
焦っているのが米国だ。製造業の復活をめざすトランプ政権は自動車のサプライチェーン(供給網)や半導体生産などの自国回帰を掲げている。
ロシアのウクライナ侵略も契機になった。使われている兵器に中国製ドローンが多かった一方、米国の製造能力不足からウクライナに十分なミサイル供給ができなかったからだ。
ニューヨーク・タイムズも24年の記事で「軍艦が造れない米国」という「不都合な真実」に警鐘を鳴らしている。
米中産業に詳しい中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長(筑波大学名誉教授)によれば、米国の船舶生産力はすでに中国に500倍以上の差をつけられているという。国連の統計や業界への調査を踏まえた数字だ。
米国で造船業が衰退し始めたのは、自動車などと同様に1980年代からだ。レーガン政権が81年に補助金を打ち切ったのがきっかけだとされ、オフショアリング(国外移転)が進んだ。
今年2月の日米首脳会談では日本政府が造船技術の供与を米国に提案しようとした。だが、日本の民間企業側が消極的だったせいもあり、提示に至らなかった。米国の求める仕様の巨大軍艦を造ったことがないうえに、30年単位と言われるビジネスのサイクルに対し、採算性と持続性を企業側がなお疑問視している。
問題の起点はレーガノミックスにあります。これによってそれまで違法だった自社株買いが許され、株主は短期利益の極大化を求めた。更に経営者も株価に連動した報酬制度になったので、短期利益至上主義となったわけです。
であれば、目に見える数字に現れない従業員の教育、中長期の研究開発、工場などの生産設備はない方が、バランスシートがきれいになります。海外に製造が移ったのもそれが大きい。ですが中国などに製造拠点を移したために国内産業が空洞化しました。
従業員や設備投資、開発に投資しないから競争力は下がる。するとロビイストや弁護士を雇って議会や役所に介入して自社に有利な仕組みをつくる。その典型例がボーイングです。
ボーイングだけではなく、多くの軍事企業も同様です。ですから大手からは開発能力やシステム統合能力が下がっています。だから装甲車両でもほとんど外国企業が開発した物を導入しています。だから国防総省の開発プログラムのコストが高騰し、期間も遅延しているわけです。ここを理解していません。
「米国の船舶生産力はすでに中国に500倍以上の差をつけられている」も意味がない話です。既に40年以上前から米国ではほとんど軍艦以外の造船は消えています。軍民作っている中国と500倍の差があると前提抜きで比較するのは大変おろかです。
その一方で軍艦の開発や製造能力が下がっています。従業員の教育をせず、設備投資をせず、何でも外注に回せばそうなるのは当然です。
米国が製造業の復権を実現するのであれば、現在の短期利益至上主義の強欲資本主義を見直す必要があるわけです。ですが、それは大変難しいでしょう。

空母 エイブラハム・リンカーン Wikipediaより
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Japan in Depthに以下の記事を寄稿しました。
高コスト・低品質な国産戦闘服:自衛隊装備調達の問題と改革の必要性
石破首相のC-17導入発言の真意
ES&D誌に寄稿しました。
Japan orders 17 Boeing CH-47 Block II Chinook helicopters
【Kindle出版】
昔書いた「防衛破綻」「専守防衛」がKindle化されました。順次他の電子媒体でも発売となります。電子版向けのまえがきも追加しております。15年ほど前の本となりますが、防衛議論の基礎データとしてご活用いただければ幸いです。
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財政制度分科会(令和6年10月28日開催)資料
防衛
防衛(参考資料)
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編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2025年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。