状態にあるのだろう。これに対してゼレンスキー大統領は、明らかにそのような扱いに苛立っている。そこでことさら対決の図式を描いて見せて、プーチン大統領を挑発してみせようとしている。

第三に、このような決闘の図式を描いたうえで、ゼレンスキー大統領が「自分は若い」という理由で、欧州人は、プーチン大統領ではなく、自分自身に投資をするべきだ、といった話をして、欧州各国の支持を維持しようとしている。

ゼレンスキー大統領が言う「若さ」は、たとえばわれわれが日本の政治状況などを見て思う「若さ」の論点とは、違うだろう。日本のような老齢政治が常態化している社会であれば、若い政治家が、若い視点で、若者の利益を優先させて、政治を行ったほうがいいだろう、といったことが話題になりうる。

ゼレンスキー大統領が言う「若さ」の論点は、そのこととは違う。ゼレンスキー大統領は、プーチン大統領は自分より先に死ぬ、自分は長く生き残る、だから自分がプーチン大統領に勝つ、ということを言っている。これはまたかなり特異な視点に立った発言である。冗談のつもりなのかもしれないが、面白くもない冗談である。

果たしてゼレンスキー大統領は、いったい何年戦争を続け、何年自分が大統領の職に居続けるつもりなのだろうか。皮肉のようだが、そのような問いも感じないわけではない。

最後の最後になったら、大統領の若さが、ウクライナの最大の武器だ、ということになるのだという。年齢が上のほうが、先に死ぬので不利である。若い大統領のほうが長く生き残る、というのは、消耗戦を前提にしても、よくわからないチキンレースに戦争の状況をたとえた表現である。

ゼレンスキー大統領は過去3年間で風貌が激変した、と言われる。感情的な表現を繰り返したり、奇妙なしぐさが止まらなくなったりするときもよくある。われわれが感じることがないレベルの精神的負担を、全面侵攻開始時から数えても、3年以上にわたって耐え続けている。果たして変わったのは風貌だけか。心理状態も大きく変わっているのではないか、と推察するのは、むしろ自然である。

現在、アメリカのトランプ政権が停戦調停を熱心に行い始めており、これもゼレンスキー大統領にとっては、大きな心理的負担だろう。支持者たちは、「トランプに負けるな!ウクライナは最後の一人になるまで戦い続けるぞ」といったことを安易に言いがちである。もちろんその気持ちも一つの真実だろう。だがそのように言う者も、本当に実際に4千万人の人口が完全に殲滅されても構わない、と言いたいわけではないだろう。

ゼレンスキー大統領の心理状態は、もうかなり前から、ロシア・ウクライナ戦争の帰趨を左右する大きな要素になってきている。トランプ大統領も、プーチン大統領も、そのことを見透かして、様々な牽制を仕掛けてきている。この問題は、今後、どう展開していくのか。大きな注目点である。

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。

preload imagepreload image