
ホワイトハウスHPより
暗殺を奇跡的に免れ、ドナルド・トランプ氏がアメリカ第47代大統領に返り咲いた。しかも、スイングステートと呼ばれる激戦州の7州を全て制覇するという圧勝によってである。
大統領選に関する日本の報道は、終始接戦を報じていたが、これは全くの誤りであった。残念ながら、結果的に我が国のジャーナリズムの質を疑うにはこれ以上にない事例となってしまったわけである。日本の大手メディアは少しその報道が偏っている印象だが、米国では「常識の革命」が断行中である。
運が味方をしなければ、恐らくこの世に居なかったであろうトランプ氏は、並々ならぬ覚悟で、そして生き急ぐようにこの革命を断行しているように見える。
それを示すかのように、大統領に就任した1月20日に26もの大統領令にサインをしている※1)。これは就任初日に署名された大統領令としては、史上最多である。かつての最多数はバイデン前大統領が2021年に署名した9例だった※1)ことを考えると、いかにトランプ氏が入念にこの日の為に準備をしてきたかが窺い知れる。
更に言えば、バイデン政権時の行政措置78件を一つの大統領令で全て撤回していること※2)も踏まえると、初日だけで比類なき規模感とインパクトをもたらしたことに疑いはない。
「米国第一主義政策」から読み解く「常識の革命」
“Revolution of Common Sense”。大統領就任演説でトランプ氏が述べた「常識の革命」。一体これは、どのようなものを指すのであろうか。
それを紐解くにあたり、ホワイトハウスがトランプ氏の大統領就任に合わせて公表した”President Trump’s America First Priorities(トランプ大統領のアメリカファースト優先政策)※3)”をまずは確認したい。
表1に示すように、優先政策は”Make America Safe Again(米国を再び安全に)”、“Make America Affordable and Energy Dominant Again(米国を再び手頃&エネルギー支配国にする)”、”Drain the Swamp(腐敗的既得権益の一掃)”、”Bring Back American Values(アメリカの価値観を取り戻す)”という4つの柱で成り立っている。

表1
では、それぞれの分野で今どれほど常識の革命が進んでいるのか、見てゆきたい。
第Ⅰの柱 米国を再び安全に
これは端的に言うと、主にメキシコにカナダを加えた2か国から米国内に流入してくる不法移民による犯罪と、フェンタニルなどによる薬物中毒者の蔓延を、これ以上容認しないスタンスを表明したものと筆者は捉えている。
移民による犯罪が増加傾向にあり、またフェンタニルによる死者が7万人以上※4)という状況を考えれば当然の措置と考えることができる。フェンタニルを含む薬物による死者数は2014年の47,055人から2022年の107,941人(≒229%)へと急上昇している※5)。

図1 CDC 薬物による年齢調整死亡率(10万人当たり)
トランプ氏は就任初日(1/20)の大統領令※6)で、「カルテルの活動は、アメリカ国民の安全、アメリカの安全保障、西半球の国際秩序の安定を脅かしている」として、トレンデアラグア(TdA)やラ・マラ・サルバトルチャ(MS-13)をテロ組織に指定した。
フェンタニルという最凶の麻薬
米国麻薬取締局(DEA)の2022年12月のプレスリリース※7)によると、2022年に10,000ポンド(4,500kg)以上のフェンタニルと、さまざまな処方鎮痛剤に似せて作られた5060万錠以上のフェンタニルを押収したと記されている。これはなんと、3億7900万人の致死量に該当するそうである。つまり、2022年に押収されたフェンタニルだけで、信じ難いことに全ての米国人の致死量に相当するのである。
メキシコやカナダに対して25%の関税をかけることも辞さない姿勢を見せるトランプ氏※8)について、「フェンタニルを理由にした関税強化だ」、「もっと穏便にやるべきじゃないか」といった論調の記事も多い。これら論調は、本質を見誤っているとしか言いようがない。
一人でも多くの命を守るための一刻一秒の争いである。逆によくも今までこの問題を放置してきたものだと筆者は思う。少々手荒な手法だったかもしれないが、実際にカナダとメキシコの両国首脳は、フェンタニルと移民対策に即座にコミットすることになった。ディールに勝利したのはトランプ氏と言えよう。
麻薬がメキシコから米国に流入するイメージはあるが、ここにカナダも加えられていることに筆者は驚いた。2024年度の国境での押収量※9)を調べてみると、メキシコ国境の9.6トン(96.6%)に対してカナダ国境は19.5㎏(0.2%)と少ないが、確かに流入している事実を確認することができた。
カナダからの流入量がメキシコに比べると遥かに少ないことを理由に、「トランプ氏は大袈裟だ」という論調の記事が散見される。確かに、カナダをメキシコと同列にみなす姿勢は厳しいと言えよう。これは米国の対カナダ貿易赤字が年間18兆円(2023年)※10)もあることや、トルドー首相が積極的にDEI(多様性・公平性・包括性)政策を推進してきたことなどが影響しているのかもしれない。
