「第二の軍隊化」する中国の民間警備会社:中国はさらなる弾圧国家に(藤谷 昌敏)

Tomas Ragina/iStock

政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

最近、中国では各地で暴力事件や無差別殺傷事件が発生している。

2024年5月には湖北省孝感市で男が刃物で8人を殺害する事件が起きている。6月には江蘇省蘇州市で日本人母子が襲撃され、吉林省吉林市では米大学教員ら4人が刃物で刺された。9月18日には広東省深セン市の日本人学校近くで日本人の男子児童が襲撃され死亡した。

9月30日には上海市のスーパーマーケットで男が刃物で人々を襲撃し3人が死亡、15人が負傷した。10月8日には広東省広州市の小学校近くで刃物による襲撃事件があり3人が負傷した。10月17日には福建省で自動車が暴走して1人が死亡、8人が負傷した。

10月28日には同市海淀区の中関村第3小学校の近くの交差点で刃物を持った男が通行人ら5人を切り付けた。被害者のうち3人は未成年だった。警察は50歳の容疑者を拘束して事件について捜査を進めているが、これまでのところ動機などは明らかにされていない。

11月11日には広東省珠海市で62歳の容疑者が車で体育施設のランニングコースに侵入して次々と人を撥ねた。35人が死亡し、43人が負傷した。情報は瞬く間にSNSで中国全土に伝わり、悲惨な現場動画に衝撃が広がった。

現在、中国では不動産関連企業の失速に伴って経済が低迷し、将来への不安や政府への不信が生まれているが、当局は、11月の珠海市事件の犯人の動機は「離婚協議への不満」、9月の上海事件は「個人的なトラブル」とあくまでも個人的事情による犯行と説明し、その矛先が中国共産党や政府に向かうことを恐れている。

一方、国外では中国の著しい経済成長に伴い、世界各地に中国企業が進出し、そこで働く中国人が現地で犯罪に巻き込まれる事件が多くなってきた。例えば、2004年6月10日、アフガニスタンのクンドゥーズ州で11人の中国人労働者が殺害される事件が発生した。中国人労働者はアフガニスタンの復興支援のために現地で働いていたが、タリバンの襲撃を受けて殺害された。

2016年8月7日には、パリ郊外で中国人の織物デザイナーが強盗に襲われ、死亡する事件が発生した。この事件は、パリ北部のバルドマルヌ地区で起き、被害者は49歳の男性で、彼は強盗に襲われた際に頭部を殴打され、数日後に病院で亡くなった。

2023年3月19日には、中央アフリカ共和国のバンバリ近郊で、中国人鉱山労働者9人が武装グループに襲撃され、死亡する事件が起きた。これらの事件は、中国企業が進出する国の法や治安体制がほとんど整備されていないという長年の問題を浮き彫りにした。

中国の民間警備会社(PSC)と民間軍事会社(PMC)

中国の「民間警備会社」(private security companies(PSC))は、2000年代初期からの中国経済の発展とともに発生、徐々に成長してきた。だが、欧米のPSCや「民間軍事会社」(private military companies(PMC))と異なり、中国国内に大小4,000社以上、登録要員が430万人ほどあるにも拘らず、中国のPSCは一部の例外を除いて、いずれも規模が小さく、知名度も低い。

これまで中国でPSCが活動するには、国の主権を侵害してはならず、警察、軍の権限に抵触してはならないとされてきたが、近年、中国当局もやっと法整備に着手し、保安企業を「保安会社」と「武装した保安会社」の2つのカテゴリに分けた。いずれの企業体も当局、警察、軍の指導と監視を受けた上で、開業できるようになった。

「保安会社」(PSC)を開業するには資本金100万人民元、保安要員は過去に犯罪歴がない者を雇用し、明確な組織・管理、および説明責任体制を確立することが求められる。「保安会社」は公共の安全と秩序を維持するために、警備員を雇用し、様々な施設やイベントで警備業務を提供して、建物の警備、パトロール、監視カメラの管理、身辺警護などを行っている。

最近、中国では「保安会社」は急速に成長しており、多くの大手企業がこの分野に進出してきた。例えば、大手保安会社には「北京中天安全保護技術有限公司」や「上海中信安全保護技術有限公司」などがある。

「武装した保安会社」(PMC)は、資本金1000万人民元、当局の直接経営、あるいは51パーセント以上の国家資本、さらに、保安要員は銃器の取扱に習熟していることが条件となっている。「武装した保安会社」とは「民間軍事会社」のことで、民間の企業が提供する軍事的なサービスのことを指す。これには施設の警備、要人警護、軍事訓練、戦闘支援などが含まれる。

当局は「民間軍事会社」が力をつけて政府がコントロール出来なくなることを恐れており、大規模な「民間軍事会社」の設立を認めていない。中国政府はロシアの「プリゴジンの反乱」のような事態を想定しているようだ。

そして、中国の民間警備会社には質的な不均衡があり、一部の大手企業は高いレベルの訓練や装備を持ち、一定の専門性を持っているものの、小規模な企業や個人が活動している場合、訓練や装備が不十分である。

おわりに

中国政府は2022年6月13日、「軍隊非戦争軍事行動綱要(試行)(戦争ではない時の軍隊の行動綱要)」を発出した。「綱要」は「習近平新時代の中国の特色である社会主義思想の指導を堅持し、習近平の強軍思想を貫徹し、国家全体の安全を堅持する」ことを謳う。

また、「綱要」は、「基本原則や組織指揮、行動類型、行動保障、政治工作などをシステム的に統制し、非戦時の軍事行動の法的根拠となる」とされる。これは治安維持活動のことを指すが、天安門事件のような突発的な事態が生じた場合、再び軍を投入することを正当化したものと解される。

これまでの中国の治安維持費には武装警察や公安、国家安全、検察、法院、司法行政、監獄、強制労働教育、税関警察などの行政事務経費が含まれ、特に習近平に対する警護はアメリカ大統領の警備を超えるレベルに引き上げられ、莫大な警備費が使われている。

ほかにも、ネット監視など国家安全のためのすべての活動費用が含まれるため、範囲が広く、公表された金額よりもはるかに多くの費用が費やされているようだ。

今後、大規模な民衆の反乱が起きた場合、軍投入の前段階、もしくは軍と共同で、PSCやPMCが準軍事組織として動員されることになるだろう。

これで中国での緊急事態には公安部(160万人)、人民解放軍(陸軍98万人)、武装警察(50万人)、民兵(800万人)、反社会組織(推定100万人)などが投入されるだけではなく、さらにPSC、PMC(430万人)が加わることになり、極めて手厚い態勢を誇る、極度の「弾圧国家」となるに違いない。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

preload imagepreload image