物価上昇と言えば食料品関係の報道が多いせいか、そちらに気を奪われがちですが、全般になんでも上がっています。その中で今日は建設物価の上昇がもたらす弊害を考えてみたいと思います。
まずはカナダの例から。私が管理組合の責任者を務める商業不動産物件の一つに昨年秋、ビューティーサロンの入居が決まり、工事が着工される旨、連絡が来ました。こちらでは市役所の許可プロセスでテナントが工事をする際に大家の了解だけではなく、管理組合の了解も必要なので私にも書類が廻ってくるわけです。特段問題ないので了承したのが運の尽きでした。
まず物件内で外壁を起因とする水漏れが見つかり、それは大家の責任ではなく、建物全体を管理する私の仕事だということになるも、その修復に苦戦します。直しては別の水漏れが発見されることを3度繰り返し、ようやく全部終わったのが1月初め。11月に建設会社と話した際には「クリスマス前には完成させる」というので「何をご冗談を。頑張っても夏ですよ、夏!」と言い切っていました。ずいぶん素人臭い建設会社の社長だなと思ったのですが、私の方の水漏れ工事の修復をしている間、彼は現場作業を何もしません。私の修繕が終わってしばらくして建設会社が図面に無理な設備配管があることに気づき、私に相談されても「それは私の知ったことじゃない。設計変更したら」としか言いようありません。
それでも2月ぐらいから無理やり工事を進めるも現場は汚い、騒音はひどい、配管でトラブルが続きます。そして2週間ほど前には天井材が山積みのまま駐車場に放置してあるので「どういうことだ!」とクレームをしたら「この工事はもう俺はやっていない。テナントが自分でやるそうだ」とまさに「ケツを割った」のです。
この時点でこの工事は終わらないな、と確信を持ちました。理由はテナントが工事などできるわけがないのです。許可が下りないし、様々な検査がクリアしないのは一目瞭然。なぜ、建設業者が契約破棄して逃げたかといえば金が合わない、テナントから文句は言われる、工期は遅れるで碌なことがないからでしょう。私の予想、「この工事は夏までかかる」は当たるかもしれません。
さてこのようなトラブルは日本でも日常茶飯事に近いと思います。中野サンプラザの跡地再開発計画がとん挫したのは皆さんご存じの通り。野村不動産の試算が甘かったものです。新宿京王百貨店跡地再開発の南街区も頓挫しています。既存建物を壊すのは大成建設が契約を取ったのですが、なぜか建てる方の建設会社が決まらず、完成予定日は未定に変わりました。通常、建物を壊した業者は上物の建築工事を取るのが大常識。なぜ大成建設が受けなかったのか、私の想像ですが、カネが合わなかったのでしょう。それも百億円単位かもしれません。
開発工事のコストが異様に膨らんでいる実態に発注側の認識が追い付いていない、これが現状なのです。大型開発案件の場合、当然、収益計算とキャッシュフローを見る必要がありますが、それこそ賃料収入で借入金すら返済できない、という数字が出ているのだと思います。
なぜ建設物価が上がるのでしょうか?これは簡単で、昨今の人件費増と資材価格の増です。ただ、問題は人件費は上がるだけではなく、建設従事者が減少し、専門職の手が全く足りない状態という抜本的問題があります。建設工事は多くの業種を足し合わせるので一つでも欠けると建物は完成しません。(自動車産業で部品が一つなくてもできないのと同じです。)資材価格も輸入品に頼る場合が多く、単に高いだけではなく、モノがないという場合もしばしば発生します。(かつて便器の供給国、ベトナムから便器が入らなくなった事態がありましたね。)
ではこれがなぜタイトルの「思わぬ弊害」につながるのでしょうか?私が心配しているのは古いマンションの大規模改修ができなくなるだろうという点です。現在の修繕積立金では改修に必要な資金が不十分となるケースが続出し、古いマンションの維持管理ができなくなる大騒動がいずれ起きるとみています。
北米なら「しょうがないな、では特別拠出金を建物所有者から集めるか」という決議をして各部屋のオーナーさんに「はい、お1人200万円ね」と請求を出せばよいだけです。「おれ、カネがない」といえば「あっ、そう。ならばお部屋の所有権に先取特権をつけます」で終わり。こちらは部屋の売買が日常茶飯事。そして先取特権は簡素化されたプロセスで一種の抵当権を付保してその不動産売買の代金から優先的に返済してもらう仕組みがあるのです。こちらの人はそれを知っているのでやむを得ず払うのです。

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日本の場合、特別徴収金など真剣に払えない人が多いのがマンションの実態です。以前にもお話ししましたが「終の棲家」という発想があり、建物内で住民の入れ替えが起きないため、住民の年齢層が築年数と共にシフトしていくのです。すると例えば築20年経って大規模補修工事をするときには皆さんリタイアしていて収入はない、という話なのです。これが日本のマンションの改修で詰んでしまう最大の構造的問題であり、弊害でもあります。
多分この点を指摘した専門家はまだあまりいないと思います。これから数年すれば社会問題にすらなると思います。マンションの修繕積立金も建設物価のインフレに合わせて調整をさせないとマンションのメンテを維持できない時代になるということです。マンション住民は修繕積立金が毎年5%上がることをさて、受け入れますでしょうか?。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年4月22日の記事より転載させていただきました。