カナダ同様、メキシコも米国へのフェンタニルや不法移民の流入を防ぐために、国境警備を強化することに合意した※11)。ともすれば、メキシコ側にだけ問題があるような印象を持ちがちだが、決してそんなことはなさそうである。2月7日にシャインバウム大統領が行った記者会見*¹²では、そのことを明確に表明している。

シャインバウム大統領
メキシコ政府HPより
米国側にも課題がある
シャインバウム大統領が米国に対して問題提起したことは、主に2点だ。
一つ目は、フェンタニルが米国内に密輸された後の経路と、カネの流れが不明である点についてである。もし米国内でフェンタニルの流通と販売が組織的に行われているのであれば、米国はその対策強化を同時におこなってゆく必要があるだろう。
もう一点は、逆に米国からメキシコへと絶え間なく流入してくる銃器の問題である。シャインバウム大統領は、オバマ政権時代に実施された”Fast and Furious”作戦を「蛮行」と批判し、軍用銃器さえも越境していることを問題提起した。
”Fast and Furious”について調べてみたところ、CNNやabcNEWSを始め、大手メディアも当時報道していたようだ。2012年6月のabcNEWS※13)によると、
”Fast and Furious(F&F)”は、米国からメキシコの麻薬カルテルへの銃の流れを追跡することを目的としていたが、捜査官は数百丁の銃器を見失った。
紛失した銃のうち2丁は、2010年12月にアメリカ南部国境付近で起きた国境警備隊のブライアン・A・テリー捜査官殺害の現場で回収された。
とのことである。
他の記事※14)にも目を通すと、F&Fを通じてどうやら2,000丁もの銃器がメキシコ麻薬組織の手に渡ったようだ。
フォーブス誌※15)は経緯をより詳しく説明している:
F&Fは、メキシコの麻薬カルテルとつながりがあると思われるアリゾナ州の人々に数千丁のセミオートマチック銃器が販売されていることを、メキシコ当局が知らされていないほど隠蔽された作戦だった。ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の内部告発者によると、2009年、アメリカ政府は銃砲店の店主に対し、犯罪者と疑われる人物に銃器を売ることで法を犯すよう指示を出し始め、銃がアメリカとメキシコの国境を越え、メキシコの麻薬密売組織の手に渡るのを 「歩かせる」ように命じた。
なんとも信じ難い話である。
メキシコ政府は銃器の密輸問題について、米国側に具体的なアクションを求めるべく、過去に訴訟を起こしている事実も確認できた※16)。確かに、メキシコだけでなく、米国自身も大きな問題を内包していると感じる次第である。
米国政府説明責任局(GAO)の報告※17)によると、2014年から2018年までにメキシコで回収され、追跡のために提出された銃器の70%は米国製だった。また、メキシコ政府は毎年20万丁の銃器が米国から密輸されていると推定しているようだ。
ここまでの規模感になると、一大ビジネスである。全米ライフル協会(NRA)が本件をどこまで把握しているかは不明だが、取締りを強化すれば、その分の売上は消失する可能性が高いであろう。「全米最強のロビイスト」と称されるNRAは先の大統領選でもトランプ氏を支持していた※18)が、売上と正義の選択を強いられた場合、どちらを取るのか。トランプ政権がどこまで健全な米国を取り戻すことができるのか、難しい舵取りを迫られることになるであろう。
移民の急増
図2は米国の国勢調査局が作成した移民流入状況※19)である。実線が従来の統計方法で算出された数値で、点線がより実態に近付けるために用いられた新たな統計方法によるものである。

図2 米国国勢調査局(USCB)が作成した移民数の推移(2010~2024年)
グラフによると、オバマ政権(2009年1月~2017年1月)から第1次トランプ政権(2017年1月~2021年1月)にかけては、コロナパンデミック期を除けば、ほぼ横ばいで推移していた。しかし、バイデン政権(2021年1月~2025年1月)になってから、急激に移民の流入が増えている。
過去に6回も強制送還された不法移民が、未成年の誘拐未遂犯として逮捕された事例※20)や、不法移民に未成年の女性がレイプされた上で殺害された事例※21)も複数ある。不法移民に殺害された子供たちの母親が議会で悲痛な訴えをする場面※22)もあった。
米国土安全保障省(DHS)は、2022年1月時点で米国に住む不法移民は1,100万人に上ると推定している。2018年から2020年(トランプ政権)にかけては28万人減少したが、逆に2020年から2022年(バイデン政権)にかけては63万人増加している※23)。
