カナダで月桂冠と松竹梅が手に入らないという話を耳にしました。それらはアメリカで製造している一般レストラン向けの熱燗用が主たる需要なのですが、カナダではアメリカからのアルコール飲料を実質輸入禁止状態にしているのでそろそろ在庫が切れるというわけです。カナダでは大手メーカーが日本酒を作っていませんので唯一の可能性は日本からの輸入に頼るしかないのです。

トランプ大統領とスコット・ベッセント財務長官とハワード・ラトニック商務長官 ホワイトハウスXより
まだ私は価格チェックをしていませんが、醤油などもアメリカで製造しているものがカナダに輸入されています。当然価格は上昇するでしょう。1つひとつみればマイナーなのだけど生活に欠かせない重要なアイテムが今回の貿易戦争で手に入りにくくなったり価格が上昇する事態になっています。
日本は対抗措置を取っていないので輸入品で直ちに困ることはなく、むしろ、欧州や中国がアメリカ向けの輸出商品を日本市場に振り替える可能性があり、一部の輸入品が安くなる公算すらあります。ただ、個々のアイテムに目を奪われやすいかもしれませんが、本質である輸出で稼ぐ日本経済という点では大きな影響が出てくるでしょう。
本日、トランプ氏は上乗せ関税部分につき、90日間の停止を発表しました。圧力に屈したのか、そもそも二国間交渉が前提で駆け引きの一環なのかは分かりませんがトランプ氏は世界を翻弄し続けています。また中国向けには突如更に21%上乗せし、125%の関税としました。ここまでくると子供の喧嘩より酷いと思います。株価は急伸していますが、トランプ氏は気分屋であり、関税が撤廃されたわけでありません。ここからどう立ち向かうのか、真剣に考える時にあります。
メディアに時々出てくるスムート ホーリー法。95%の方が知らないと思います。経済史を学んだ人も忘れた方が多いかもしれません。私はたまたま大学時代、ゼミで大戦間経済が主テーマで討議討論したのでよく覚えているのです。かいつまんで説明します。
20年代アメリカ経済は繁栄の時代で29年には株価はピークに達するも、大恐慌に陥ります。大恐慌の要因はいろいろあるのですが、ある日突然何かが起きたわけではありません。その中の重要な要因は20年代を通じて欧州が第一次世界大戦から復興を遂げ、それに伴ってアメリカの生産過剰で価格下落を引き起こしたことがポイントでした。特に下落するアメリカ農産物価格に焦点が当てられ、1930年6月にフーバー大統領が署名した関税引き上げ法案がその後、広く工業製品にも及び、大恐慌からの回復を阻んだのです。
高関税を敵対視した欧州などは報復を行い、世界はブロック経済化します。32年に民主党からルーズベルト大統領が選出され、ニューディール政策が行われ、34年に互恵通商協定法が成立、ここからようやく関税が下がり始め、更に62年の通商拡大法で更に税率が下がるという流れで今日に至っています。ただし、スムート ホーリー法の名残の関税は今でも一部の対象国に残っています。つまり今のアメリカの関税体制をスムートホーリーとは称しませんが、実態としては完全に払しょくされたわけではないのです。
第二次世界大戦の間接的引き金になったのもこのブロック経済と世界不況が生み出したとされます。私が先日のブログでこれは関税問題に留まらないかもしれないと申し上げたのはまさにこのことを申し上げているのです。
スムート ホーリーからニューディールに変わってもすぐに経済が立ち直らなかったのは「遅すぎた対策」故とされます。つまり一度引き上げ、更に報復関税が起きると「もう関税は止めた。元に戻ろう!」と言っても簡単に戻れないのです。これは歴史が証明しているのであってこれが正ならば我々は長いトンネルに入るところにあります。
ただ、唯一の望みはブロック経済が内向きの経済として極めて悪質だということを一般的な経済学者はほぼ誰でも理解しているのです。故に現在は対アメリカだけが高関税政策を行い、それ以外の国が独自のブロック形成に動いていないことが救われるところです。
個人的に思うのはアメリカは鎖国政策に近くなったということです。ウェルカムしないなら人も金も技術もアメリカには流れないのです。日鉄もUSスチールの買収を本気で進めるか、もう一度考えてもよいでしょう。日本はアメリカに投資をし続けてきたと石破首相は述べていますが、先方がその恩を仇で返すなら日本は別にアメリカに投資もせず、国債も買わなければよいのです。報復関税をしなくてもアメリカに積極的に金を流さないという沈黙の対策をすればよいのです。
アメリカ向けの工業製品が関税で売れないならそれを他国に回す機転を利かせるしかありません。冒頭の業務用日本酒にしろ醤油にしろ、目先は日本から直接輸出する手段を取るしかありません。多くの日本企業はアメリカを「輸出拠点のハブ化」にしていた部分があります。アメリカからカナダ、メキシコ、更には南米までのサプライチェーンを確保していたのです。そのアメリカがだめならメキシコでもカナダでもハブを新たに作ればよいのです。「簡単に言うな」と意見されるかもしれませんが、リスクはヘッジするものです。
日本はアメリカへの依存度が高すぎた、これは反省すべき点でしょう。私はカナダで長年ビジネスをしていますが、過去何度も「なぜ、アメリカに進出しないのか?」と言われたことがあります。国境の向こうには10倍の市場と金離れの良いアメリカ人がいるじゃないか、というわけです。好きな国ではあったもののアメリカで何年か仕事をした経験を踏まえると、しっくりこなかったのです。
一言で述べるとアメリカは勝者の世界なんです。優勝劣敗が酷くて負けても何度も立ち上がるのが美談として伝わりますが、一方で勝つ側の論理がエゴイスティックだったと思います。故にM&Aが成長したのです。その点、私の様な零細企業には共存共栄の発想があるカナダの方がやりやすかったのです。
欧州はEUという組織で動く点は日本的な判断基準があると思います。ただし、彼らの要求度は非常に高く、日本がホイホイ市場参入拡大できるものではないでしょう。一方、日本製品やサービスの潜在需要は世界どこでもあります。それを売り込む、そして販売ルートとメンテの体制を作る根気と長期的視野の投資を展開すれば市場開拓は可能だと思います。
例えばあまり強硬ではないイスラム教国家であるバングラディシュなどは今後、時間をかけて市場開拓したらチャンスはあると思います。東南アジア諸国のイスラム諸国は日本と相性は悪くないと思います。また、南米、特にアルゼンチンとか、チリといった国々も日本とはウマが合うとみてます。穏やかで勤勉ですよね。日本人はそういう国をもっと発掘すべきです。アメリカというブラックホールの様な国に官民が吸い寄せられていたということです。
アメリカを無視することはありませんが、一旦立ち止まり、もっと他にもあるのではないかということを考えてみてもよいのではないでしょうか?
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年4月10日の記事より転載させていただきました。