これらデータを見れば、国境警備が甘いという指摘に、なかなか反論することは難しい。警備を強化するトランプ政権の方針は、きっと多くの米国民が支持するところであろう。レビット大統領報道官による※24)と、国境における不法移民との遭遇件数は既に87%程度抑えられたとのことである。なお、トランプ政権は18日間で1万人以上の不法移民を逮捕し、強制送還にも力を入れている。
以前に「犯罪を起こした不法移民はいるのですか?」という記者の問いに対して、レビット大統領報道官が「不法移民そのものが犯罪です」と答えていた※25)が、この対照的な問題意識が、より大きな絵で見たときの犯罪「容認派」と「非容認派」の根底にあるのだと察した次第である。
例えば今回の大統領令の一つである「死刑の復活※26)」も、トランプ政権の「非容認派」としての「犯罪を許さない」というスタンスを象徴する一つの分かり易い事例かもしれない。
第Ⅱの柱 米国を再び買い求めやすい&エネルギー支配国にする
次に「エネルギー政策」であるが、これはつまり、「グリーンエネルギー」から「経済合理的エネルギー」への転換と言えよう。人間が今後も経済活動をしていく以上、気温上昇をどこまで許容し、排出削減のみならず技術革新によってCO2の吸収や抑制をどれだけ実現するのか。経済活動、気温上昇、技術革新という三角形で問題に向き合わないと、現実的な対処は難しいのではないかと感じる次第だ。
トランプ氏は経済合理性を優先するエネルギー政策への転換を図る意思を示し、それは就任初日の「パリ協定からの脱退」や「アラスカの資源ポテンシャルの解放」などの大統領令からも読み取れる※27)。
LNG日本輸出を拒んだ米国
米国のエネルギー政策に関して、筆者が特に注目しているのは、トランプ氏が石破首相との共同記者会見※28)の場で明かした「日本が米国産LNGの供給を依頼したが、バイデン政権がそれを断った」という重大発言である。
2024年1月のJETRO短信※29)によると、確かにバイデン政権は「LNGの新規承認を一時停止することで、気候変動の危機を、われわれの時代の存亡に関わる脅威であることと認識する」として、LNG輸出に待ったをかけた。
それにしても、最重要な同盟国からの依頼を断るとは、いかがなものか。しかも、エネルギー供給という国家の安全保障の根幹に関わる事案である。2月9日のNHK記事※30)によると、そもそも米国は過去50年にわたってLNGを日本に供給していたのだから、新たな環境破壊を伴わない単純な継続供給の話ではないのか。
米国のLNG輸出停止は、2024年1月にFTA非締結国向けにおこなわれたようであるが、それはつまり日本やEUを含む。当時、バイデン氏の判断に対して多くの議員が反対し、撤回要望書※31)も提出されたようである。この要望書には現トランプ政権のJ・D・ヴァンス副大統領を始め、26名が署名している。
その要望書から一部抜粋する:
この「LNG計画」は、経済、環境、国家安全保障に重大な影響を及ぼす可能性がある。国内的にも世界的にも重大な影響を及ぼしかねない。我々の優位性を危うくするのは無謀であり、 エネルギーが地政学的な武器として頻繁に使用されている世界においては、余計にそうである。
米国のLNG輸出は、欧州をはじめ世界各国にとって重要なライフラインとなっている。現在までに米国産LNG輸出の半分近くが欧州向けに供給されており、ロシアのウクライナ侵攻を受け、輸出量は大幅に増加した。2022年に欧州のLNG輸入が60%増加した際、米国のLNGはその需要を満たした。
米国のLNG輸出がなければ、欧州の指導者たちは自国民からエネルギーを奪うか、ロシアのウクライナ戦争に積極的に資金を提供するかの決断を迫られることになる。
そしてこの要望書では日本への供給についても触れている:
欧州に加え、米国のLNGはアジアのエネルギー安全保障にも大きな影響を及ぼしている。日本と韓国は米国産LNGの輸入先のトップ2である。台湾も米国産LNGを輸入しており、インドも急速に輸入を増やしている。米国産LNGの安定的かつ確実な供給は、アジア諸国のエネルギー安全保障にとって極めて重要である。
日本、韓国、インド、台湾・・・これはまさに「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の主要国ではないか。そこに対するエネルギー安全保障を蔑ろにすることは、決してあってはならず、日本国も断固とした姿勢を打ち出すべきだったのではなかろうか。
そもそも環境問題とは言うものの、要望書にも書かれているように「米国のLNG輸出を制限しても、世界の天然ガス需要には何の影響もない」はずだ。仮に日本政府が公に抗議することが難しかったとしても、これだけ重要な案件なのであるから、与野党議員が国会で積極的に問題提起することはできたのではないかと思ってしまう。詳細は後述するが、我が国に対するLNG輸出規制は、正当な理由なきものであり、同盟国としての信頼に対する挑戦であったと感じる次第である。
(次回へつづく)
※ 本記事は短縮版です。『湊合』令和7年春号で詳細を確認いただけます。
■
- ※1)USA FACTS, How many executive orders has each president signed?
- ※2)Federal Register, Executive Order 14148 of January 20, 2025, Initial Rescissions of Harmful Executive Orders and Actions
- ※3)THE WHITE HOUSE, President Trump’s America First Priorities
- ※4)CDC, National Center for Health Statistics, U.S. Overdose Deaths Decrease in 2023, First Time Since 2018
- ※5)CDC, NCHS Data Brief, Number 491, March 2024
- ※6)WHITE HOUSE, Designating Cartels And Other Organizations As Foreign Terrorist Organizations And Specially Designated Global Terrorists
- ※7)DEA, Drug Enforcement Administration Announces the Seizure of Over 379 million Deadly Doses of Fentanyl in 2022
- ※8)WHITE HOUSE, Fact Sheet: President Donald J. Trump Imposes Tariffs on Imports from Canada, Mexico and China
- ※9)CNN Politics, Fact check: Canada makes up just 0.2% of US border fentanyl seizures
- ※10)JETRO, カナダの貿易投資年報
- ※11)CNN World, Hear Mexico’s president describe call with Trump that led to tariff pause
- ※12)Gobierno de México, #MañaneraDelPueblo desde Palacio Nacional. Viernes 07 de febrero 2025
- ※13)ABC News, Parents of slain border agent Brian Terry blast Obama’s executive privilege move
- ※14)POLITICO, Obama relents in fight over Fast and Furious documents
- ※15)Forbes, ‘Fast And Furious’ Just Might Be President Obama’s Watergate
- ※16)朝日新聞, メキシコ、米銃メーカー11社提訴「多くの事件で使用」
- ※17)GAO, Firearms Trafficking: U.S. Efforts to Disrupt Gun Smuggling into Mexico Would Benefit from Additional Data and Analysis
- ※18)JETRO, 全米ライフル協会、トランプ氏支持を発表(米国)
- ※19)Census Bureau, Census Bureau Improves Methodology to Better Estimate Increase in Net International Migration
- ※20)Fox News, Migrant crime victim’s mom says pastor saved her from suspect deported six times
- ※21)Washington Times, Mother of murder victim scolds Joe Biden, Kamala Harris for silence about illegal immigrant crime
- ※22)The National Desk, Families of victims allegedly murdered by illegal migrants give heart-wrenching testimony
- ※23)DHS, Estimates of the Unauthorized Immigrant Population Residing in the United States: January 2018 to January 2022
- ※24)The White House, X
- ※25)CBC News: The National, White House says anyone who enters U.S. illegally is a ‘criminal’
- ※26)WHITE HOUSE, Restoring The Death Penalty And Protecting Public Safety
- ※27)WHITE HOUSE, Presidential Actions
- ※28)ニコニコニュース, Youtube,【日本語訳ノーカット】日米首脳会談 石破首相・トランプ大統領 共同記者会見
- ※29)JETRO, 米エネルギー省、FTA非締結国向けLNG輸出認可の一時停止を発表(米国)
- ※30)NHK, 日米首脳会談 | アラスカ産LNG日本輸出どうなる 日米首脳会談でトランプ大統領言及 日本との共同事業に向け協議
- ※31)United States Senate, Jan 26 2024, Final-LNG-Export-Letter-1.26.24.pdf